陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 45




「おはよう。」

「おはようございます。」

これ、隆が資料と一緒にメモを渡してきた。

-昨日はどうも。今週の土曜日、自由が丘へ行かない?-

彩子は、顔を上げて隆を見た。

隆は、笑顔で彩子を見ていた。

『わっ、どうしよう。』

隆は、新人君で、まだこのハードな職場に馴れていなかった。

彩子の目の前で、鼻血はだすは、顔を真っ赤にして熱をだすは、見ていられなかった。

上司もできる人で、手を一切抜かない完璧主義者。

隆が根を上げるのも分かる。

金曜の夕方、資料と一緒に、メモがまた来た。

-10時半に自由が丘の駅。-

彩子は、笑わずにはいられなかった。

土曜日の朝、着替えをして、ドレッサーの前に座り自分の顔を見て彩子は、「私って何しているんだろう?あっ、時間に間に合わない。」と独りごとを言った。

何故か急いで出て行く彩子だった。

自由が丘の駅に着くと、隆は、もう来ていた。

「ここ、僕が学生時代に住んでいたんだ。と言っても間借りだけど。大学は、直ぐ近くだったから。それに、何となくあこがれの街だったしね。」

「そうなの。」

「行こうか。」

と言って、隆は、切符を買った。

自分の大学へ彩子を連れて行った。

「教授に挨拶してくるから、屋上で待っていて。」

そういって、隆は、研究室へ入っていった。

屋上へ行く階段の踊り場で、イスラムのお祈りを捧げている留学生がいた。

屋上へ上がると、春から夏へ変わろうとしている日差しが眩しかった。

『そろそろいいかな。』

彩子が階段を下りていくと、丁度、隆と教授が部屋から出てくるところだった。

『まずかったかしら。』

彩子は、教授に会釈をした。

教授も彩子に軽く会釈をして階段を下りていった。

「まずかったかしら?」

「ぜんぜん。自由が丘の街を案内するよ。女の人が好きそうなお店ばかりだから。」

「そういえば、私、自由が丘って2回くらいしか来たことないかも。餃子食べに来たの。」

「ああ、駅の近くのね。じゃあ、案内しがいがあるね。行こう。」

確かに、自由が丘は、女の子が好きそうなお店が並んでいる。

二人は、雑貨屋さんや、アクセサリー屋さんや、ステーショナリー屋さんに次々に入った。

彩子は、ステーショナリーのお店で、絵葉書を買った。

「ステキなイラストだね。」

「こういうの好き?」

「うん、絵、見るの好きなんだ。今度、美術館へ行こう。」

「えっ」

『松橋さんも絵が好きなんだ。』

心の奥の思い出箱にしまった翔との思い出が蘇って来きた。

「どうしたの?ぼーっとして。何か食べよう。」

「そうね。」

「あれ~、この辺に、チキンのヨーグルト煮が美味しいお店があったのになくなちゃった。自由が丘って、お店の回転も早いんだよね。あそこでいい?」

駅前のダロワイヨでランチを食べた。

シャンパン付きで。

この間のラーメンと餃子の夕食とのギャップがおかしい。

「そろそろ帰ろうか、明日、仕事あるし、勉強もあるんでしょ?ちょっと、誘い過ぎかな?勉強の邪魔しちゃあいけないよね。でも、君といると楽しいから。送っていくよ。」

「ありがとう。」

彩子は、まだ、隆に「私も楽しいわ。」とは言えなかった。

だんだん、隆の良さを理解し始めていたが、まだ心を開くことが出来なかった。

部屋に入って、着替えをしてベッドに横になり天井を見つめる。

『私、松橋さんに悪いことしているかもしれない。彼は悪い人じゃない。私のこと好きみたいだし。これ以上、誘われて、それに応じていると、向こうは私も彼のこと好きだって思うわよね。彼を振り回しちゃっていることになるよね。』

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