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人生朝露
ブルース・リーと東洋の思想 その4。
前回、宮本武蔵(1584~1645)とブルース・リー/李小龍(1940~1973)について触れたのでそのついでに。
参照:ブルース・リーと東洋の思想 その3。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5182/
宮本武蔵とブルース・リー。あんまり脈絡がなさそうですが、『五輪書』はブルース・リーの愛読書のうちの一つです。
塚原卜伝の「無手勝流」もそうですが、ブルース・リーの作品には、日本の武道に関する書物から着想を得たシーンというのがいくつかあります。おそらくほとんどは、当時のアメリカで出版された英語版の書物を通じて、かつての日本の剣豪や達人をを知ったのだと思われます。武道家としてのブルース・リーにとって、室町末期から江戸にかけて書かれた日本の武道に関する書物は、手に入りやすく、漢籍の影響が強いので彼の経験や知識を活かしやすかったと思います。
『一、兵法の道と云事。
漢土和朝迄も、此道をおこなふものを、兵法達者と云傳たり。武士として、此法を学ばずと云事有べからず。(『五輪書』地の巻)』
→中国でも日本でも、この道を行う者を兵法達者と言い伝えてきている。武士としてこの法を学ばないということがあってよいはずがない。
日本の武道家の中でも、ブルース・リーが最も共感したのは、武蔵だと思います。
例えば、『五輪書』の「水の巻」の説明として以下のように武蔵は記します。
『第二、水之巻。
水を本として、心を水になす也。水ハ、方圓の器にしたがひ、一てきとなり、さうかいとなる。水にへきたんの色あり。清き所をもちゐて、一流の事を此巻に書顕也。』(『五輪書』地の巻より)
武蔵もブルース・リーも「水の如し」を信条としています。『五輪書』にも荀子の「水ハ方圓の器にしたがう」があります。『五輪書』の場合、意味あいとしては『孫子』の「水に常形なし」の方が近いかな。
参照:「如水」の由来と諸子百家。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5179/
参照:ブルース・リーと東洋の思想 その2。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5181/
例えば『燃えよドラゴン/Enter the Dragon(1973)』のこのシーン。
参照:Baddest Fight Scenes EVER! - Enter the Dragon - vs. O'Hara
http://www.youtube.com/watch?v=usdcpWXPaDY
『一 石火のあたりと云事。
石火のあたりハ、敵の太刀とわが太刀と付合程にて、我太刀少もあげずして、いかにも強く打也。是ハ、足もつよく、身も強く、手も強く、三所をもつて、はやく打べき也。此打、たび/\打ならはずしてハ、打がたし。能鍛錬をすれバ、つよくあたるもの也。』(同上 水の巻)
→石火の当たりは、敵の太刀と自分の太刀が近接している状態で、自分の太刀を一切上げずに、強引に打ち込むことである。これは、足も強く、身体も強く、手も強くその三カ所を連動させて、素早く打つべきである。この打ち方は、何度も何度も修練しなければ難しいが、よく鍛錬をすれば、強く当たるようになる。
『一 敵をうつに、一拍子の打の事。
敵を打拍子に、一拍子と云て、敵我あたるほどの位を得て、敵のわきまへぬうちを心に得て、我身もうごかさず、心もつけず、いかにも早く、直にうつ拍子也。敵の、太刀ひかん、はづさん、うたん、とおもふ心のなきうちを打拍子、是一拍子也。此拍子、よくならひ得て、間の拍子をはやく打事、鍛錬すべし。』(同上 水の巻)
→敵を打つ拍子に一拍子の打ちというものがある。敵と自分とが当たるくらいの位置を占め、敵の判断が定まらないことを見定めて、不動のまま、心も動揺させずに素早く直に打つ拍子である。敵が太刀を引こう、外そう、打とうと考えている心が生じる前に打つ拍子がこの一拍子である。この拍子をよく習い、素早く打てるよう鍛錬すべきである。
『一 かつとつと云事。
喝咄と云ハ、何れも我うちかけ、敵をおつこむ時、敵又打かへす様なる所、下より敵をつく様にあげて、かへしにて打事、いづれもはやき拍子をもつて、喝咄と打。喝とつきあげ、咄と打心也。此拍子、何時も打あいの内にハ、専出合事也。喝咄のしやう、切先あぐる心にして、敵をつくと思ひ、あぐると一度に打拍子、能稽古して、吟味有べき事也。』(同上 水の巻)
→喝咄(かつとつ)とは、自分が打ちかかり、敵を押さえ込もうとする態勢の時に、敵が再び打ち返そうとする場合に、下から敵を突くように打ち上げ、返す刀で打つ事である。いずれも早い拍子で、「カツ」「トツ」と打つ。喝と突き上げ、咄と打つ呼吸である。この拍子は、双方共に打ち合おうとする時には、よく出会うものである。喝咄は、切っ先を上て、敵を突くような心持ちで、上げたと同時に打つという拍子であり、よく稽古して吟味すべきことである。
・・・前半部分は、『五輪書』にそっくりです。
ブルース・リーが学んだ詠春拳に黐手(チーサオ)という訓練方法があるんですが、その本質と、『五輪書』の描写がよくなじんだのだと思います。戦いの「機微」といったり、「意識の起こりを読む」といった武道に不可欠な要素です。
次は、同じく『燃えよドラゴン』での護衛と戦うシーン。
注目していただきたいのは、1:20~あたりで捕まってブルース・リーに首をへし折られてしまうのが、若き日のジャッキー・チェンであるというところではなく(笑)、二本の棒での立ち回りのシーン。一つが『五輪書』でいうと「多敵の位の事」の部分。もう一つが握りです。わざとらしいくらい親指が浮いています。
参照:Classic Bruce Lee Fight - Enter The Dragon (High Quality)
http://www.youtube.com/watch?v=hKIFlaV03s0
『一 太刀の持様の事。
刀のとりやうハ、大指、ひとさしをうくるこゝろにもち、たけ高指しめずゆるまず、くすしゆび、小指をしむる心にして持也。手のうちにはくつろぎの有事悪し。』(『五輪書』水の巻)
→刀の持ち方は、親指、人差し指を浮かすような気持ちで持ち、中指を緩めず、薬指と小指で締めるような気持ちで持つということである。手の中にゆとりができるのは良くない。
同じ条で武蔵は記しています。
『惣而、太刀にても手にても、いつくと云事を嫌ふ。いつくハ、しぬる手也。いつかざるハ、いくる手也。能々心得べきもの也。』
→総じて、太刀であっても手であっても「いつく(固定してしまう)」ということを嫌うものだ。「いつく(固定)」は死の手であり、「いつかざる」は生きる手である。よくよく心得ておくように。
これは『老子』です。
『人之生也柔弱、其死也堅強。萬物草木之生也柔脆、其死也枯槁。故堅強者死之徒、柔弱者生之徒。是以兵強則不勝、木強則共。強大處下、柔弱處上。』(『老子』第七十六章)
→人は生は柔弱であり、その死は堅強である。万物草木の生は柔軟でしなやかであり、其の死はひからびてぼろぼろである。故に堅強であることは死の伴侶であり、柔弱であることは生の仲間である。それゆえ、強すぎる武器は勝てず、堅すぎる木は折れる。強く大きなものは下に、柔らかく弱いものは上にある。
『含徳之厚、比於赤子。蜂蠆虺蛇不螫、猛獸不據、攫鳥不搏。骨弱筋柔而握固。』(同第五十五章)
→徳の厚い様子は、赤子に比べられるだろう。赤子には蜂やマムシが噛みつかない、猛獣が襲いかかることも、猛禽が飛びついてくることもない。骨が弱く、筋が柔らかいのに、その手はしっかりと握りしめる。
「水の巻」の最後で武蔵はこう記しています。
『此一書の内を、一ヶ条/\と稽古して、敵と戦ひ、次第/\に道の利を得て、たへず心にかけ、急ぐ心なくして、折々手にふれ、徳を覚へ、何れの人とも打あひ、其心をしつて、千里の道もひと足宛はこぶ也。ゆる/\と思ひ、此法をおこなふ事、武士の役なりと心得よ。(中略)千日の稽古を鍛とし万日の稽古を錬とす。能々吟味有るべきもの也。』(『五輪書』水の巻より)
『合抱之木、生於毫末。九層之臺、起於累土。千里之行、始於足下。為者敗之、執者失之。是以聖人無為故無敗。無執故無失。』(『老子』第六十四章)
→一抱えもある巨木も、小さな新芽から生まれ、九層の城も、一盛りの土から築かれ、千里の道のりも、まず足下の一歩より始まる。はからいのある者は敗れ、固執する者は失う。聖人は無為であるが故に無敗であり、執着がないが故に失わない。
日本人であるならば、一度は聞いたことがあるでしょうし、生きていれば今後も聞くことがあるでしょう。「千里の道も一歩から」は、『老子』に由来します。
“I fear not the man who has practiced 10000 kicks once, but I fear the man who has practiced one kick 10000 times.”(Bruce Lee)
→私は一万のキックを一回ずつ練習した人を恐れることはないが、一つのキック練習を一万回した人を恐れる。
今日はこの辺で。
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