untitle【1】~【6】




 untitle【1】タイムリミット        







「ごめんね。花沢類。急に呼び出したりして…」


「いいよ。気にしないで。


どうせ、家に帰っても寝るだけだし…。


それにしても、


牧野と2人だけで会うの久しぶりだね。」



花沢類の会社にほど近いカフェに入り、


少し奥の、席へ進む。



向かい合って座った花沢類は相変わらず、キレイな顔をしていて


「で、なんか、あった?司と。」


花沢類の目が悪戯っ子のように笑っている。



(あのねぇー、確かにそうなんだけど、会ってすぐ、それを言う?)




ふぅー、深いため息をついた後に


「今日、ちょっとね・・・。喧嘩のような・・…」



「へぇ-、そんな事、年中じゃん。いまさら、俺に何を話すわけ?」




司からはよく、おのろけとも取れるほど


2人の痴話喧嘩は聞かされている類にとっては                    


時間に関係なくかかってくる電話は迷惑なだけで


「2人で勝手にケンカしてろ!」


と言いたいところだけど、


牧野からだと、ちょっと、気になる。



司がNYから帰ってきてから、もう一年か。早いな。


こいつら、進展しているのか、いないのか?                  




「で、どうした?  牧野の独り言だと思って聞いてやるから・…」


言い渋る牧野の背中をちょっと押してみる。                   


牧野はポツリポツリと話し始めた。






いつも、牧野はなにかあると

   一人で問題抱えて、

   一人で悩んで、

   一人でなんか複雑な答えを見つけて、


変に納得する悪いくせがある。


こうやって、俺に相談してきたって事はいい傾向なのかもしれないが・・・・・・




黙って、つくしの話しを聞いていた花沢類はちょっと考えてから、


「牧野、今、2人にとって大事な時期だろ。


ちゃんと、逃げずに言わないと…。                       

あいつ、アンタがそんな事考えているなんてみじんも思ってないはずだよ。    

きちんと向き合って話せよ。

司はアンタのことをいつだって第一に思っているし、


あいつ、4年も待たせたんだから、


今度は牧野が少しくらいなら持たせてもいいんじゃない?」


花沢類がもっともな答えを出してきた。



<・・・・・確かに逃げてるのは自分でもわかる。>



「でも、これ以上、あいつをがっかりさせたくないの。             

なんか切なくなってくるの・・・・。」                    



「よく言うよ!


牧野のその煮え切らない態度の方がよっぽど、


司をどれだけ不安にしていると思う?」


花沢類に言われて、


今更ながら、司に打ち明けられず、


自分が隠そうとしていることにそろそろ、


タイムリミットが来ていることを悟る。








【2】勉強もさせてもらいます。    








2ヶ月前、つくしは内緒で就職の面接に来ていた。             


銀座にある結構、老舗の画廊で、                     

大学の友人の叔父さんが経営していて、

その紹介だった。


つくしはこれでもずいぶん就職先の選定には気を使っていた。

どこでどう、道明寺財閥とつながっているか、わからない。

グループ企業でも、

ましてやライバル企業になると後々

問題になるかもしれない。

身を置くなら、                              

道明寺と何のしがらみのないところに越した事はない。


<絵のことはさっぱりわからないけど、画廊なら、大丈夫よね。>


つくしはリクルートファッションの紺のスーツに身を包み、

案内された応接室へ入っていく。

洗練されたインテリアで統一された居心地の良い空間だった。

「こういう時はどこへ座ったら良いんだろう?」

と悩みながらそこの白い革のクッションが適度に効いたソファへ腰を降ろした。

ここの画廊は特に公には就職の募集をしていなかったので

面接を受けるのはつくしが一人だった。

少しそわそわしながら5分ほど、待っただろうか、             

「お待たせしました。」                         

50歳位の人の良さそうな恰幅のいい経営者と

30歳過ぎの眼鏡をかけた、少し、冷たそうな女性が遅れて入ってきた。                 

「牧野さんだったね。

姪の良子から、『よろしくお願いします。』って言われているよ。

履歴書はもう、先日、見させてもらったよ。

まぁ、コーヒーでも飲みながら、気軽にいきましょう!」

緊張しているつくしを見て、笑いながら、経営者は言った。

「すみません。実はあたし、全然、絵のことわからなくて、          

いえ、興味がなかったので・・・専門的な事とか、さっぱりで・・・」

ちょっと、困惑した表情を浮かべるつくし。               

「だいじょうだよ。 

牧野さんのする仕事はお客様の接待とか、事務的なことだから。

絵の買い付けとかは専門職の彼女がいるから。」

と横の女性に目をやる。

今まで、黙って二人のやりとりを聞いていた女性が初めて口を開いた。

「牧野さん、私、山下です。よろしくね。

大学で美術史を専攻した後、

NYに留学して、そのまま、向こうの画廊に就職したの。

その後、個人所有の美術館の学芸員をしていました。

2年前、日本に帰ってきて

それからこちらのほうでお世話になっているんです。

社長の言うように、変に半端な知識のある人より、

知らない人のほうがこちらとしてはやり易い事もあるんです。」         

第一印象は冷たい感じがしたこの女性は

意外と笑うとチャーミングでえくぼが素敵だった。

「もちろん、就職が正式に決まったら、

きちんと勉強をしてもらいますけど!

私が居ない時は牧野さんがお客様の相手をして、

絵の説明もしてもらわないといけませんからね。」

とウインクをしてまた、えくぼを見せた。



<ちょっと、希望が見えて、また、ちょっと、落ち込む。>


そのつくしの変わる表情に気が付いて

「心配しなくていいよ。良子が言っていたけど、

『牧野さん、明るくて、元気が良くて、その場の雰囲気が和むような人』だって。

うちとしてはそんな人に来て欲しいんだ!」


「あ、あたしの取りえはそれだけなんです。

それで良ければ、ぜひ、よろしくお願いします。

がんばって、勉強もさせてもらいます!」


あっさり、採用決定してしまった。

当たり前か、・・・ライバルいないんだもの。

社長が気に入るか、気に入らないか・・・なのよね。                            

勢い良く、

「勉強します!」なんて言ってはみたものの、

つくしは焦っていた。


勉強が・・・ではなく、                          


そう、今や、結婚モードに向かって一直線に突き進んでいる 

あの男になんと言って了解を得ようかと・・・。



「あたしがいつどこで就職しようとあいつには関係ない!

あたしはあたしなんだから!!

あたしだって、仕事する権利はあるわ!!」

そう叫んで、自分を奮い立たせるが、

これから、やって来るであろう      

修羅場を考えると頭が痛くなるつくしだった。








【3】意外とセンスあるかも 




正式に働くのは大学卒業後の4月になってからだが、

もちろん約束通り、山下さんに絵のことを教えてもらうため、

面接した翌週から週2回ほど、画廊に通っている。


つくしは面接する前は緊張のため、画廊にかかっている絵が

全く見えていなかったのだが、帰り際に絵を見て驚いた。

まるで、小学生の殴り書きにしか見えない絵が壁にかかっている。       


「あの、これって、なんか、すごいんですけど・・・・。」

つくしは言葉を選びながら、

一緒に応接室を出た山下さんにつぶやいた。

「そうでしょう!

牧野さん、この絵のすごさがわかるなんて。

意外とセンスあるかも。」

とうれしいそうに言った。


「いや、そういう問題じゃなくて・・・」心でブツブツ・・・。


「これはバスキアと言ってアメリカの現代アートの第一人者の作品よ。  

もう、亡くなったんだけど、伝説の人なの。

地下鉄の車両なんかに落書きしていたのが認められて、

一夜にして有名アーティストになったのよ。」                


「あぁ、やっぱり、落書きなんだわ。」

と妙に納得するつくし。


作品に近づこうとするつくしを見て山下さんがサラリと言った。

「それ、7000万するから、気をつけてね。」 


「ひぇー!!!」                             

叫んだのはもちろん、つくしだった。










【4】 なじめない世界








この画廊は二店舗あり、

つくしが採用されたのは、

現代アート専門の方だった。

就職さえしなければ、

一生涯知ることがなかったような

世界の巨匠と呼ばれるアーティストの

作品ばかりがそこにはあった。




「牧野さんこっち、来てくれる?」

「ねぇ、これなんか、牧野さんが見たら、変わってるって思うでしょう?」

山下さんが、笑いながら指差した先には、

へんてこな形をした楕円や丸を組み合わせたような

絵なのか、彫刻なのか、置物なのか、

わからないような物体が

堂々と画廊の一等地に

横たわっていた。


「あの、たぶん、有名アーティストの有名な作品ですよね。」


顔を引きつらせながら、つくしは答えた。


「そうよ、これは、フランク・ステラの作品よ。

シェイプド・キャンバスと言って、

作品の形がそのままキャンバスになっているの。

こんな大きなステラの作品は美術館クラスに行かない

と滅多に見られないのよ。

お得意様が今度、購入して下さったの。

納入するまでの間、ここに飾らせてもらっているの。」


「ステラはね……・・・・

山下さんがステラの話しをはじめた。



世の中にはいろんな人がいるのはわかっていたが、

つくしの今の最大の関心はこの作品の解説より

このヘンテコな物体に

そのお得意様がいくらお金を払うのだろうということだった。



   ……わかった? ステラのこと? 何か質問は?」

「えっ、し、質問ですか?   

(何も聞いちゃいなかったけど…)

これいくらなんです?」



あたしの質問に山下さんはいささか呆れ顔をして

ためいき混じりに言った。

「消費税込みで1億2千万円。

でも、これ、ステラにしては安いのよ。

NYの画廊で働いていた頃の知り合いから、

直接購入したものだから。」


どうしても、なじめない世界があるのね……。

その価値が到底、及びつかないつくしだった……。










【5】 なんだ、つまらない。










「やっぱり、まずいですよ!先輩、わかってますか?

自分のやってる事! 自分の立場!」


「そうよ。つくし、なんで、隠すの?言わなきゃあ、駄目よ。」


「そのうち、どうせ、ばれちゃうよ。司の勘は鋭いから!」


就職先が決まった事を女友達3人には内緒にできないので

打ち明けた時の桜子、優紀、滋から、次々に浴びせられる言葉。


「えぇーっ、どうして、そんなに言われるほどのこと?」


「当たり前じゃあないですか。

先輩、しっかりしてくださいよ。

就職が悪いなんて誰も思いませんけど、

道明寺さんに内緒なのはダメです。」

桜子がきっぱりと言う。

「びっくりしたってのが、本当のところだよ。

つくしがバイトやめて、学校も違うから、

会う機会がなかなかなかったけど、

もうそろそろ、正式に婚約発表があるんじゃないか

と思っていたくらいなんだから…。

どうなってんの?」

心配そうに優紀がつくしの顔をのぞきこむ。


「うまくいってんだよね、つくし。

だって、2、3日前に司に会った時、

司ったら、ずっと、つくしの事ばっかり話して…」

滋がなにかを思い出したように含み笑いをしながら

「知ってんだよ。 

2人で箱根行ってたでしょう?

しかも、泊まりで…2泊も。

なにしてたんだか」


ドキッ!!! 思わず、顔を赤らめるつくし。


「なんで、知ってんの?

あいつが、しゃべったのね?」 


桜子がカールされた自分の髪に指を巻きつけながら、

「なんだつまらない。先輩、やっぱり、うまくいってんだ!」


「つまらないって…そんな。

何度も聞くけど、つくし、どうなってんの?道明寺さんと」

優紀が身を乗り出して聞いてくる。


「もちろん、ラブラブだよね?

司の頭の後ろから、ハートマークいっぱい出てたもん!」


「滋さん、それ、本当に見たんですか?」


「いや、ごめんなさい。嘘です…。」


「今、真剣な話しをしてるんですから、

バカらしいこと言わないで下さい。」


「桜子、あんたね、私にバカらしいとか言って自分だってさっき、

『うまくいってるのがつまらない』っていったくせに!」


「当たり前じゃあないですか。

2人が上手くいってるってことは

裏を返せば、

私たちの出番が全然ないってことですよ。

いいんですか?それで?」


「良くない!!!

桜子、あんた、本当に頭いい!

なんか、最近、おもしろくなかったのは、

それが、原因だよ、きっと!」


「2人とも、止めて下さいよ。つくし、大丈夫?

熱があるんじゃない?顔、赤いよ。」


つくしは箱根の件がばれて、落ち込んでいるのに、


ここにいる滋と桜子にはもうそれはどうでもいいことで、


「だって、このごろ、先輩達、何にも起きないから、

西門さんや美作さんもつまらないって言ってましたよ。」


「やっぱり、司とつくしが何もないなんて、考えられない。」


「刺激がないと体や脳が活性化しませんよ。

先輩の就職の件、なんか、一悶着ありそうですね!」


ケーキのお代わりを注文しながら、滋と桜子で盛り上がっている。


「つくし、どうして就職しようと考えたの?

道明寺さんとはいつか結婚するんでしょう?」

勝手なことばかり言っている2人を無視して、優紀が聞く。





【6】自分のアイデンティティー







1年前、道明寺が約束通り、

NYの大学を卒業して帰国した。


帰った来たアイツの顔を見た途端、

うれしすぎて、不覚にも涙が出てしまった。

しかも、

「今まで寂しい思いをさせてごめんな。

もう、そんな思いはさせないから…。」

なんてアイツが絶対言いそうにないような言葉を

口にするもんだから、

腰が抜けそうになってた。



ほとんど会えなかった4年間を埋めるように

この1年間はよく、デートした。                    

そして、そのデートの回数分、  

思い出もできたし、ケンカもした。


司はあたしと会う時間を作るため、

仕事も本当にがんばってくれていた。

こんなに幸せでいいのかなと思うほど……。

何の不満もなく。



大学は英徳には進まなかった。

4年生の私立大学に通っていた。

司はあたしが大学を卒業したら、

当然のように結婚して

家庭に入ってくれるものだと思ってる。

だから、何も言わず、1年間、待っててくれているのだと思う。

でもあたしは仕事に就きたかった。

これになりたいとか、べつに希望があるわけではなかった。

ただ、周りの友達がどんどん、就職が内定してしていく中、

自分のアイデンティティーが持てなくてイライラが募る。

「大学卒業と同時に道明寺家に入って、

花嫁修業した後、今年中に結婚もありか?」

と勝手に書いてたマスコミもあったけど……。     

自分のことを他人の書いた記事によって知らされるのは            

不思議なものだね。                          

「あぁ、そうなの。あたし、花嫁修業するんだ?」

<大変そうだけど、がんばってね。つくしちゃん>

  なんて……自分で自分を応援してどうする?  

マスコミの書いているまんま、結婚するなんて癪に障る。



もちろん、あたしの気持ちは司にしか向いていないのだから、

数年後には、司の胸に飛び込みたいと思っている。

あたしの独身最後のほんの少しのわがままを

なんとか認めて欲しいと思う。

それを言えずにいた。

自分の主張を言い張るほどの理由も特別なかったから…。



「くやしいけど、道明寺を説得できるほどの理由がないのよ!」

箱根の件から浮上してきたつくしが小さくつぶやく。

もし、話したら、どうなる?・・・・・

アイツに一笑されて、

「俺と結婚するのに、まだ、金稼ぐのか?貧乏性だな。」

とか、言われるのがオチよ。

桜子が2人の話しに割り込んできた。

「そうですよ、先輩。道明寺さんのことだから、

先輩が働かないでいいように

その画廊ごと買い占めるかもしれませんよ。」


この日、つくしは3人に会って話した事を呪った…。


しかも、例の野性の勘が働いたのかどうかはわからないが、

あの男がつくしの行動に疑いを持ち始めていた。



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