Hallelujah☆

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December 27, 2006
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カテゴリ: 思うこと
1からの続き





差別をするつもりは毛頭無いし、障害者に関しては触れ合う機会があれば私に出来る介助なら手伝いたいと思うが、性の手伝いは無理だ。



そもそも障害者、という言葉も私は好きではない。


大変だねぇ、と言う人も多いが、それもどうかと思う。


人間なんて、生涯のなかで誰でも何らかの「大変な事」は抱えているのであって、それが目に見えるか見えないか、目立つか目立たないか、自分で解決できるのか、人の助けが必要なのか、「大変」に個人差はあるものの誰でも何かは大変なのだ。




(-公- ;)ウーン

上手く言えない。



自分の文章力の無さにイライラする。





ただ、私は自分自身も周りの人間も圧倒的に健常者が多かったので、障害を持つ知人と会うときは、手伝う事があれば手伝うよ、と言いながらもどう助けたらいいのか解らない。


それに手伝うよ、と言っても、彼女達は全て自分でやってしまう。





『はやくしてよ~ん』


と軽く急かしながらボーっと待つのは子供の相手で慣れている。




私は彼女の人間性が好きなのであって、決して障害を持っていて哀れを感じたから付き合っているのではない。


男友達の中にも色が見えない障害を持っている奴が居るが、特別、彼に対して態度を変える必要は無いと思って居るし、色が解らないからといって可哀想とは思わない。




それでも彼女に「性の介護に旦那を貸してくれ」と言われたら断るだろうし、知人が男性の場合「性の介護をしてくれ」と言われたら私はきっと怒り出すだろう。


何度か日記に書いているように、旦那が浮気していても怒る気にならないし、性に関しては奔放な考え方をして居る方だと思うが、障害者が相手の場合に限り、それをボランティアと称するのは何か違う気がする。







旦那が何かの拍子に障害を持つ事になっても、頼まれたら断ると思う。



頼む方も恥ずかしいのではなかろうか。




障害者だから性の介護も必要、という観念が分からない。




健常者だって性欲の処理に困ってる人はたくさん居るわけだし。











すごく触れにくい問題に触れた画期的な本だと思う。











疑問視する時点で私の目線は健常者のそれでしかないのだろうが、本当に本当に、難しい問題じゃなかろうか。






差別をしない世の中、なんて奇麗事以外のなんでもなく、人間はどのような場合でも他人と自分を差別したがるのもである。



あの子の方が私よりブスだとか、私の方が細いとかで優越感を持ったり、彼女の方が色が白いとか胸の形が綺麗だとかで嫉妬したり。


あいつの方が稼ぎが悪いとか、俺の方がいいところに住んでるとか、買い物や宿泊などのサービスを利用する場合の際のプレミアムも、他の顧客との「差別化」を測っているわけで。



『あんたはまだ小さいからすぐこぼしちゃうし、お母さんがやるからじっとしててよ!』






『大人の話に口挟まないでよ!』とかね。



小さいから解るまい、とか、そんな理由で『子供』を差別しているのだ。


いちいち解りやすく説明するのがめんどくさいからだし、お金の話やデリケートな人間関係の話など、入ってきて欲しくない話も実際たくさん有る。




どんなに奇麗事や御託を並べていても、そんな『差別』をまったくした事が無いと言う人はまず居ないだろう。


ねぇ、本当に『差別の無い世の中』なんて来ると思う?


┐(  ̄ー ̄)┌ フッ





障害を持って居ようが、年をとっていようが、ブッサイクな顔してようが、それが原因で同情されたりするのは間違えているが、人柄や生き様に寄る人間の「格差」と言うものなら確実に存在する。



そして、偏見を無くせというのも、無理。



理解する努力はいい事だと思うが、偏見は無くならない。


偏った見方、ですか。




そう、たとえば私は女性なので、男性の考え方や行動パターンは仕事や家庭で学び理解する事は可能でも、それを「自分の目線」に置き換えて理解する事は不可能である。


女性だから女性側に偏った目線しか持たないのだから、偏見は無くならない。


男性はこう考えるのね、と認識する事は出来るけどね。



だから、障害者に性の介助は必要かと問いかけられても、私は健常者の目線で障害者を見、健常者として生きてきた世の中の感覚で物を言うしかない。



でもそれって悪い事なの?



仕方ないじゃない。




何事にも、理解しようとする努力は必ず必要なものである。


それはものすごく感じる。





「差別を無くそう」なーんて標語が訴えたい事は、差別による苛めや辱めはするべきでは無いって事でしょう。


じゃぁそう言えばいいじゃない。


差別を無くすのは不可能だし、偏見は無くならない。



物事の本質なんてひとつじゃないと思うし、共通の思い出でも感じた事は別々なんだから。




ってことで私は健常者の女性としての目線で感想を言う。



ボランティアと称し、結婚相手や恋人が居る人が、愛情関係の無い性的接触を障害者と持つ事について。




恋愛感情無しに、介護の一環として行う人達について。


でも、お金で割り切れるわけでもない。


そこには確かに人間関係が確立しているのだ。






これだけだらだらと考えて、ついにはこの一言しか出せなかった。



私は頭が固いのだろうか。






『理解出来ない』




障害者が本当に欲しているのは、性欲の処理の介助ではなく、人との心のこもった接触ではなかろうか。






真剣に向き合ううべき問題だろうとは思う。


それでも、なんだかんだいいつつも、ある日突然障害を持つ立場になることをとても恐れる自分が居る。



結局私も、無意味な奇麗事しか並べる事が出来なかった。






あぁ、無力・・・・・・・・


















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Last updated  December 28, 2006 07:45:12 AM
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