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2008/07/29
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カテゴリ: 日常
サークルの同期T井さんのネットで佳作をとり金券を頂戴した作品

本人の了承を取って、掲載中・・・

後編になります。


(後編以下原文)


「…なんだ、これ? ちょっと先生――」
 マサルは明日の授業のために教科書を黙読していた真知子を呼ぶ。
「どうしたの?」
「とりあえずこれを見てください」
 マサルに言われたとおり、真知子は顕微鏡を覗き込む。

「ほこり……ではないわね」
「何でしょうかね、これ?」
「さあ、私には分からないわ。でも、後で図鑑でも調べれば分かるでしょ。不思議ではあるけど――」
「先生、問題はこの微生物が何であるか――、じゃないんです。今重要なのは家で調べてきた時には、この生き物は存在しなかった――という事です」
 化学好きのマサルの家には顕微鏡がある。
 そして、ここに来る前、念のためアルコール燃料をその顕微鏡で調べてきていたのだ。
「先に言っておきますけど、うちにある顕微鏡の性能はここにある物より上です」
「つまりここに来てから、何か正体不明の生物が混入したというわけね」
「そういう結論にそうなりますね。つまり、この科学室には正体不明の微生物が充満しているんですよ。となると、過去に似たような事故があったかもしれません。先生、この際なんでもいいんで、何か心当たりはありませんか?」
「あるにはあるけど、君の嫌いなオカルト関係の話よ」
「今回はそれでも構いません。是非教えてください」

 真知子はあまり気乗りしないような様子で話し始めた。
 彼女もマサル同様、超がつくほどの理系人間で、非科学的な超常現象など、何一つ信じていない。
 ただマサルと違うのは、真知子は無視するのではなく、オカルト話を完膚なきまでに科学で叩き潰す事に快楽を覚えていた。そのため、同じ唯物論者でも真知子の方がマサルよりその手の話に詳しい。
「これは新任して間もない頃に他の先生に聞いたんだけど、戦時中、この学校で細菌兵器の開発が行われていたらしいの。何か、不死身の兵士みたいなものを作る為の研究だったそうよ。それで戦後、その証拠隠滅の為に、この部屋が焼却処分されたとか。でも当時の人の話では、誰もこの場所に火なんてつけなかったっていうの」
「まあ、予想はしていましたが、随分荒唐無稽な話ですね。けど、火の無い所に煙はたたずって言いますから、おそらく実際に何かがあったんでしょう」

「言われてみれば……」
 マサルは鼻をひくひくと動かす。
 確かに以前の化学室ではしなかった臭いがする。清掃のために使ったクレゾール系の臭いではない。もっと強烈な、それもかなりの悪臭だ。だが、それはどこかでかいだ事のある臭いでもあった。
 その特徴的な匂いを思い出すのに、それほど時間はかからなかった。
「これ、多分ホルマリンですね」
 マサルがそう言った瞬間、背後のガラス棚に入っていたホルマリンの標本が音を立てて割れた。
 マサルは慌ててその場から飛び退く。
 どんくさい真知子は驚きのあまり、後頭部から床に倒れた。
「ホルマリンが気化して爆発でもしたのか!?」
 マサルは標本の破裂をそう判断した。
 しかし、数秒後にそれが誤解である事に気付く。
 標本に入っていた生き物の死骸だったものがひとりでに動き出したのだ。
 百歩譲って、生前の時と同じ形をした標本なら、ほんの少し前に生きたままホルマリン漬けにされたとして、何とか説明をつける事はできる。だが、腹の中身が半分飛び出している蛙や、骨だけなのに動く魚類に関しては、どんな科学的要因でも理由付けは出来ない。
 眼のある生き物はその目で、眼の無いものは底知れぬ闇をたたえた眼窩でマサルと真知子を睨みつける。そこには理屈抜きの粘り着くような殺意があった。
「ヤバイ……」
 マサルは直感的にそう判断した。
 気絶した真知子を担ぎ、じりじりと出口に向かって移動する。
 だが、ドアの傍にあったガラス棚にも狙い済ましたかのようにホルマリン漬けが陳列されており、そこからまた死骸だった何かが飛び出した。
 ドア側のバケモノも、棚から飛び出したのと同時に同じ敵意を持ってマサル達の方へと近づいていく。
 戻る事も進む事も出来ない。
 気絶した真知子を抱えたまま、完全にマサルは化学室に閉じ込められた。
 ただ、正体不明のバケモノとはいえ、相手はガラスの筒に入る程度の大きさ。蹴散らしていこうと思えば出来ない事ではない。
 しかし、慎重なマサルはこの奇妙な生き物達が持っているかも知れない、何らかの毒や病原菌を恐れ、近づく事が出来なかった。もし致死性の毒を彼らが持っていたとしたら、その時点でマサルと真知子の人生はアウトだ。一か八かの賭に出るには早すぎる。
「誰かいませんかー!」
 マサルは大声を出して助けを求めた。
 しかし、放課後という時間帯と、校舎でもかなり奥まった場所にあるという科学室の立地条件のため、周囲に誰もおらず、返事は一切無い。
「マジでどうするよ……」
 他人事のようにマサルは呟いた。
 現実逃避しているわけではない。いかにオカルトを否定しているマサルといえ、目の前に広がる光景を夢で片付けたりはしない。彼が見ているのはあくまで現実だ。だからこそ、頑ななまでにオカルトを否定するのである。
 そう呟いたのは、冷静さを維持する為――。事ここに至っても、常識的に何が最善であるかを考えていた。
 じりじり、という形容が相応しい動きで、バケモノ達が近づいてくる。
 前進でも後退でもなく、横に移動したマサルは、最終的にロッカーのある窓際に追い詰められた。
 しかし、結果的にそれが幸いした。
 化学室は1階で、窓の鍵はかかっていない。
 さらに鉄製の出入り口扉と違い、ガラス窓を開けるには数秒とかからず、バケモノとの距離も未だ充分ある。とりあえずこれで逃げられるめどは立った。
 立ったのだが――。
「そういうわけにもいかないよな」
 ここで自分が逃げ出せば、ここにいるバケモノを野放しにする事になる。現状に対し自分に責任があるとは思えないが、このまま無視するのは明らかに後味が悪かった。
「さて、なんかないかね」
 マサルはなんとなくポケットを漁る。
 すると、指先に硬い何かが当たる感触がした。
 とりあえず出してみると、それは今時珍しいマッチであった。学校に来る途中駅前で貰った風俗店のマッチで、物珍しさに思わず貰ってきたのだ。
 そんなどうでもいい選択が、命の岐路に立たされたマサルの、文字通りの光明となった。
「……やってみるか」
 マサルは窓を開け、気絶したままの真知子を乱暴に外に放り出す。外は芝生なので、真知子に脳障害が無ければ問題はない。
 その後、自分も窓から飛び出し、外から化学室の様子を窺う。
 バケモノ達は悪臭を撒き散らし、その禍々しい敵意を収める事なく、窓へと近づいている。
 そして、おそらく元フナであっただろう何かが窓のさんまでたどり着いた刹那、火をつけたマッチを化学室に放り投げる。
 それから1秒せずに、すさまじい爆音と爆風がマサルを襲った。
「やっぱり、ホルマリンはホルマリンか」
 ホルマリンは可燃性で、火をつければ当然燃える。
 それを知っていたマサルは、バケモノ達が集まったところを見計らい、マッチを投げたのだ。
 それでもここまで激しい爆発が起こるとは予想外であった。
「やっぱ、ガラスの中に入っていたホルマリンは普通のモンじゃなかったのか」
 おそらく、自分が濡れ鼠になる原因を作った火柱も、異常に燃えやすい気化した似非ホルマリンが原因だったのだろう。棚からあのバケモノが出てこられたのだから、やはりガラスには穴が空いていたはずだ。そこから似非ホルマリンが漏れた。そのため、あんな馬鹿げた火柱が出来てしまったのだ。そして、あの原因不明のバケモノの群れは、死骸などではなく、ロボットであったのだろう。空気中に放置するとその機能に影響が出るため、似非ホルマリン漬けにしていたのかも知れない。そもそもホルマリンに死者を生き返らせる力などないし、どんな微生物にもあそこまで精巧に、多種多様の宿主の動きを操る事など出来ない。
 何よりここから先は警察が調べる事。この事故の原因を作ったマッドサイエンティストには法で裁きを下してもらおう。
 マサルは今回の事件のそう結論づけた。
「――あ痛っ」
 爆発で化学室のガラスはほぼすべて割れ、マサルの頭上にもその破片が降り注いだ。
 マサルはガラス片を頭から払う。
「……ん?」 
 その破片の中に、マサルは気になるものを見つけた。
 それはあのバケモノを閉じ込めていたガラス筒の破片であった。
 その破片には、標本が作られた製造年月日が記されたラベルが付いていた。
――『1944年』――
 それが、この標本が作られた時代であった。 
「……まさかね」
 マサルはそのガラスを壊れた窓から再び化学室に投げ入れる。
 今はあの与太話が事実だったかどうかより、この惨状を、教師や警察にどう説明するかの方がマサルには重要であった。
 マサルが見ているのはあくまで現実である。
                                     了





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Last updated  2008/07/29 12:09:36 AM


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