陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 9



「おいっ。」

誠二は、美奈を抱き上げると引きずるようにして部屋を出て行き、エレベータホールへ急いだ。

エレベータが来ると、地下2階にあるクリニックへと美奈を連れて行った。

「すみません!急患です。直ぐに診て下さい!倒れて、苦しいって言っているんです!」

誠二は、受付の女性に大声で言った。

まだ、誰も待合室にはいなかった。

「どうぞ、こちらへ。」

女性の看護士が、出て来て診察室へと案内された。

美奈は、体の力が抜けてしまって、誠二が手を離すと倒れてしまいそうだった。

「診察台に寝かせてあげて。」

医師が看護士に言った。

医師は、美奈の血圧と心拍数を測り、肺内の酸素量を測った。

「血圧は、少し低めですが、心拍数も肺内酸素量も正常です。何か症状はありますか?」

「今朝から頭痛が少し。あと、体がだるいです。さっき、めまいがして、胸が少し苦しくなりました。」

「風邪の初期症状でしょうかね。風邪のお薬をお出ししておきましょう。起きられますか?少し休まれていってもいいですよ。」

「起きられると思います。」

「大丈夫か?少し休んでいけよ。それで、今日は、もう、帰れ。お前、疲れているんだよ。」

「大丈夫よ。」

「大丈夫なわけないだろう?こんなになちまって。少し、ここで休んでろ。迎えに来てやるから。いいな。」

「分かった。」

「すみません。少し休ませてやって下さい。1時間ほどしたら、迎えに来ます。お願いします。」

「1時間くらいしたら来るから、休んでいろ。タクシーで帰るんだ。いいな。川原さんには俺から言っておくから。ゆっくりしていろ。なっ。」

「田中君、ゴメン。迷惑掛けて。」

「気にするなって。」

美奈は、誠二が部屋を出て行くと、少しウトウトしてきて、そのまま眠りに入っていった。

「おい、大丈夫か?」

その誠二の声で美奈は目を覚ました。

「あっ、私、眠っちゃってた?」

「やっぱり疲れが出たんだな。無理するなってあれ程言っただろう。起きられるか?俺の肩に手を載せろ。タクシー呼んであるから。」

美奈は、誠二の肩に手を回した。誠二が美奈の腰の当たりに手を回して来た時、美奈の体は、硬直し、汗が出て来た。

そのまま2人は、クリニックを出て、エレベータでロビーへ上がった。

ビルの玄関前にタクシーが待っていた。

誠二は美奈をタクシーの中に乗せた。

美奈は、タクシーの椅子に深く座り、頭を背もたれの上に載せた。

「気を付けてな。無理するな。ゆっくり休めよ。明日も休め。」

誠二はそう言いながら、美奈に、バックを手渡した。

「ありがとう。」

美奈の声は、小さく力がなかった。

タクシーが走り出すと、美奈は、また眠りに入っていった。

『ああ、眠い。』

自宅近くに着いた所で美奈は、タクシーの運転手に声を掛けられ目を覚ました。

「この道まっすぐでいいですか?」

「あっ、次の四つ角を左に曲がって下さい。そして、2つ目の四つ角を右に。ちょっと行った所で止めて下さい。」

『寝ちゃったんだ。』

タクシーから降りようとした時、まだフラツキを感じた。

「ただいま~。」

「あら、どうしたの?」

「ちょっと、体調がよくなくって、帰ってきたの。」

「熱が出たの?」

「ううん。ただ、ちょっと、ふらついちゃって、会社の地下のクリニックに行って、薬もらってきたの。」

「大丈夫なの?早く寝なさい。」

「うん。」

美奈は、自分の部屋に戻り、ベッドに入った。

美奈はまた直ぐに眠りに落ちた。

何かの拍子に目が覚めた。

『あれ?なんか頭の右側が痺れている感じがする?あれ?右足も右手も?』

その時、母親が美奈の様子を見に来た。

「どう?」

母親が美奈の額に手を当てた。

「熱はないわね。疲れが出たのかしらね。寝ていれば大丈夫よ。」

「ママ、頭と手と足が痺れている感じがするの。」

「えっ、本当!?直ぐに病院に行きましょう。起き上がれる?」

美奈は、母親に支えられて起き上がった。

母親の運転する車で、近くの総合病院へ行った。

ふらつく美奈を母親が支えて、病院内に入っていった。

とりあえず、内科で受診することになった。

待合室で美奈は、もう体を縦にして座っていることができなかった。

長いすに横になって名前を呼ばれるのを待った。

名前を呼ばれ、診察室へ入っていった。

「どうされました?」

「今朝から頭痛がして、体がだるかったのですが、会社でふらついて、会社のクリニックに行ったのですが、血圧が少し低い程度でした。帰宅して、寝ていたのですが、右側の頭と手足に少し痺れているような感じがあるのですが。」

「右側の頭と、右側の手足ですか?」

「はい。」

「一般的に、右側の頭に何か異常がある場合、左側の手足に痺れがでます。だから、頭に異常があるとは、考えにくいと思います。風邪の症状とも考えられますが、ご心配と思いますし、念のためにCTを採っておきましょう。」

美奈は、CTを撮りに行った。

医師の言葉に美奈も母親も安心した。

CTの結果、異常が見つからなかった。

「美奈ちゃん、よかったわね。何でもなくて。やっぱり疲れが出てたのよ。これから無理しちゃだめよ。」

「は~い。分かりました。」

2人は、遅めのランチをとって帰宅した。

夜、誠二から電話があった。

「田中君?こっちから、お礼の電話しなくちゃいけなかったのに、ゴメン。」

「そんなこといいよ。大丈夫なのか?」

「うん、近くの総合病院でCTもとってもらったけれど、異常ないって。やっぱり、疲れ出ちゃったみたい。」

「だろっ、だから言ってんじゃないか。無理するなって。これから、気を付けろよ。ビックリさせるなよな。」

「ゴメン。病人に、そんなにガミガミいわないの。」

「わかったよ。じゃあ、ゆっくり寝てな。明日は休むのか?」

「うん、まだ、体もだるいし、また、あんなことになったら、田中君に2回も恩を受けることになるからね~。後が、怖いモン。」

「そんな憎まれ口がきけるようじゃ1日休めば大丈夫だな。早く寝ろよ。じゃあな。」

「ありがとう。おやすみ。」

美奈は、翌日、会社を休み、1日、家で、音楽を聴いたりテレビをみたり、久しぶりにのんびりした気分だった。

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