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2006.11.05
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カテゴリ: その他
続きです。

「あの国では、少女がうんぬんかんぬん――」
なぜなら、男の話に上ったナルニアという地名は、
どうも地球上ではないどこかにあるようなのだ。
木の妖精がどうのこうの。ライオンが守護獣だの。
少女が押し入れの古箪笥からやってくるだの。
まるで古い御伽噺を延々聞かされる子供のそれと
全く同じ境遇に立たされているような気分に
私はなっているのに気が付いた。

話題にはなっているものの全てが謎だという
世間の注目の的「何でも出来る男」。
とはいえ、何かその称され方が抽象的であり、
さらに全てが謎過ぎている所が最初から気にはなっていたのだ。
だがその疑念は最早確信へと変わろうとしていた。
「何でも出来る男」など空言が生み出した虚像であり、
実像として存在するのはただの妄想癖の男だけなのだと。
そう理解した途端、私の中に小さな怒りの火が灯る。
決して私だって暇な訳ではない。
このインタビューを実現させるのにかけた手間隙だとて、
バカにならないような労力と時間が掛かっているのだ。

一面どころか三面だって飾れない。
上司が急に掌返したように怒鳴り散らすのも目に見えている。
「で、ですねそこで狩人が。
 『怒鳴り散らすのも目に見えている』
 そう叫んだのです」

まさか偶々私が心で抱いていたのと同じ文句を、
男が丁度目の前で使うなどとは誰が思おうか。
偶然とは言え、状況も状況なので心臓に悪い。
私はまた努めて男の話に耳を傾けているフリをした。
兎に角この話が終わったら、体のいい質問を2、3して
それでこの男とは早々にオサラバしてしまおう。
上司にどう言い訳するかは、車内で考えればいい。
「と言うワケなのです。
 それが思い当たる所と言えば、そうですかね」
「ああ、大変貴重なお話をありがとうございます。
 では次の質問に移らせて頂きますね」
「ええ、どうぞ」
「あなたは何でも出来るとお噂されていますが、
 本当に何でも出来るのですか?」
ああ、しまった。当たり障りのない質問で終わらせるつもりが、
ついつい用意した質問プランで話を進めててしまった。
まあ、適当にまいていけば大丈夫か。
「ええ、そうですね。何でも出来ると思いますよ。
 現にあなたは私の顔について怪訝に思っているでしょう?」
その問いかけに私は記者としては、すぐ返答すべきだ、と
そうわかっていたのだが、なぜか身体がそれを許さなかった。
しばらくして、私の口をついて出たのは
「……恐らく」
私の全く予期せぬ言葉だった。
確かに私は「ええと、何を言いたいのか質問の意味が」と、
そう意味を理解しかねる意を伝える予定だったはずなのだ。
それなのに、私は――私はどうしてしまったのだろう。
気が動転し過ぎていて、錯乱してしまったのだろうか。
いや先ほどまでの私は飽くまでも状況を冷静に分析し、
何かに酷く心乱されるようなことはなかったはず。
いや待てよ……そういえば、一瞬で受け入れはしたが、
この男の顔はどうして「鹿」をしているのだ?
なぜ私はその事実を忘れて、この男がただの変人だと?
私は何か背筋にそら寒いものを感じ、僅かに身震いする。
触れてはいけない何かに触ろうとしている。
ふとそんな想いが、脳を掠める。
「実は私のこの顔。ええと、地球では鹿という生物ですか。
 この鹿の頭部を模しているのはですね。訳があるのです」
「訳……ですか?」
私の隣にいる冷風がこれ以上聞いてはいけないと私に言う。
その言葉に私は頷いたが、耳を塞ごうとはしなかった。
男は私の瞳孔を真っ直ぐ見据えて、次の言葉を口にした。
「そう。私は何でも出来るようになりました。
 それは空間から空間を渡り歩くことだったり、
 また姿形を望んだ形そのままに体現することだったり。
 まさに何でもなのです」
私は何となく男の言わんとすることに気が付いた。
が男の口からその言葉が欲しかった。
いや、別に何を言われても確証になどならないのだが、
男の口調は私の心を掴み、信じさせる何かがあった。
「ある日、私は愚かでした。
 とある有名俳優になりたいと念じてしまったのです。
 結果がこれです。もうおわかりでしょう?」
「ええ、何となく……ですがわかります」
「あなたはとても利発な方のようです。 
 だからあなたは今こうも考えている。
 こいつが今にも自分に姿を変えるのではないか、と」
私は皮裏を掻きむしられたかのように、内心悶えた。
だが記者として、一人の人として最期の抵抗。
私はただ黙って男の挙動を、外見上見守っていた。
こうしている間にも男に告げられた不安は肥大化していく。
この男は思いのままに何でも出来てしまう反面、
人生に面白味を味わえなくなってきている。
そんな男が思いついた道楽。
それは他人になりすまして生きること。
そして男は今度は記者という職業に目をつけた。
だからあれだけ頑なに断っていたインタビューを
急に一流とは言えない記者にだけ極秘で許可した。
全ては男の興味本位を満たすためだったのでは?
「私はもう帰れないのですか?」
私は錯乱の余り、思ったことを口にしていた。
ただ最早そんなことはどうでもいいことだった。
もし男が「何を言っておられるのですか?」と、
そう言ってくれれば笑い話になるだけで済む。
むしろ――
「どうでしょう。
 正直私はあなたの境遇に興味を抱いていたのですが、
 今はあなた自身に興味が沸いてきました。
 長年生きてはおりますが、私が心を覗くことはあっても、
 こうも私の核心を覗いた人はおりませんでした。
 ですから、どうしようか倦ねている。
 というのが本音の所なのです」
「では、こちらから質問を宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ。まだインタビュー中ですし」
「あなたがもし私になったとしたら、
 あなたには何か得る物があると思いますか?」
「……そうですね。中々珍しい質問をなさいますね。
 予想の範疇外です。少々お待ち下さいね」
男は相変わらず能面と言って良いのかわからないが、
その変わらぬ鹿面を顔に貼り付けたまま悩む素振りをした。
私は魂を悪魔にでも囚われたかのように茫然自失だった。
本能的に悟ったのだろう。この男の存在からは逃れられない。
この男に興味を持たれ、関わった時点で終わっていたのである。
それをしたり顔でのこのこと面を拝みに来るとは、
なんと私は浅はかだったのだろうか。
今更気付いても遙かに遅いことだが。
「特技、ですか」
「特技ですか?」
「ええ、そうです。誰にでも一つくらい特技があるものです。
 私はその人になりきるときに、特にその特技を気にします。
 性格などは相対的なものですから、外部からの影響で、
 それこそ如何様にも変わって当然のものでしかありません。
 ですが、その人の得手不得手や器用不器用さは、
 生理学的な事象ですから、おいそれと変わったりはしません。
 なので私はそうした部分で違和感を覚えられないように、
 特に注意深くその特技をコピーするのです。
 逆に言えば、その他の特技があっても疑われかねないので、
 その他の一切の特技は同時に消去してしまいます。
 だから私にとってみれば、新しい私。つまりあなたになったとき、
 新しい特技を習得することになります。
 これが結構、それ以外取り柄がないなどとなりますと、
 もどかしさ逆に心地よかったりするのですよ。
 と話した所で本人には理解できませんか」
なるほど、特技ね。
私は心の中で私の特技は何だっただろうと反芻する。
しかし、そんなこと最早どうでもいいことだろう。
男は私が何を言わなくても勝手に私の特技を認知し、
そして私という役割を軽々と演じてみせるのだから。





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最終更新日  2006.11.07 15:24:06
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