山猫の家

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体験者は語る 第1回 ひきこもり

ひきこもりのあなたとご家族へ

私は自分の過去を語るのが得意ではない、つまり語りたくない人間です。
過去の日記にも少し書きましたが、私の過去は良い思い出が無いからです。

今、出産し子育てをしていく上で自分の経験が役に立っていくのかな?
と思い始めています。

ここでは、自分の経験をみなさんに知っていただく事で子育てに悩む親御さんにも、親との関係に悩む子供であるみなさんにも力になれたらいいなと思っています。

更新は不定期です。


はじめに

ここに書くのは私自身が経験したすべて真実だと言う事をまずみなさんにご理解いただきたいのです。

よくテレビで芸能人の方の波乱万丈の人生を紹介した番組がありますよね。
私の人生経験をここで書いた所で、世の中にはもっと辛い思いをされて頑張って生きてこられたり、今頑張って生きている方がたくさんいらっしゃいます。ですので、私の経験を読んで「これぐらいのことが何だ」と思われる方がいらっしゃるだろうとはわかっていますが、ここは一つ大目に見ていただいておつきあいくださったら大変嬉しく思います。


最近、メディアでよく言われる「引きこもり」ですが昔は一般的に理解してもらえるようなそういった総称はありませんでした。
15年前の私は、「家庭内ひきこもり」でした。
「家庭内」とつけているのは、学校には行くけれど家では部屋に閉じこもりっぱなしだったからです。
自分の部屋はあるものの、置いてあるのは「ラジカセ」のみ。
世間のニュースはラジオからでしかわかりませんでした。
なので、同い年の方とも15年ほど前の芸能ネタには私は一切ついていけません^^;

今現在、「ひきこもり」になっている「あなた」へ。
もし今、ここへ訪れてこの文を読んでいただいていたら「ありがとう」
そして、私は「あなた」に伝えたい。
「あなたは何も悪くないんだよ」
と。

ご家族の方で、ここへ訪れ読んでいただいている方へ。
どうか、あなたの「ひきこもり」になっているご家族の事を『異常』と思わないで下さい。「ひきこもり」は、正常な心だからこそ起こってしまう心の叫びなのだと理解してください。
あなたのご家族は、いたって健全なのです。
ただ、そのままにしすぎてはいけません。
「ひきこもり」が続き、多重人格になる人もいます。

ご家族に御願いがあります。「ひきこもり」になっている事をどうか責めないであげて下さい。
物事には、「原因」があって「結果」があります。
「ひきこもり」は「結果」なのです。
事実ばかりを責めて、そこにある真実をいつまでも放置して本人を責め続けても解決するどころか余計にこじれてしまう可能性もあると思うのです。

「原因」は、人それぞれです。
「ひきこもり」は家族にしてみれば『突然の出来事』であることが大半なのではないでしょうか?ある日突然、部屋から出てこなくなる、と言う具合に。

でも、ここで考えて欲しいのです。そこにいたるまでの過程は、本当に長い道のりなのです。
私は、15歳の時に「家庭内ひきこもり」になりました。
産まれてから、15年の年月を経てひきこもったのです。
日々の生活の、チリのように小さな事の積み重ねがやがて大きな山となり『きっかけ』によってその山が噴火してしまい、「ひきこもり」になるのです。『きっかけ』は、とっても小さな事なのです。
あなたのご家族は、母親や父親、あるいは他の家族の何気ない一言や、いざこざ、けんか。ささいな事の後に、「ひきこもり」になってしまっていませんか?
あくまでそれは『きっかけ』にすぎないのです。
「あれぐらいの事を言ったぐらいで」とか「あれだけのことで」とか、不思議に思われていませんか?
『きっかけ』は確かに意味の無い事ではありませんが、噴火した山にはあなたのご家族が長年ためていた心の叫びがつまっているのです。

私の場合をお話しますと、私がひきこもったのは長年の母の虐待でした。
虐待と聞くと、「肉体的」に殴られたり蹴られたりなどの暴力を想像される方が多いと思いますが、「精神的」な虐待があるのをご存知ですか?
私は、物心ついたときから母親に怒鳴られながら育ちました。
父が生活費を入れず、兄弟が4人もいたので生活が苦しかったことや母が丁度、更年期障害だったようで一日中イライラしていました。

幼かった私は、家にいる時間が一番長かったわけで母のやつあたりのかっこうの存在だったようです。
幼い頃の記憶の母は、「後姿」しかありません。
話しかけても、顔もむけてもらえず同じ目線でしゃがんでくれて話をしたこともありません。
子供の頃の記憶は、3歳ぐらいからありますが母に抱きしめてもらった記憶は1度だけですがあります。
食事や生活。確かに衣食住の世話はきちんとしてくれました。
でも、幼い頃から私には「母の愛情」を感じることは何一つ出来ませんでした。
少し、大きくなると私も口がたつようになりますからけんかもします。
母は、私に言いたい放題。
深く傷ついた私が
「どうしてそんな酷いことを言うのか!」
と怒っても
「私はそんなことは言っていない!」
と怒るのです。数秒前に自分で言ったことも覚えていない。動物のように理性で考えることは無くただ脊髄反射(熱い物に触ったら本能的にてを引っ込めるような)で会話をしているのです。
言われっぱなしの私は、けんかをするたびに深く傷つきやり場の無い怒りを胸に溜め込むしかなかった。
次第にケンカは激しくなり、キャベツや包丁が母から飛んできました。
「言葉の暴力」は何よりも心を傷つけます。
母は、自分のやり場の無い怒りやイライラを私にぶつけて自分はすっきりしていました。
ケンカの後はいつも決まって
「何を怒っているの??」
と、先ほどまでのケンカが何もなかったような事を必ず言いました。

母は、私の心を自分のイライラや怒りを捨てる捌け口にしました。
私の心は、母のゴミ箱でした。

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