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人生朝露
湯川秀樹と荘子 その2。
湯川秀樹さんの続きを。
>
『しかし、ダーウィンの進化論を理解しようとして悩んだという事実は、私の精神の成長過程の中で、重要な意味を持っていたように思われる。私の潜在意識は、このころからそれまでとは違った方向へ向かって、活発な反応を示しはじめていたらしいのである。
少年期の感傷から、青年期のロマンチックな心情へと変貌し始めていたらしい。
後になって考えて見ると、当時の私が人生の空しさを知りつくした人の知恵を代表する老子よりも、雄大な空想に自分で酔っているような荘子の方に惹かれたのも、故あることであったろう。私の身体にも青春の血が流れ始めていたのである。一日も早く一中を去って、お隣の三高に入りたいとう気持ちが強くなりつつあった。
アインシュタイン博士が日本を訪れたのは、それから間もなくであった。私の中学四年生の二学期も終わりに近いころであった。』(以上「旅人 ある物理学者の回想」湯川秀樹著より)
アインシュタインの来日に影響を受けた湯川少年はどんどん物理学の世界にのめりこんで行きます。荘子との距離もどんどん離れていきます。しかし、続きがあるんです。
この後日談は、
この本にあります。
参照:
「本の中の世界」 湯川秀樹著 岩波文庫
http://item.rakuten.co.jp/book/4127779/
湯川さんの読書歴について書かれたこの本、冒頭がいきなり『荘子』です。物理学者として世界の第一線で研究を続けていた湯川さんは、再び「荘子」を思い出したようです。
>
『それからずいぶん長い間、私は老荘の哲学を忘れていた。四、五年前、素粒子のことを考えている際中に、ふと荘子のことを思い出した』
で、
『南海之帝為儵、北海之帝為忽、中央之帝為渾沌。儵與忽時相與遇於渾沌之地、渾沌待之甚善。儵與忽謀報渾沌之徳、曰「人皆有七竅、以視聽食息、此獨無有、嘗試鑿之。」日鑿一竅、七日而渾沌死。』(『荘子』応帝王 第七)
という話が出てきます(一部漢字を当てなおしました)。
湯川さんの現代語訳にはこうあります。
『南方の海の帝王は儵と為し、北海の帝王は忽という名前である。儵、忽ともに非常に速い、速く走ることをいみしているようだ。儵忽を一語にすると、たちまち束の間とかいう意味である。中央の帝王の名は渾沌である。
或るとき、北と南の帝王が渾沌の領土にきて一緒に会った。この儵、忽の二人を、渾沌は心から歓待した。儵と忽はそのお返しに何をしたらよいかと相談した。そこでいうには、人間はみな七つの穴をもっている。目、耳、口、鼻。それらで見たり聞いたり、食べたり呼吸したりする。ところが、この渾沌だけは何もないズンベラボーである。大変不自由だろう。気の毒だから御礼として、ためしに穴をあけてみよう、と相談して、毎日一つずつ穴をほっていった。そうしたら、七日したら渾沌は死んでしまった。』
『なぜこの寓話を思い出したのか。私は長い間素粒子の研究をしているわけだが、今では三十種類にも及ぶ素粒子が発見され、それぞれ謎めいた性格をもっている。こうなると素粒子よりも、先のものを考えなければならなくなる。それは一番基礎になる素材に到達したいのだが、その素材が30種類もあっては困る。それは一番の根本になるものであり、ある決まった形を持っているものではなく、またわれわれが知っている素粒子のどれというものでもない。今までに知っている言葉でいうならば渾沌というようなものであろう、などと考えているうちに、この寓話を思い出したわけである。』
・・・儵(シュク)と忽(コツ)というのは、微細な物質や、刹那という意味でして、荘子の寓話が2000年以上たった量子論の立場で、湯川さんの発想の一助になっている・・という不思議な話です。
>
『最近になってこの寓話を前よりもいっそう面白く思うようになった。儵も忽も素粒子みたいなものだと考えてみる。それらが、それぞれ勝手に走っているのでは何事もおこらないが、南と北からやってきて、渾沌の領土で一緒になった。素粒子の衝突がおこった。こう考えると、一種の二元論になってくるが、そうすると渾沌というのは素粒子を受け入れる時間・空間のようなものといえる。こういう解釈もできそうである。
べつに昔の人の言ったことを、無理にこじつけて、今の物理学にあてはめて考える必要はない。今から二千三百年前の荘子が、私などがいま考えていることと、ある意味で非常ににたことを考えていたということは、しかし、面白いことであり、驚くべきことでもある。』(以上「本の中の世界」 湯川秀樹著 岩波文庫より引用)
>これは、ダーウィンの理論にきわめて近似したものだ。古代中国の生物学者が、世界がそれを発見するのに、二十五世紀もかかった結論にすでに到達していたのは驚くべきことだ。
と、1933年のネルーの感嘆と似たような感想を、湯川さんが素粒子の研究において漏らしております。湯川さんは勉強会のグループ名にも「渾沌会」とするほど、この寓話を気に入ったようですな。
参照:当ブログ 進化論とアジア。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/200903130000/
『本の中の世界』での湯川さんの「荘子」、同じく「老子」については以下をどうぞ。
参照:湯川秀樹と渾沌。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5118/
湯川秀樹と老子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5116/
荘子の自然を見る姿勢というのは、最後の方にあります。もう、これを読んだ時は感動しましてね、書き写すのが面倒だから原文を探そうとしたら・・・なんと、大阪大学の理学部に湯川秀樹さんが同じ文章を書に残していらっしゃいます。
参照:大阪大学の「天地有大美而不言」の書
http://www.sci.osaka-u.ac.jp/students/handbook2009/graduate/intro.html
『天地有大美而不言。四時有明法而不議。萬物有成理而不説。聖人者、原天地之美而達萬物之理。是故至人無爲、大聖不作。觀於天地之謂也。今彼神明至精、與彼百化、物已死生方圓。莫知其根也。篇然而萬物、自古以固存。六合爲巨、未離其内。秋豪爲小、待之成體。天下莫不沈浮、終身不故。陰陽四時、運行各得其序。昏然若亡而存、油然不形而神。萬物畜而不知。此之謂本根。可以觀於天矣。』(「荘子」外篇 知北遊)
→天地は万物を育むという素晴らしい働き(美)がありながら、何も言わない。四季ははっきりとした法則がありながら、それぞれが語り合わない。万物も存在する理由がありながら、何も説明はしない。聖人と言われる人は、天地の美に基づいて万物の理に達する。だからこそ至人というのは、自然に人の作為を働かせず、聖人ともなれば、自然と一体となる。 今、かの神明なる「道」は、万物の変化を彼に与え、その結果、万物が百化して、生まれたり、死んだり、丸になったり四角になったりしている。何者がそうさせているかは分からない。こうして、あまねく万物は生成し、古来より存在している。宇宙は巨大であっても「道」の法則のうちにあり、秋の日の獣の毛が細くても、それもまた「道」の法則によってそうなっている。天下は浮き沈みをしながらも形を変え続け、四季は必ず同じ順序で巡り来る。これらの存在は真っ暗で存在しないようでいて、はっきりと存在していて、形こそ見えないものの、霊妙な働きを悠然となしている。万物はその存在に養われていながら、その存在を知らない。これを「本根」と言う。このことを踏まえて、天地を観て「道」を悟るのだ。
「萬物有成理而不説」。万物は理由があって存在していても、説明しない。説明してくれない「万物」の「理」を解き明かすのが物理、ということか?しかし、「秋豪爲小、待之成體。」。秋の毛が細くとも、道によってそうなるってのは、現代の我々の細胞の一つ一つに組み込まれた遺伝子に対する認識と変わりません。単なる現実逃避の人として荘子は見られがちですが、それだけでもなく、何かに気づいています。
ちなみに、湯川さんは、
>
>前の渾沌の話も、それ自身はべつに小さな世界を相手にしたものではなく、むしろ大宇宙全体を相手にしているつもりであろう。自然の根本になっている微少な素粒子とか、それに見合う小さなスケールの空間・時間を論じたものでないことは明らかである。(同上「荘子」より)
ともおっしゃっていますが、ミクロに関しては秋水篇に詳しいです。
『北海若曰「夫自細視大者不盡、自大視細者不明。夫精、小之微也、垺、大之殷也、故異便。此勢之有也。夫精粗者、期於有形者也。無形者、數之所不能分也。不可圍者、數之所不能窮也。可以言論者、物之粗也。可以意致者、物之精也。言之所不能論、意之所不能察致者、不期精粗焉。』(『荘子』秋水 第十七)
→北海若曰く「微細な視野で巨大な対象を視ると全体を把握できず、巨大な視座から微細な対象を視ると明確な把握はできない。もともと精というのは、知覚できる小さな対象の更に細かいものを指し、粗というのは、知覚できる大きな対象の更に巨大なものを指す。見方によってその把握が異なるのは自然のことだ。精や粗といったとらえかたは、形のあるものを想定したものであり、形が見えないほど微細な対象は、数によって分析することができなくなり、囲い込むことができないほど巨大な対象は、数によって推し量ることができなくなる。言葉で論じられるのはものの粗であり、意を突き詰めて把握できるのがものの精である。論理によって表現できず、意を突き詰めて察し得ない「道(Tao)」は、かかる精粗の概念で規定することはできない。
「天其運乎?地其處乎?日月其争於所乎?孰主張是?孰維綱是?孰居無事推而行是?意者其有機緘而不得已邪?意者其運轉而不能自止邪?」(「荘子」天運篇 第十四)
→天は巡るのか?大地は止まっているのか?太陽と月は互いに競争しているのか?誰が天の動きを操っているのだろうか?誰が大地の安定を保っているのだろうか?誰が天の巡りの無事を保っているのだろうか?大地は誰かに押し込まれて「止まらされている」のだろうか?天は誰かに操られて「動かされて」いるのだろうか?
「愚かであれ」といった人がなんでこんな言葉を残すのか?
参照:Youtube The Beatles Fool on the hill
http://www.youtube.com/watch?v=Tg1k_G6fRpQ
♪But the fool on the hill,Sees the sun going down,And the eyes in his head,See the world spinning 'round.♪
参照:中国哲学書電子化計画 荘子
http://chinese.dsturgeon.net/text.pl?node=2712&if=gb
今日はこの辺で。
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