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[1]後半

『RaiN』

[1] 晴れ のち 雨男

目次⇒魔物ばなー

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 結局、弁当があるにも関わらず学外へ出て昼食を済ました サツキ。

 さすがに飲食店で持ち込みはマズイと思い、弁当は夕飯に残しておいた。 サツキ は鞄の外からそれを……弁当箱の形を触って確かめる。


「はぁー...」


 一人暮しの身にとって予定外の出費は痛い。それを防ぐ為に簡素でも弁当を用意したが徒労に終わった。

 それでも サツキ は見た目ほどほど落ち込んではいない。若干諦めもあるだろう。

 学生という身分では娯楽や飲み会は月に数度のペースで行われる。

 それに の横暴とも自分勝手さにもとれる自由な性格と付き合う事が容易ではないと、大学に入学してから半年の間で嫌というほど理解したからだ。

「いやーやっぱり蕎麦だな!蕎麦!」

「え?」

「なんだよ?」

「うどん食べといて言う台詞それ?」

「うどん? うどん……俺今何て言った?」

「蕎麦。」

「おう! うどん! うどん! 間違えた間違えた」

「ラーメン食べるって言っておいて、うどんにして終いには蕎麦? もう意味わからんよ」


「一周したな。」

「してない。つーか意味わからんて。いい加減にシテ」

 春 サツキ の不毛な会話が暫く続き、胃も落ち着くと店を後にした。


 春 はうどん屋で食後の一服をしたかったが、全席禁煙でそれは叶わなかった。

 喫煙席のあるファーストフード店に入るという手もあったが、食後にまた何か飲み食いするというのは愚かしく、本末転倒な気がして止めた。

 歩き煙草禁止地区だったので人目につかぬように裏路地に入り、煙草に を点けた。

 突き当たりに自販機があり、煙草を口にくわえてポケットから財布を出し、千円札を投入した。

 一息吸ってからタバコを手に持ち、灰を落として は聞いた。

「お前なに飲むー?」


「ボク? じゃあカルピス。」

「無いからコーラなー」

「え? ちょ待! コーラ嫌ッ」

 ピッ  ガコンっ

 無情にも サツキ のリクエストは却下された。

「貸しにしといてやるよ」


 そう言ってコーラの缶をサツキに放った。

「奢りでもないんすか? って投げるしッ!」

 サツキ は出来るだけ缶に衝撃を与えないように受け取ろうとしたが哀れにも缶は手を摺り抜けて地面に落ちた。


「ヴぁぁあ、もうダメだー」

 サツキ は悲鳴とも呻きともとれる声を漏らす。

 それでも買ってもらった物。

 望んだ物でもないし、強引この上なかったが、飲食物を無駄にするという考えは サツキ には無く、炭酸が炸裂するリスクを承知で嫌いなコーラを飲む決心をした。


 缶を開ける準備として手を隠す程の長い袖を捲くり、出来るだけ身体から缶を離してタブに指をかける。

 顔を背けて目をつむる姿はまるでダイナマイトに点火しようとする素人だった。

「ビビり過ぎだろ...」

 その臆病さを知ってか知らずか原因を作った張本人は呆れながらも面白半分で眺め、煙を吐いた。

「……ん?何だこれ!」

ふと視線を落とすとキラリと光る物を見つけた。

「え?何...ぅうぁー!」

 ゆっくりと慎重に開けるつもりが気を逸らされ、 サツキ は缶を一気に開いてしまう。

コーラ が勢いよく噴射し腕は勿論の事、遠ざけていた顔にも茶褐色の液体がかかる。

サツキ 楕円系のシャープな眼鏡 にも水滴が残り、視界は最悪となった。

 その眼鏡を服の目立たない所で拭いた。少し汚れた所が増えても大差無いほど白い長袖Tシャツは水玉模様の斑点に彩られていた。


「うぁー直ぐ洗わないとシミになるよコレー」

 そんな発言を は丸ごと無視する。

 春 は自分の為に買ったブラックコーヒーを一気に飲み干し、吸い殻となった煙草をその中に捨てた。

 もともと灰皿目的で飲み物を買ったに過ぎなかったので はほとんど味わうことはしなかった。

 対する サツキ はその味に苦しみながらチビチビと飲んでは、虫酸が走るように若干震えてまたチビチビと飲む。

 嫌いが故に、そして炭酸なので一気に飲めずに長い時間をかけて味わう羽目となる。


はコーヒーの缶を置き、足元にあるそれを持ち上げた。

「これは...」

「え?何々?」

 興味をそそられて サツキ も覗き込む。

「ナイフだ。」

 その光るものは刃物だった。

 数十時間前には に染められていたナイフだが強い雨に打ち付けられ、その赤黒い塗装の一切が落とされていた。

 今は何の変哲も無いナイフのように の目には見えた。

 が、ナイフには刃の他に反り返しが付いていて深く刺さればそれが引っ掛かって抜けないような構造になっていた。

 とても市販で易々と買える代物ではない。少なくとも日用品売場にもアウトドアエリアにも無い物だ。

「危なー」

サツキ はただ見たままの感想を述べ、 もそれに続く

「何でこんなとこに落ちてんだろな...」

「なんにせよ触んない方がいいよ。」

「てぃや!」

は自身で置いた缶を軽く蹴った。転がっているそれに狙いを定め、投げる。


 ナイフはあさっての方向に飛び、空中でグルグルと縦回転しグリップが壁にぶつかってそのまま下に落ちた。

 重心が下にあるのか刃が下に向き、調度そこに転がって来たスチール缶に突き刺さった。

「うっしゃ狙いどうり!」

明らかに結果オーライだが、 サツキ は棒読みで

「ワースごーい」


 と言った。しかしその結果の凄さにサツキはまだ気付いていなかった。

 円柱の横っ腹に垂直で突き刺さったナイフは刺さった場所から微動だにしていない。

 普通に刺さったならバランスを失い左右どちらかに倒れるはずである。

 それが倒れないのは奇跡的に重心を捕らえているか、ナイフがスチール缶を完全に貫通し地面にまで突き刺さっているかだった。

 刺さり具合からして考えにくいが、後者であるのは明らかだった。


「……これ」

サツキ は理解を越えた危険物を不審に思い、手を延ばした。

 しかし サツキ がそれに触れることは出来なかった。

 残り数センチのところで サツキ の耳に叫び声が飛び込んで来た。


「泥棒ー!ひったくり!!」

 視線を即座に上げると発せられた単語のイメージそのままの男が走り込んで来た。

 ニットの帽子を深く被り、目付きは鋭く凶悪で、シャツには髑髏が印刷されていた。腰からはチェーンが伸び、ジャラジャラと音を立てながら走り、その手には女性もののブランドバックが掴まれていた。

 男は サツキ を見るなり吠えた。


「どけぇ!! 殺すぞ!」


サツキ はその声に驚いて コーラ の缶を落とし、半分ほど残っていた中身が零れて小さな水溜まりを作る。

 そして壁に背を付け、出来る限り邪魔にならないように身を縮め道を空けた。

 男が素通りするとき足を引っ掛けることもバックに手を伸ばすこともやろうと思えば可能だった。

 しかしサツキはしなかった。それは恐怖よりも保守的な関わり合いになりたくないという感情からの行動だった。

 男はすれ違いざま コーラ の缶を踏み潰した。

 男が缶で転びそれで因縁をつけられる事すら懸念した サツキ はホッとする反面、既に零れてしまった好きでもない コーラ を惜しみ、男の走り去る後姿を睨み付けた。

 きっと自分で買った物なら サツキ は腹など立てはしなかっただろう。

 サツキは逃げる男とは関わり合いにならないだろうと思っていた。

 しかし、簡単に無関係を示さない人間がそこにいた。 


 春は男の前に立ちはだかると「殺すぞ」という言葉の返答をする。

「殺してみろよ、チンピラが!」


「退けっつってんだろーがぁッ!!」

 ドガっ!

 走りで加速の付いた突進を止められず右から左への腕の振りで突き飛ばされる 春。

 だがそのまま走り去ろうとする男の片脚にしがみつき、その逃走を一時止めた。


「待てよ、この...」

「放せッ!クソが!」

 ゴっ!ガスっ!

裏拳が顔面に入り、掴まれていない方の足が容赦無く を襲う。

「がはッ!」


 蹴りつけられた腹から絞り出された空気が口から一気に吐き出され、胃の中の物も急激に這い上がって来る不快感に襲われ は悶絶した。

 片腕で腹を抑えながら、うどんを吐き戻すのを必死に堪える。

 それでももう片方の腕は男の裾を掴んでいた。

「望み通り、殺してやるよッ!」

の頭上に男の足が振り上げられた。

はそれを躱すどころか、もはや裾を掴む力すらほとんど無い状態だった。


 振り払えば解けると分かっていながら男はとどめを刺すと言わんばかりに脚に渾身の力を込め、振り下ろした。


 蹴りが の頭に触れる直前...異常な突風が路地裏を襲った。

 一瞬だけ巻き起こった秒速数十メートルの風はとても片脚で耐えられるようなものではなく男は尻餅をついた。

 そして倒れた男の脚と脚の間にナイフが突き刺ささる。それは紛れも無く、 が見つけ缶に貫通した物だった。


 男が突風で後ろに倒れなければそのナイフは男に突き刺さっていたかもしれない。

 男は一瞬だけその刃を見て怯んだ。

 そして の手が既に裾を放しているのを確認すると、逃げる事を思い出したかのように二人に背を向け走りだした。


サツキ はそれをただただ見ていることしか出来なかった。

 ひったくり犯が見えなくなってから サツキ に駆け寄った。


「なんで邪魔なんかしたのさ!?」

「チッ...お手柄大学生...って新聞の見出し...逃したか。」

 息も絶え絶えに言葉を捻り出す

「馬鹿たれ! もしあいつがナイフでも持ってたら刺されてたかも知れないんだよ!」

サツキ は珍しく声を荒げた。

「強盗を捕まえようとして返り討ち、ってのはベタだな。」

 冗談めかしながらも蹴られた腹が痛むのか は苦悶の表情を浮かべる。


「大丈夫?」

「んぁ。なんとかな。病院には行かなくても平気そうだ。それよりも……」

のその言葉の先に自分を責める言葉があるんじゃないかと先読みし サツキ は畏縮する。


「何で助けてくれなかった」「二人なら捕まえられた」「お前なんか友達じゃない」

 そんな言葉を浴びせられる事を サツキ は恐れた。

 しかし はそれを察してか天然からかそんな言葉は一言も発しなかった。


「それよりも、これを見ろよ。」

はひったくり犯の裾を掴んだのと反対の手を開いて見せると、そこには携帯電話があった。

「携帯電話?...誰の?」

「犯人の。」

「え!?泥棒から盗んだの?」

「まぁ咄嗟に。」

 蹴られた腹を抑えていたんじゃなく、スった携帯を壊されないように守っていた サツキ は心底驚嘆し、呆れる。


「とりあえず警察に届けよう。犯人が落として行ったとかなんとか言って...」

「いや、見た感じ確かにひったくり犯だったが本当は違ったかも知れねー。

泥棒って叫び声と外見からそう判断したが実際に被害者と会ってない以上あいつを窃盗犯と認めることは出来ねー」

「で、でも 」

 「俺達がこの状況で最初に取る行動は一つだ!

国際電話のイタ電かけまくってやる!」

「待てコラ! 真面目に聞いた自分が馬鹿らしくなるわ!」

「どっちにしろ警察には言わねー」

「何で? まさか……」

「借りは倍にして返すんだよ。」

 その理論でいくと半分しか飲んでないコーラを二本返さなきゃならないんだろうかと頭の片隅で思いながら サツキ は言葉を失う。


そしてハッと思い出したように サツキ は言う

「午後の授業に間に合わない...」

「そんなの関係ねー!!」

は半ば逆ギレ気味に言った。

「俺達 を敵に回したこと、後悔させてやるぜ!」

「たち?  え? 達って言った?」


「行くぞ! サツキ!!」

「何処に!?」

「勧善懲悪! 悪者退治だ!」


「はぁー」

 諦めを匂わせる溜息が都会の淀んだ空気に溶けていく。


 空には一片の曇りもなく透き通った青と眩しい程の太陽が煌めいていた。

サツキ の曇り一辺倒の心と反比例するかのように、はたまた不幸を嘲笑うかのように空は晴れ渡っていた。

つづく。


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