のんびり生きる。

のんびり生きる。

買い替えのきくものに、人は根をおろさない


 だが現在の東京は、人間が根をおろして生きることにできる土地ではなくなってしまっている。地味も消え、雨も降らず、耕す鍬もない荒れた畑だ。
 ここにあるのは、大都会としての機能ばかりである。
 それは、車とよく似ている。どれほど高級仕様の車でも、どれほど性能が素晴らしくても、そのなかだけで人間が生きることはできない。車はときどき乗りこみ、便利に使い、ときどき整備に出し、洗ってやって、寿命がきたり、飽きがきたりすれば買い換える。それだけのものだ。
 東京も、それと同じだ。たまたま、この東京という車に匹敵するだけの性能の車がほかにはあまりないものだから―あっても、多少個性が強すぎるものだから―多くの人間に、ずっと使われているだけのことで、本来はとっ替えのきく備品みたいなものなのである。
 買い替えのきくものに、人は根をおろさない。買い替えのきくものを、故郷とは呼ばない。
 だから、今の東京にいる人間はみな一様に根無し草で、大部分は、親や、そのまた親が持っていた根っこの記憶をたよりに生きているのである。
 だが、その根の多くはとっくに弱り果て、その呼ぶ声は、とうの昔に嗄れてしまった。だから、根無し草の人間が増える。本間は、俺もその一人だ、と思う。
・
・・そう、九州も吸引力の強い土地だ。そこで生まれた人間たちを、けっして手放すことがない。

               「火車」P236

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: