【35】~【39】









「あっ、すみません。村田さん、気を使わないで下さい。」

コーヒーを運んで来てくれた画廊の事務をしている女性に立ち上がって

お礼を言う良子。


「いい香り、ありがとうございます。」



彼女は3月いっぱいで辞めることになっていた。


この村田という女性の代わりにつくしは採用されたのだ。


「良子さん、退屈でしょう。画廊に朝早く、お客さんは滅多に来ないから…」


「そうですよね。村田さん、お腹、ずいぶん大きくなりましたね。」


良子が指差して言う。


「もう6ヶ月だから。このごろ、よく動くようになったのよ。


そう言えば、牧野さんって、良子さんの友達なんですってね。


いい方、紹介してくれたって、山下さんが言ってたわよ。」


「でしょう!つくしは本当にいい子よ。まじめだし、なんにでも一生懸命だし、


きっと、ここの仕事もがんばってくれると思うの。私のお墨付き!」



しばらく、村田と良子が談笑にふけって、



再び、村田が奥の事務室に戻った直後だった。




外から、ドアが開き、今日第一号のお客が入って来た。






「いらっしゃいませ。」良子が笑顔で挨拶をする。





めずらしいな。朝早くから、若い女性の2人組……  



良子の方に近づいて来たそのうちの一人が聞いてきた。



「あの、すみません。牧野つくしさんがこちらで

アルバイトしていると伺って来たのですが…」



「あっ、はい、そうです。

でも、今はここにはいません。

失礼ですが、お宅様は?」



「わたしは三条と言います。牧野さんの高校の後輩なんです。

隣にいるのは大河原です。」桜子があいさつしながら、連れの名前を告げた。



「あぁ、そうだったんですか。わざわざ、尋ねて来てくれて申し訳ないのですが、

いま、社長と共に商品の搬入さきに出向いています。帰りは12時過ぎるかと…」と良子。



「わかりました。また、出直してきます。滋さん、行きましょう。」


桜子は横にいるはずの滋に声をかけるが……いない。




「あれ、今、いましたよね?お友達?」と良子。



「滋さん!どこ?  もう、すぐ、自分勝手に行動するんだから…」



「ごめん。桜子、ちょっと、来てくれる?ここよ。」


奥の方で声がする。





『あっ、桜子さんと滋さんって名前』


つくしから何度も聞く名前だ…と良子は思った。




良子と桜子が声のする方へ言ってみる、




滋がある作品の前で指をさしている。

「なんか、この絵、良くない?わたし、気にいちゃった。買うよ。」




えぇ、買うって…。慌てて、良子が金額を確認する。



「げっ!…70万…。(高!)ですけど…いいんですか? 


ローンとかもできますけど…いかが致しましょうか?」



良子がしどろもどろしていると、


「やあねぇ、カードで1回払いよ。それ以外何があるの?」


と不思議そうに滋が言う。


「彼女、お金持ちだから、気にしないで。

全く、買い物に計画性がないんだから!」



「そうなんですか。

それなら、いいんですけど…でも、本当にいいんですか?」


と心配そうに念を押す良子。



「今。部屋を改装中なんだ。こんな絵、飾りたかったの。ぴったりよ!」

と嬉しそうにはしゃいでいる滋。




そんな対照的な2人を「やれやれ」といった感じで冷静に見ている桜子。





「ところで、つくし、どこ行ったって?」


「なんか、仕事先について行ったらしいですよ。」


「そうなんです。新しく、4月にオープンするホテルの現場らしいです。」



「4月にオープン? ホテル? もしかして、メープル?」



2人は同時に叫んだ。



2人は昨日の事が気になり、朝、つくしの家に電話をかけたのだ。


携帯はいくらかけても、通じなかった。


母親から、バイトの話をきき、ここに駆けつけたのだった。


さぁ、どうする? 顔を見合わせる2人。



「行くしかないでしょう?」


もちろん、意見は一致。


滋はすでに買うと言った絵のことはすっかり忘れて


気持ちはメープルに飛んでいた。


急いで、出て行こうとする2人に向かって、




「あの、絵はどうしたらよろしいんですか?」



と良子が叫んでいた。






【36】  ニアミスありうるよ。







「早く、メープルの新館に行って!早く!」


車に乗り込むと、滋はすぐに運転手に行き先を告げ、急がせた。


「なんか、急にワクワクして来ちゃったよ。つくし、どうしてるかしら?」


「滋さん、落ち着いてくださいよ。

話を整理するとですよ、

先輩は急なバイトみたいだったから、

きっと、今日のメープル行きは知らないはずですよね。

道明寺さんに至っては、昨日まで、つくしが今の画廊に

就職した事すら知らなかったのだから…

やっぱり、落ち着いていられませんね!

でも、新館に先輩がいたとしてですよ、

道明寺さんがそこにいるかどうかですよ。」



桜子が状況を冷静に分析している。



「そんなの、すぐ、わかるって!電話よ。秘書の藤田さんに聞けばわかるよ。」         

滋はもう、さっさと電話を始めていた。



電話はすぐに通じたようだった。


「あ、藤田さん、わたし、滋。そう、大河原。司、今どこ?



メープルの新館。わかった。OK!ありがとう。」



「ほら、やっぱり、新館にいるよ。ニアミスありうるよ。」


滋が満面の笑みを浮かべて桜子に伝える。


それを聞いた桜子は


「滋さん、考えたんですけど、私たち、そこに行って何するんですか?


隠れて2人の様子見るんですか?


気にはなりますけど、乗り気はしませんね。」


「えっー!そんな!桜子ったら、この後におよんで何言ってんの?

付き合ってくれなくっちゃ困るよ。

2人をうまくいかせるのが私たちの使命でしょう?」



「そんな使命、誰が決めたんです。滋さんの勝手な思い込みでしょう。」



「思い込みでも何でもいいから、

つくしや司が困っている時は助けてあげなくちゃ!」



「滋さん、鼻息荒いですよ。助けたい気持ちはわかりますけど、

余計、面倒なことになるんじゃないかって、心配なんです。」



乗り気の滋



気が引けてる桜子


2人の意見は平行線を保ったまま、


しかし、車は、確実にメープルへ近づく。




2人の登場は果たして、吉と出るか、凶と出るか…。








【37】 OK、完璧ね!









エレベーターが開いた時、俺は「お先へどうぞ」と言う、


メープルの社員らの声を無視して、エレベーターに最後まで残った。 



理由は藤田の存在をコイツに知らせるためだ。





えっ?   なに?




あたしは自分の耳を疑ってしまった。




突然、あたしは上のほうから聞きなれた声がしたから。




小さな声だったが、確かに、司の声で、




「隠れろ・・・・」




「俺の後ろに隠れろ。ロビーに藤田がいる。」





エレベーターから人が吐き出されていき、

遮るものがあたしの前からなくなった時、


その先に見えたのは秘書の藤田さんだった。






妙な連帯感。




今まで、知らないそぶりを見せていた2人。



だが、藤田さんを見た瞬間、利害は一致した。




つくしは声にならない返事をする代わりに

司から言われた通り、後ろに隠れるようにして、エレベーターを出た。



そして、もう一度、司の声を聞いた。


「お前の内緒ごとに付き合ってやるから、

藤田に見つかる前にどっかに隠れとけ…」



それだけ言うと、司は先に出て行った一団に追いつくため、足を速めた。




「ま、待ってよ!そ、そんなこと言ったって、隠れる場所なんて…

こんな広くてどこからも見渡せそうなところにあるわけが…」


周囲を見まわすつくし。




どう考えたって、今、手っ取り早く、

一番隠れやすそうなのは司の後ろなのよ。




ほかにどこに隠れろって言う訳?



司はつくしがぴったり、くっ付いてくるのを見て

思わず、焦ってしまった…。




が、悪い気持ちはしなかった。




昨日からの事があったとはいえ、大体、

俺達の事、隠すなんてバカげているとしか思えなかった。





ただ、これからのコイツの立場のことを考えると黙っているのも有りかと

コイツの必死に守ろうとしている事に付き合ってあげることにした。



ただ、目の前にはうるさくて、目ざとい、、藤田がいるわけで、

どこまで隠し通せるかは


正直、自信はなかったが・・・。




みんなに追いつき、ロビーのステラの作品の前にやって来た。




山下さんが早速、当日、日本橋の本店から派遣された画廊のスタッフの人と

運送会社の現場の責任者を見つけると設置の状態を確認し始めていた。



あたしはそこから少し離れた場所で、司に隠れるようにして立っていた。



幸いな事に作品の周囲にはエレベーターから降りた15人のほかに

運送会社の人が4、5名と内装工事の関係者の人たち数名が

物珍しそうに集まっていた。

また、メープルのスタッフで研修中と思われる人たちも数名いたから

混雑していた。



藤田さんは当然、司の方に目をやっていたが、

まだ、仕事が終ってないと判断しているのか、遠慮してか、

それ以上、近づいてこないし、声もかけてこない。



「OK!完璧ね。」


と山下さんの声がする。

その声が合図のように、集まっていた人たちは挨拶をかわし、


それぞれ自分たちの持ち場に帰ろうとしている。



建築家の人やインテリアコーディネーターの人も、

山下さんに「お疲れ様でした。」と言っているのが聞こえる。



山下さんのOKが出たから、


これでここでの仕事は終わりのはず。



よし!やったわ!


とにかく、このまま、どうにか、やり過ごして……


もうすぐ、ここから、脱出できるから。



それまで、見つかりませんように…



と祈るような気持ちで司のうしろに顔を伏せる様に立っているつくし。




が、次の瞬間、祈りがむなしかった事を知る。



なんと、藤田さん、こっちに向かって、手を振りはじめた。



しかも、笑顔でこっちの方に歩いて近づいて来た。












【38】 固まる2人







クソッ、藤田の野郎、やっぱり、朝、首、絞めとくんだった…


ヤダ……ばれちゃう!




2人は覚悟を決めたのに…。





藤田さんはこっちに向って来たには、来たのだが、


司とつくしの横を通り過ぎて、


なぜか、その足は、別の人物の前で止まった。







「久しぶりです。山下さんですよね。僕、藤田です。」





「えっ!」

「はぁ!」



藤田のこの一言に固まる2人。



「こんな所で会うなんて、思いもしませんでした。」


突然、声をかけられた山下さんも一瞬、びっくりしたようだったが、



「藤田君?あら、本当だ!藤田君だ。」

と山下さんも応じている。




もしかして、こいつら、知り合いな訳?


な、なに?この展開は…



「わぁ、びっくり!こんな所で知り合いに会うなんて!

藤田君、メープルの社員か、なにか?」


「えぇ、まぁ…いや、違います。

私はこちらの副社長をしておられます、

道明寺様の個人秘書でして今日はお供として

ここに来させてもらっているです。」


藤田さんが舌を噛みそうなほどの丁寧な口調で物を言う。


「そうだったの。 秘書やってるんだ!  藤田君にぴったりかもね。

それにしても、相変わらず、丁寧なものの言い方ね。

藤田君の辞書にはため口って言葉ないでしょう?」

と山下さんが笑っている。




「ため口ですか…苦手ですけど…できますよ。」

藤田さんは顔を引きつらせながら、答える。



2人の会話を聞いていた画廊の社長が話しに割って入って来た。


「山下さん、副社長の秘書の知り合いだったの?

でも、今まで、君には会わなかったね?」



「初めまして.藤田です。

ええ、私、メープルの秘書では、ありませんので、その方はあちらに…」

と、1人の男性を指差している。



その男性は不機嫌そうに藤田さんの方をジロっと見た後、

また、別の社員と話し始めた。



(なんか、感じ悪い人。藤田さんと大違いだわ。)

……とつくしは思った。



その時、その感じ悪い秘書が口を開いた。


「副社長、設置の状態もOKが出ましたので、こちらでの仕事は終わりです。

いつでも、お帰りいただけますが…。」と皮肉っぽい、言いかたをした。



……な、なに、その言い方。


まるで、さっさと司にここから帰れって言いたい訳?


なによ!あんた、ただの秘書でしょう?


いくら、あんたの方が年取っているからって


司にそんな態度でいい訳?……   



なんか、無性に腹が立ってきたつくし。



ただ、そんな秘書の態度にも司本人はびくともせず、

その秘書の言葉を無視し、まるで、何も聞かなかったようにすましている。



つくしはだんだん、怒りが込み上げてきて、顔が紅潮していく。



いつの間にか、手が握りこぶしを作っている。



その様子に気がついた司は、



「あぶないやつだ。これ以上、ここにいたら、まずいな・・・」



小さな声で、



「とにかく、ここから、離れろ。2人の話が盛り上がっている間に

俺が話しかけるから…」と言い、



藤田さんと山下さんの2人の前に進んで行った。






【39】  女優になるべきだわ。









「ちょっと、いいから、通してよ。私は司の友達なんだから!

いいでしょう?用があるのよ!行かせてよ!」


滋がホテルの入口にいる警備員に中に入ることを拒まれ、怒っている。




「まだ、工事中ですので、関係者以外はホテル側の許可書がなければ、

なかには入れないことになっているんです。申し訳ありません.」


と警備員の人が断っている。



横で見ていた桜子が


「滋さん、そんなんじゃあ、通してくれませんよ。」


と、警備員の前に歩み寄ると、上目遣いで、



「私たち、女の子2人がそんなに怪しく見えますか?

このなかに知り合いがいるんです。

待ち合わせにここを指定されたんです。

会えなければ、私たち大変な事になるんです。」


と、目をウルウルさせながら、警備員にせまった。


「えっ!大変なことって?

そ、それは何とかしてあげたいんですけど…

規則は規則ですので…中には……」

困った顔をする警備員。





よし、あと一押しだわ。   



最後の決り文句。



「あなただったら、わかってくれると思ったのに…

もう、わたしたち、このさき、どうなるのか…」



完璧、泣き落としに入る桜子。






ふん、勝利だわ!


30秒後、表玄関から、堂々と2人は入って行った。




滋はただただ、桜子の芝居に圧倒させられ、



「桜子、あんた、女優になるべきだわ。

昨日の芝居の人より、うんとうまかったよ。」


と感動している。




「滋さん、警備員に司の友達だと言っても、

『司って誰だ』って思われるのがオチですよ。

女の武器は最大限使わないとね。

まぁ、滋さんや先輩は無理でしょうけど…」



「正直、認めるけど、最後の言葉だけ、余計だよ、桜子!」と滋。




2人はホテルのエントランスから回転ドアをすり抜け、ロビーへ。


「どこにいるんでしょう?

このロビーにいれば、探す手間が省けていいんですけど…」


桜子が周囲を見渡し、知った顔を捜す。


広いロビーを見まわす。


ロビーの一角に何人か、集まっている集団に目がいく。



「滋さん、見て!あそこ、ほら。道明寺さん。

こういう時、背が高いと発見しやすいですね!.」


と指差して教える。



「あっ、ホントだ。
……えっ、もしかして、後ろにいるのつくしじゃない?」と滋。



「あら、どうなっているわけ?先輩ったら、

あんなに後ろにぴったり、くっついて!

いやだ!もう仲直りしているってこと?」




2人は顔を見合わせ、???  




滋    (私たちの来た意味ないじゃん?)



桜子   (心配して、損した?)



が、そう思った瞬間、





つくしが起こした変な行動に2人の目は点になってしまった。



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