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人生朝露
荘子の生物学。
『荘子』という書物は、天地や大塊、宇宙のような大きな視野でものを見るという記述と同時に、極小の世界や、生物界についての記述も多く見られます。
たとえば、
『キ憐玄、玄憐蛇、蛇憐風、風憐目、目憐心。キ謂玄曰「吾以一足而行、予無如矣。今子之使萬足、獨奈何」玄曰「不然。子不見夫唾者乎。噴則大者如珠、小者如霧、雜而下者不可勝數也。今予動吾天機、而不知其所以然。」 玄謂蛇曰「吾以甚棹足行、而不及子之無足、何也。」蛇曰「夫天機之所動、何可易邪?吾安用足哉。」 蛇謂風曰「予動吾脊脅而行、則有似也。今子蓬蓬然起於北海、蓬蓬然入於南海、而似無有、何也?」風曰「然。予蓬蓬然起於北海而入於南海也、然而指我則勝我、我亦勝我。雖然、夫折大木、蜚大屋者、唯我能也、故以衆小不勝為大勝也。為大勝者、唯聖人能之。』 (『荘子』秋水第十七)
キというのは、字も難しければ存在も難しいのですが、簡単に言うと一本足の羊のような怪物です。大切なのは一本足という特性なので、唐傘お化けみたいなものとして想像した方が良いです。
→キという化け物はムカデを羨み、ムカデはヘビを羨み、ヘビは風を羨み、目は心を羨むものである。
キという化け物はムカデに言った。「私は一本足でぴょんぴょん歩くことしかないけれど、ムカデさんはそんなに足がいっぱいあって羨ましいな。さぞ便利なんでしょうね。」
ムカデは応えて「いやいや、そうでもないよ。私の苦手な人間の唾というものは、大きな塊だったり、霧のように小さなものとして降りかかってくるものがある。唾一つといっても、数え切れないものなのさ、その様子は様々なんだよ。私の足の多さも、その様々な違いの一つだと思う。天分というものに従って生きているのだから、どうしてこうなっているのかなんて、分からないんだ。」
今度はムカデがヘビに「私には無数の足があるのに、足のないあなたに及ばないのはなぜなんでしょう。」
ヘビは応えて「私も天分によって動いているだけで、自分の都合で変えることはできないんだよ。足がないからこうやって動いているだけで、これが私にとっての当たり前なんだよ。」
今度はヘビが風に「私は背骨を使って、歩くのだけど、風さんは北から南へとひゅうひゅう動いているのに、形すら見えないのはどうしてなんだ?」
風が応えて「たしかに、私はひゅうひゅうと動くことができる。でも、人が指を立てていると、それを折ることも難しいし、人の足が踏みつけようとすることを阻むこともできない。そんな私でも、大木を倒したり、大きな屋根を吹き飛ばしたりすることができる。人の指のような小さなものに勝つことも出来ない私が、大木を倒すことも出来る。こういう働きを利用して勝つことができるのは、人間だと聖人と呼ばれる人だけだな。」
・・・荘子を読むとね、人間以外のものがしゃべることには、何の抵抗もないんですよ(笑)。この話は、昔話の「ねずみの嫁入り」の元ネタではないかと思われます。「一本足→ムカデ→ヘビ→風→目→心」となっていながら、最終的な「目と心」の部分を敢えて伏せているようなんですが、ループしていますよね。「ネズミ→太陽→雲→風→壁→ネズミ」というループと同じでしょ?途中に風が入るし。あと、「ムカデと唾」の関係も面白くて、俵藤太が琵琶湖の大百足を倒すときに、唾を鏃につけて倒すという話との関連もありそうです。
この話は、同時に、天分の働きによって、それぞれに、それぞれの生き方や役割があるということも示唆しています。
もっと驚くべきは、こちら↓。
『莊周遊乎雕陵之樊、睹一異鵲自南方來者、翼廣七尺、目大運寸、感周之額而集於栗林。莊周曰「此何鳥哉?翼殷不逝、目大不睹。」蹇裳覆歩、執弾而留之。睹一蝉方得美蔭而忘其身、蟷螂執翳而打之、見得而忘其形、異鵲従而利之、見利而忘其真。莊周愁然曰「噫!物固相累、二類相召也。」捐弾而反走、虞人逐而謗之。』(『荘子』山木 第二十)
→莊周は、雕陵という栗林を散歩していると、南から一羽の見慣れぬ鳥が飛んできた。翼の大きさは七尺、目は一寸ほどで、その翼は莊周の額を掠めて、栗林に降り立った。「なんだ、この鳥は?大きな翼を持ちながら飛び方が下手だし、大きな目玉がありながら、私を見てもいないようではないか。」莊周は裾を捲り上げて、そっとその鳥に近づき、弾弓(矢のない弓、パチンコみたいなもの)で射止めようとその鳥の様子を伺った。ふとみると、一匹の蝉が木陰で我を忘れて鳴いている。視線を移すと、その蝉を蔭からカマキリが狙っていて、カマキリも蝉に気を取られて我を忘れている。見れば、例の鳥は、そのカマキリを狙って我を忘れているのだ。自分が莊周に狙われていることも気づかずに。「ああ、世界の全ては、互いに利し、害し合いながら成り立っているのだ。恐ろしいことだ!」莊周は弓を捨てて帰ろうとした。すると、栗林の番人がその様子を見て、栗泥棒だと思って、莊周を追いかけてきて叱り飛ばした。
・・・食物連鎖のループだけでなく、人間社会のループも読み取れる話です。まるでメビウスの輪のような・・いや、これ、紀元前の書物なんですよ。生き物が狩をしているその瞬間、息を呑むその瞬間に我を忘れる、というところも、蝉が鳴いているはずなのに、静寂を感じる描写も非常に面白い話です。
そうそう、江戸時代に日本人が書いた『田舎荘子』という書物にも、その意識があります。
ネズミ捕りの名人の猫の話「猫の妙術」の他に、『田舎荘子』には、「蟇の神道」という話がありまして、ある神社に薄黒い服を着た男がお参りに来ます。「願わくは神明仏陀のお力で、世界の猫を一度に蹴殺し給え。猫などという生き物は、世の中に何の価値もありません。性格は邪険で、お膳に出す魚を盗むわ、飼い鳥を食い殺すわ、囲炉裏に糞をたれるわ、果ては猫又なる化け物にも変化するというではないですか。」と(笑)。実は、これは年老いたネズミの変化した姿。それを見破った男が、「実は、ワシはこの神社の縁の下に住むヒキガエルなのじゃ。」・・という話です(笑)。猫の話と同時に、ネズミの話も持ってくるところが素晴らしい。
♪ネズミだっていきものさ、ネコだっていきものさ♪
「蟇之神道」においては、ヒキガエルがネズミに、ネコとネズミとの関係を客観的に解き、最終的には人間に向かって問いかけています。
『一匹のネズミが屋根裏で、大きな雄猫に出くわした。ネズミは逃げ場のない片隅に追い詰められた。ネズミは震えながら言った、「猫さんお願いです。私を食べないで下さい。家族のところに帰らなくちゃならないんです。子供たちがお腹をすかせて待っています。どうか見逃してください。」』(村上春樹「1Q84」より)
・・・ふふふふふ。
他にも、「田舎荘子」で面白い話というと、「せみがらの至楽」ですね。
蝉が樹上から降りてきて、蝉の抜殻に「俺たちはもともと一つとして、土の中にいたのに、今はお別れして、オレは木の上で歌を吟じ命を謳歌している。お前が憎くて別れたわけでもないのにな。でも、俺はいつも、お前のことを考えて、忸怩たる思いでいるんだよ。」と話しかける。すると抜殻が「お前は、そんなことで悩んでいるのか?天地の間には運命というものがある。お前の知力の及ぶところではない。」
・・これは、荘子の「至楽篇」で荘子が野ざらしのしゃれこうべを枕に眠り、夢の中でしゃれこうべと話す、という故事を蝉とぬけがらに置き換えているパロディで、なかなか秀逸です。
あとは、「鳩の発明」とかね。
鳩と雉の会話なんですけど、キジが「お前はなんで、人間のそばにいるんだ。俺は人間が近づくとすぐに身を隠し、その目に触れないようにして命を保っているのに、お前ときたら、なんの用心もなく恐ろしい人間の家にまで寄っていく。それに何だ!あの『ポロッポー』って!!せめて小声で鳴けよ!!」と。すると鳩が「いやいや、人間は、魚でもないのに海女とかいうやつが海にまで潜って貝を採ってしまう。そのくらい強欲で恐ろしい生き物だ。あいつらの知恵から逃げることなどできやしないさ。」
これは、荘子がツバメを観察しながら、彼らが人間を恐れつつ、人間のそばに巣を作るツバメの賢さを讃えるところを「鳩」に置き換えているものです。人間と動物の関係を見事に突いてきています。
荘子の、人と動物についての描写を思いつくままに。
・ある神主が豚小屋の豚に「お前は死を恐れる必要はないぞ。これから三ヶ月、ご馳走を与えてやるし、十日の間身を清め、三日の間斎戒し、白い茅の敷物を敷いて、立派な彫刻のされた皿の上に、綺麗に調理されたお前が乗るのだ。お前は立派な神様のお供え物になるのだよ。どうだ嬉しいだろ?」と聞けば、豚は「今日から、えさはぬかや酒粕でいい。もっとこの豚小屋にいさせてくれ。」と答えるだろう。(達生 第十九)
・「お前は生贄になる牛を見たことがあるか?綺麗な錦に飾られ、豆や草も上等なものを与えられてはいるが、いざ、生贄になるときになって『ああ、子牛の頃に戻りたい』と願っても、もう、どうにもならないのだ。」(列禦寇 第三十二)
・「今、猿をここに連れてきたとして、周公の立派な服を着せたとしましょう。猿はきっと、その服を噛み破り、引き裂いて服を取り去るまで満足することはありますまい。」(天運 第十四)
・・・今の世の中、いいかと思って飼い犬に服を着せたり、飼い猫をブクブク太らせたりする輩がおりますな。
・(昔、魯候が珍しい海鳥を見つけて、その鳥に豪華なご馳走を与え、音楽を聴かせて可愛がろうとしたものの、その鳥が死んでしまったことを引用して)人の養生を鳥の養生に押し付けたとしても、それは鳥を養うことにはならない。鳥を養うならば、森林に住ませ、平らな丘に遊ばせ、ドジョウをえさとして、群れの中に入れてやり、のんびりさせてやるべきだ。(至楽 第十八)
・『沢雉は十歩に一啄し、百歩に一飲するも、樊中に畜わるることを傷めず。神は王なりと雖も、善しからざればなり』(養生主 第三)
→野生のキジは、十歩進んで僅かなえさを、百歩進んで僅かな水を飲むようなものだが、それでも、かごの中で養われることを望まない。何不自由なくえさにありつけて、心が王のように満たされても、かごの中では喜べないからだ。
籠の鳥 蝶をうらやむ 目つきかな 一茶
今日はこの辺で。
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