のんびり生きる。

のんびり生きる。

いつ死んでもおかしくないから





 ディーダーはいまの自分の生活が豊かなのは、ある部分、物事がわかっているからだと思っている。わかっていることで心理的に満たされ、健康的な自尊心のようなものが芽生えている。たとえば、ミュリエルは、コニー・ショルダーズが彼女をいたわるようにふりをして、じつは愚かな老女だと見下しており、陰では物笑いの種にしていることだってなくはないと思っている。ところが事実はそうじゃない。コニー・ショルダーズはミュリエルがほんとうに好きだから訪ねてくるのである。それが楽しいからであり、彼も孤独だからだ。ディーダーはコニーが警察の白人仲間から疎んじられているのを知っている。白人の警察官はみんな人種差別主義者で、コニーはつねにそいつらの態度をうかがわなければならない。
 それから、フランクの容態が、ミュリエルの思っているよりはるかに悪いことも知っている。誰がなんと言おうと、かなり死に近づいている。フランクはもう輸血を受けないと決心した。最後にした輸血でひどく消耗したからだ。いまは、ミュリエルの主治医のヴァン・ビューランがときどき往診に立ち寄るだけだ。クリスマスの翌日、往診にやってきたヴァン・ビューランは、ディーダーを二階の廊下に連れだし、小声で、「なるべく快適にしてやりなさい」と言った。老医師は実質的な看護役はディーダーしかいないと見ており、彼女にフランクが死にかけていると告げたのだ。いつ死んでもおかしくないから、いろんなことを、できるだけ彼が楽になるようにしてやってくれ、と。ディーダーは、長年ミュリエルと親しく付き合ってきたヴァン・ビューランが、厳しい現実からミュリエルを精一杯遠ざけて守っているのだと思った。フランクがミュリエルを庇っているのもわかっている。迷惑がっているふりをして、あっちへ行ってくれ、と言いつづけているのがそれだ。フランクはミュリエルに重荷を負わせたことをすまなく感じている。姉が看護を引き受け、家に呼んだのは義務感からだと思っている。だが、ディーダーは知っている。フランクがここに来て死ねば、ミュリエルへのすばらしい贈り物になるのだ。ミュリエルは感謝するだろう。一方でミュリエルは、フランクがどこかよその場所へ、養護施設へ行きたいと思いながら、姉に対する義務感からこの家にやってきたのだと思っている。だが、フランクはひそかに、養護施設にはいらずにすんだことで、ミュリエルには深く感謝している。ディーダーが知っているのはこれだけではない。フランクは死ぬ覚悟をかため、そこを突き抜けていることもわかっていた。いまはむしろ、期待しているふしさえある。ディーダーは彼の死が、寒い山間の湖水にはいっていくようなものだと思う。目をとじて白昼夢を見ている彼の、爪先がもう濡れはじめていると思う。
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「海辺の骨」

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