ルナ・ワールド

ルナ・ワールド

志望者増加



「出て行け!」
「おじさん、お願い!!堪忍して!!」
怒鳴られた娘は齢15のころ。
ものかげに立つ男の姿に気づかぬまま、泣き崩れている。

娘は前の晩に近所に住む既婚男に手篭めにされたばかりである。
姦通罪のまだまかり通るここで、
娘がまともな男と正規に結婚できる可能性はこれで絶たれた。
ものかげの男は早速このことを別の男に伝えにいく。

何日か後。
買い物をしている娘の袋へある男がすれ違いざまに紙を落とす。
紙には「明日、この店の前、朝食過ぎに」と、ある。
どうせ勘当され、仕事もまだない身の娘は
次の日、指示通りの場所と時間に現れる。

「お国のためにわが身を犠牲にしてみないか」と言われ、
特別思い残すことはない。
どうせ結婚もできず、
ということは絶対家父長制のここで
よりどころにできる男の親類もなく
一生肩身の狭い思いをして暮らしていかなければならず
娼婦にでもなるしか道はないのだろう、と思う娘。
それなら、せめて英雄とあがめられ死にたい。

無表情だった娘の顔には生気がよみがえった。
それ以上の説得は不要だった。
ここに、もう一人、自爆テロ志望者が生まれた。

(San Francisco, 2005/07/10)

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