陽炎の向こう側　　浅井　キラリ

この空の下で　４１

２週間後、彩子のいる部署で、山中湖近くにある寮へ忘年会を兼ねた旅行があった。

彩子は、欠席しようかと思ったが、翔といられる最後の時間だったので、行くことにした。

翔は、今年いっぱいで彩子が辞めることをまだ聞かされていなかった。

土曜日、途中、富士急ハイランドに寄っていくグループと直接、寮に行くグループに分かれた。

一樹は、彩子と同じ車で行くことになっていたが、急に仕事が入り、富士急ハイランドにいけなくなった。

柳瀬が運転する車で彩子は、亮子と一緒だった。

翔は、別の職員の黒川が運転する車で、新しく入ってきた松木舞と同じ車で行くことになった。

『これで最後。』

「わあ、富士山がよく見えますね。」

『もう、一樹も、ここの職場の人たちも関係ない。』

彩子は、翔を見ないようにしていた。

「ダブルループに乗りましょうよ。」

舞が言った。

亮子と舞と彩子と翔が乗った。

翔は彩子の隣に座った。

「次は、ゴンドラ！」

また、翔は彩子の隣に座った。

「スケートもしましょう。」

彩子は、スケートは余り得意ではなかった。

４人は連なって滑ることにした。

翔が、彩子の後ろにつこうとしたら、舞が割って入ってきた。

舞は、翔に気があるのだ。

彩子が１人で滑り初め、途中、前で、子供が急に転んだ。

「わああ、危ない！」

彩子は、子供につっこんでいきそうになった。

その時、翔が、彩子の腕を掴んで、抱き留めた。

彩子は、一瞬、翔の懐かしい胸の暖かさを感じた。

翔の顔を見上げた。

翔も彩子を見つめていた。

でも、すぐに彩子は、翔から離れた。

翔は、彩子をカメラで追っていた。

スケートをしている姿。

ジェットコースターに乗っている姿。

食事をしている時も。

彩子は、気が付いていたが、気が付かない振りをしていた。

あなたへのエール

寮につくと、一樹も来ていた。

「森川さん、辞めるんだって？部長に聞いたよ。」

「そうですか。」

彩子は、一言だけ言って、一樹から離れた。

それを、翔が脇で聞いていた。

『辞める？』

宴会が始まった。

彩子は、翔から離れた席に座った。

翔は、佐藤さんや一樹と一緒のテーブルで、笑顔が見える。

彩子は、部長や岩畑にお酌をして回った。

柳瀬から「辞めるんだって？突然だね。２年の契約でしょう？」

「ええ、ちゃんと働ける場所を探そうと思いまして。」

「川村君と田中君のことが理由じゃないの？」

「いいえ。」

彩子は、きっぱり言った。

カラオケ大会が始まった。

入り立ての舞は、まだ若く、流行している歌を次々歌っていた。

一樹も、十八番らしい『バスストップ』を歌っていた。

「やけに古い歌を歌うわね。」

佐藤さんがいつもの口調で言った。

「森川さんも何か唱ったら？」

一樹が、彩子の隣に座ってきた。

そして、歌の題名と番号の書かれた分厚い本を渡してきた。

「私、いいです。」

「最後なんだから一曲くらい歌ってよ。」

彩子は、その分厚い本をめくり、番号を入力した。

「誰この曲。」

「私です。」

彩子が一樹からマイクを受け取り前に出た。

－乾いた空に続く坂道

－後ろ姿が小さくなる

－優しい言葉　探せないまま

－冷えたその手を　振り続けた

－いつかは　皆　旅立つ

－それぞれの道をあるいていく

－あなたの夢をあきらめないで

－熱く生きる瞳が好きだわ

－負けないように　悔やまぬように

－あなたらしく　輝いてね

岡村孝子の『夢をあきらめないで』。

カラオケが上手い祐子に選曲してもらい、彩子は、この歌をカラオケで祐子の特訓を受けてきた。

－苦しいことに　つまづく時も

－きっと　上手に　超えていける

－心配なんて　ずっと　しないで

－似ている誰かを愛せるから

－切なく残る痛みは

－繰り返すたびに　薄れていく

－あなたの夢を　あきらめないで

－熱く生きる瞳が好きだわ

－あなたが選ぶ全てのものを

－遠くにいて信じている

－あなたの夢を　あきらめないで

－遠くにいて信じている

彩子は、精一杯歌った。

翔へ向けて。

『あなたらしく生きてね。私はずっと忘れない。少しの間だったけれど。ありがとう。永遠に愛する。』

「へ～、なかなか上手いじゃない。」

中村が言った。

彩子は、マイクを一樹に渡すと翔の横に座った。

そして、彼を見て微笑んだ。

翔は、そんな彩子を見て、切なさで一杯だった。

『彼女は、気が付いていたんだ。それなのに何も言わずに辞めていく。俺は何なんだ。』

それぞれ皆が、持ち歌を歌い終わりカラオケ大会もお開きになる時、部長の中村が、

「皆さんの中でもご存じの方もいらっしゃると思いますが、この年末で、森川さんが一身上の理由で、お辞めになることになりました。短い間でしたが、ご苦労様でした。何か一言どうぞ。」

「突然ですが、辞めることにしました。自分のやりたいことがあるので、その道に進みたいと思います。色々とお世話になりました。ありがとうございます。」

翌日、夜遅くから降り出した雪が随分と積もっていた。

何台かの車に分かれて乗って帰ることになった。

寮の前で、彩子が車に乗り込もうとした時、視線を感じ、後ろを振り返ると、翔がいた。

「気をつけてね。」

「ありがとう。」

「夕べの歌、よかったよ。」

「そうですか。」

彩子は、これ以上翔と話しているのが辛かった。

「では。」

彩子は、そう言って、車に乗り込んだ。

車が走り出した。

窓から見える雪を頂いた富士山。

『忘れないわ。』

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