April 2, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧くださいえんぴつ

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 鎌倉に出かけた翌日、私は琢人が勤めている病院に行った。
 ここに来るたびに、どうしても母が入院していた時のことをリアルに思い出す。
 手摺りが取り付けられた真っ白な壁、ピカピカに磨かれた床、車椅子が楽に通れるスロープ、患者さんの名前を呼ぶ看護師さん、点滴の台を押して歩く患者さん。
 どこの病院でもよく見る光景のあちこちに、まだあの日の自分がいるような気がする。
「すみません」
「あら、月野さん。今日は?」

「あの、坂下先生は?」
「坂下先生、今日は午後の外来はないので、病棟だと思います。連絡してみましょうか?」
「すみません、お願いします」
 彼女は朗らかな笑顔で、内線電話をかけてくれた。良かった、知っている看護師さんで。
 電話を切ると、彼女は笑いながらこう言った。
「中庭でお待ちください。先生もそこに来るそうです。僕の恋人にそう伝えてくれって言ってましたよ」
 私は苦笑いしたまま、琢人に言われた中庭に向かった。
 中庭には、小さな池があった。まわりを取り囲むように木が植えられているこの池は、入院患者や付き添いに来る人たちのちょっとしたオアシスになっている。
 私も母が入院中、何度もここを訪れた。自販機で缶コーヒーを買い、傍にあるベンチに一人で座って冷たそうな池を眺めていた。
 倒れそうになる心と体を何度も立て直した場所。母の病状の説明を受けるたびに、少しずつ覚悟を固めていった場所。そしてあの日、打ちのめされて嗚咽した場所。
 琢人は先に来て私を待っていた。白衣ではない、私服の琢人を見るのは久しぶりだった。


「あのさ、看護師さんたちに私のこと、恋人って言うの止めてくれないかな?」
 琢人は運転しながら、軽く笑い飛ばした。
「家の方、何とか片付きそうなんだって?」
 私の言葉をさらっとかわす。琢人はいつもこんな調子だった。
「うん。予想以上に早く決まった。いい不動産屋さん、紹介してくれてありがとう。事情が事情だったから、頑張ってくれたみたい」

「金額より何より、一刻も早く売りたかったからね。それでも十分なお金が入ってくる訳だし」
 母が生前、私の名義に書き換えてくれた実家の家は、転勤者とその家族向けの社宅として、大手の会社が買い上げてくれることになった。既に手続きも進んでいる。
「家が売れたら、ウチの病院に近い手頃な物件を紹介するように言っといたんだけど、断ったんだって?家の中、家具一つなくて、いつでも引き渡せる状態だって聞いたけど、今どこに住んでるだ?」
 来た来た。ここで慌てないように、私は落ち着いて用意してきた通りに言った。
「一人暮らししている友達のところに、居候させてもらってるの」
 さらっと言ったその友達というのが、吾朗ちゃんだとは、まさか夢にも思わないだろうな。
「それは残念。紗英が一人暮らし始めたら、俺の仮眠用の別宅にしようと思ってたのに。ま、いいか。僕のところに来るまでの話だ」
 道がだいぶ混んできた。渋滞の始まる時間帯だった。ビルの向こうに見える西の空が、徐々に茜色に染まっていく。

 予約していたレストランに着く頃には、すっかり陽も落ちて、街は薄闇に包まれていた。
「何か落としてるぞ」
 私が降りた後、助手席で琢人が何かを見つけた。昨日、鎌倉の海の近くで買った天然石の携帯ストラップだった。
「ありがとう。キレイでしょ。昨日鎌倉で買ったの。母のお墓のあるお寺に行って来たんだ。色々相談してきた。それから、母にも報告してきた。琢人のこともね」
「俺のことも?何て?」
 琢人は私が笑いながらつけ加えた、最後の言葉にだけ反応した。
「琢人からは逃げられないって」
「よしよし、良く分っているじゃないか」
 どこまでが冗談で、どこからが本気なのか。いつもそんな調子の琢人。
 ただその次の言葉は、やや硬い表情だった。
「こんな状況で言うことじゃないかもしれないけど、とりあえず何もかも順調ってとこか」
 何もかも順調?ううん、問題がまだ一つ残っている。
 店の中はやや暗めの落ち着いた雰囲気で、壁の所々にあるウォールランプが幻想的な影を作り出していた。耳触りにならない程度の静かな音楽も心地いい。
 ウエイターに従って、席に着く。ウォールランプに照らされた私の心の中に、最も気がかりな影が浮かび上がった。吾朗ちゃんの恋人のくるみさん。彼女のこと、なんとかしなきゃ。(つづく)


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Last updated  July 18, 2008 06:08:38 PM
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