ルナ・ワールド

彼女のキセキ

東京の外にある観光地の駅に着いて改札を出たら、
道端に
自分で製作したいろいろなアート品を売ってるおじさんがいた。

普段そういうところに立ち寄るクセなどがあるわけでもないのに
その日に限って、私は吸い寄せられるようにして
そのおじさんのスタンドの前に立っていた。

しばらく並べられているものを見たり、
そのおじさんと何となく言葉を交わしたりして、
いつも通り自分の名刺を渡してからその場から立ち去った。

そのおじさんは、普段はタクシーの運転手なのだが、
休みごとに自分の創ったアート製品をこうして売りに出してるらしい。
今日もまた面白い人に出会った、と思ってその日は過ぎた。

一ヵ月後。
そのおじさんから写真のモデルになってほしいと言う依頼の電話が来た。
もうちょっとくわしい話を聞くために、待ち合わせ場所を決めて落ち合った。

いろいろと話を聞いていったら
なかなか面白い人生を歩んできた人だということがわかった。

そして、そのおじさんが
芸術品を作ることになったきっかけが
私の母の友人によってもたらされたことだったことも分かった。

話はこうだ。
高校を出てタクシーの運転手をしばらくしていた溝呂田さん（仮名）は、
変化を求め海外を放浪した。
帰国後、いろいろな仕事についてみたが、結局はどれもうまくいかず
結局またタクシーの運転手に逆戻り。

他に何をするあてもなく、毎日を仕事とアパートと雀荘の間で往復する毎日だった。

ある日、人を見透かすような目をした美しい西洋人の女を病院に運転していくことになった。
病院に行く道すがら、その女性が実は日本の現代詩を専門に研究しているアメリカ人で、日本人の夫がいること、子どももいることが分かった。
そして、話は俺の方にも振られ、俺もちょっと自分の身の上話をした。

タクシーから降りるとき、その女は俺をジッと見ながら
「あなた、こんなんじゃ満足できないんじゃない？」
と言う。

「いやあ、オレはただのタクシーの運転手っすよ」
と答えた俺に、あの目をそらすことなくまた言う。
「あなたのやりたいことって何？」

ドアが閉まり、病院の敷地から去っていくタクシーが見えなくなるまで
あの人は手を振り続けた。

そのあと俺は何も出来なくなって
道端に駐車したまま2時間考え込んでしまった。
それから俺は芸術に目を向け、創作を始めた。

その女の人とは、私の母の友人のことだった。
その友人は、若いのに、長いこと体を患った上で去年亡くなった。
彼女の一周忌も回ってこないうちに、それを追うようにして、
まだ若い彼女の長女も亡くなった。

若いのに、自分の軌跡をしっかりと世に残して亡くなった彼女の長女。
素晴らしい子ども達をこの世に残して逝った彼女。
素晴らしい本をこの世に残して逝った彼女。
でも、彼女の軌跡は、彼女の家族や知人・友人だけにではなく、
彼女が通りすがりに声をかけた、一瞬でも真摯な眼差しを向けた相手の中にも残っていた。

それを聞いて内から湧き出た歓喜の涙を、おじさんは見逃してくれただろうか。

(2004/06/13　アップ)

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