この空の下で １５
３時頃にお茶とお菓子を配ることになっている。
彩子は、後ろの席の由美子とおしゃべりをしながらお茶を飲んだ。
すると、一樹が、「この間の話、考えてくれた？」
「えっ？何をですか？」
「イギリスに一緒に行く話だよ。」
「はぁ？」
「考えてよ。」
彩子は、翔の視線を気にしながら、ジョークで断った。
「イギリスじゃなくてアメリカならいいですけれど。」
一樹は、ため息をついた。
『私の気持ちは決まっているんだもの。』
彩子は、翔の方を見た。
でも、それから翔から何のアプローチもなくなってしまった。
彩子は、恋愛初級者。
自分の気持ちを相手に伝える手だてがわからなかった。
翔が、あの時、食事に来ていてくれればこんなに複雑にならなかったのにと、思ったところで仕方のないことだ。
どうして、一樹がいきなりそんなことを言い出したのか訳がわからなかった。
同期の翔と彩子がうまくいってしまうのが悔しいのか。
彩子にはどうしても一樹が自分のことを本当に想っているとは思えなかった。
一本の電話
「一緒にイギリスに行こう。」という一樹のあの一言から、彩子の周りの空気が変わってしまった。
毎朝、同じように、入ってくる翔。
笑顔で迎える彩子。
でも、何か違う。
３時のお茶の時間になっても、由美子と彩子の会話に翔が入ってくることもなくなってしまった。
一樹は、あれ以来、翔に対して、強気の態度を取るようになった。
それに、上司にも、彩子とのことをどうにかして欲しいと頼んだようだと、佐藤さんが言っていた。
憂鬱な日々が、続いていた。
ある日、彩子の電話がなった。
以前、この調査部にいた川原からだった。
「一寸渡す物があるから、来てくれる？」
「はい。」
彩子は、川原のいる部署へ行った。
部長になって、窓を背にした席に座っていた。
彩子が、入り口でキョロキョロしているのを見つけて、川原は手を振った。
川原の所へ行くと、一枚のメモを差し出してきた。
彩子がキョトンとしていると、川原が、
「もっと積極的に自分から行かなくちゃだめだよ。そこに、寮の住所と電話番号書いてあるから。」
「あのう。」
「自分から行くんだよ。」
私はここで待っているの
どうやら、翔とテニスに行ったことが、川原の耳にも入っていたらしい。
そして、その後、進展がないこともわかっているらしかった。
『噂になっているの？』
部屋に戻って席に着く時、翔の方を見た。
翔は、資料に目を通していた。
『やっぱりあなたが好き。心から。』
心の中でつぶやいてみた。
『わかって欲しい。私はここであなたを待っているのよ。迎えに来て。』
暫くしたある日、昼食から部屋へ帰ってくると、翔が大きな声で、言ってきた。
「森川さん、今度またテニスに行こう。」
彩子はその声の大きさに少し驚いた。
まるで周りのみんなに聞こえるように言っているようだ。
「もちろん！また誘ってくださるの楽しみにしていたんですよ。」
「本当に？日にちとか、待ち合わせ場所とかは、電話するから。」
「電話待ってます。」
そんな、彩子と翔の会話の隣で、一樹は書類をじっと見つめていた。
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