陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 13



CDプレイヤーで今井美樹のアルバム、『PRIDE』を聴いていた。

『私はあなたの空になりたい』

-私はあなたのそらになりたい

-優しく強く見つめたい

-孤独な道に迷ったら

-いつでも ここに 飛んできて

-新しい翼を大きく広げ

-羽ばたいて 自由に・・・・ Always Love You

-どんなに遠くても

-いつも そばに いるわ

美奈は、そのうち、深い眠りに就いていた。

父親が帰宅すると、母親は、美奈の状態を知らせた。

「救急車で、運ばれた?どうして、直ぐに連絡してこないんだ?そんな大変なことになっていたのに。」

「ごめんなさい。でも、お医者さんがもう大丈夫だっておっしゃったから。それに、体には、異常はないとおっしゃったの。それで、帰宅してもいいって言われたから、そのまま帰ってきたの。薬を注射してもらって落ち着いたみたいで、美奈も、その後、体がだるそうだけど、寝込むほどではなかったので、あなたが帰ってから、話せばいいかしらと思って。」

「でも、体に異常がなくて、そんな救急車で運ばれるようなことになるのか?」

「お医者さんのおっしゃるには、精神科か心療内科で受診してもらった方がいいって。疲れやストレスが溜まっているので、それで、過呼吸という症状が出たって話てらしたわ。」

「過呼吸?」

「呼吸困難みたいな状態になったらしいの。過呼吸は、肺の中の酸素量が普通だと90台なのに美奈は、120にまで上がったらしいの。それで、呼吸が乱れて、苦しくなったそうよ。」

「そんなことがあるんだ。毎日、帰りが遅かったからな。もっと注意してやらなければいけなかったな。それなりに職場でもストレスはあるだろうが、美奈は、人間関係は上手くやっていける方だから、心配していないし、我慢強い子だし自分のやりたかった仕事に就いたから仕事も意欲的にやっているように見えていたがね。」

「そうでしょう?疲れはあったとおもうけれど、いつも、明るくて、様子に変わりはなかったわ。」

「休みの日に仕事の話をする時も生き生きしていたのにな。どうしたんだろう。とにかく、受診した方がいいな。このままにして、悪化したら大変だ。そこの大学病院の精神科に行ってみたらどうだ?」

「そうね。お医者さんの説明もしっかりしていたし、まあ、いい病院だっていわれているし。そうするわ。」

「早いほうがいい。明日にでも行ってきたらいい。会社には、まあ、他の病気ということにしておいた方がいい。早く、よくなれば、それでいいんだから。」

「わかったわ。そうするわ。お食事まだでしょう?用意するわ。」

翌朝、美奈は、目が覚めたが、中々、ベッドから出ることができなかった。

『体が重たい・・・。』

カーテンの隙間から初夏の朝日が部屋の中に入ってきていた。

そこに父親が、入って来た。

「美奈、具合は、どうだ?」

「パパ。」

「ママから、昨日のことは、聞いたよ。今日、病院へ行ってきなさい。ちゃんと調べてもらった方がいい。大丈夫だよ。会社で何かあったのか?仕事、大変そうだったからな。」

「ううん。何もないわ。仕事には、やりがいを感じているし、今度、新しい室長のプロジェクトに加えてもらえるようになったし。パパにも心配かけちゃったね。」

「何言っているんだ。子供の心配するのが、親の仕事なんだぞ。お前も親になれば分かるだろうけど。そろそろ、いいんじゃないか。考えても。」

「えっ、何を?」

「何をじゃないだろう。結婚に決まっているじゃないか。仕事もいい。でも、結婚をそろそろ考えてもいいんじゃないか?誰か、いないのか?」

「いないわ。パパに、そんなこと朝っぱらから言われるなんて思わなかった。その時がくれば、結婚するわ。でも、まだ、その時じゃないみたい。だって、王子様が現れないんですもん。な~んて。」

「笑ったな。大丈夫だ。その元気があれば。とにかく、ママと病院へ行ってきなさい。」

「うん。そうする。私も、職業病かな、はっきりさせたいの。どうして、こんな風なのか。体に異常があるはずよ。きっと。はっきりさせたいの。」

「会社には、ちゃんと連絡を入れておけ。」

「うん。」

「じゃあ、パパは、行くよ。気を付けて行ってくるんだよ。」

「わかった。」

父親が、部屋から出て行くと美奈は、ベッドから出て窓のカーテンを開いて窓を開けた。

『あ~、気持ちいい。』

大きく深呼吸した。

また、何となく胸の当たりに痛みを感じ始めていた。

大学病院の初心受付に問診票と保険証を出した。

「カルテができるまでしばらくお待ち下さい。お名前をお呼びしますから。」

美奈は、母親に付き添われて、タクシーで病院まで来た。

どうしても、電車に乗るのが躊躇われたのだ。

美奈は、初心受付前の長いすに母親と座った。

「平日だというのに混んでいるわね。」

「そうね。」

美奈は、言葉少なく、椅子に深々と腰掛け、目を閉じた。

これからいったいどうなるのか。どういう結果がでるのか。

『私の中で何が起こっているの?何が起こったの?』

膝に載せた手をギュッと握った。

「村沢美奈さん。」

受付から名前を呼ばれた。

「はい。」

母親が受付へ行った。

「このファイルを持って、2階の受付に出して下さい。」

「ありがとうございます。」

母親は美奈の所に戻ると、すこしフラツキのある美奈を支えながら2階の受付へと向かった。

『この先に何が待っているのかしら。』

エスカレータを前にして、美奈は、思った。

母親に支えられながら、美奈はエスカレータに乗った。

2階に着くと、母親は、美奈を受付の前の長いすに座らせ、受付に行った。

そこで、初診受付でもらったファイルを受付の女性に渡した。

「精神科の待合室でお待ち下さい。お名前を呼ばれますので。」

美奈と母親は、精神科の待合室へ入っていった。

こそには、長いすがずらっと並べられている。

母親に付き添われている若い女の子、大学生らしき男の子、スーツ姿の男性、初老の女性、車椅子に乗っている老人。

年齢層も様々だ。

本を読んでいる人、じっと膝元を見つめる人、目をつぶっている人、うなだれている人、長いすに横になっている人。

美奈は、一瞬、その人たちの中へ入っていくのがためらわれた。

「ここでいいわ。」

美奈は、出口に近い長いすに座った。

美奈は、持ってきたiPodで音楽を聴き始めた。

自分をこの世界から分離していたかった。

『私が、精神科を受診するなんて。どこが悪いのかしら。』

分も待っただろうか。

「村沢美奈さん。」

「はい。」

看護士に呼ばれた。

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