光のはしら通信

光のはしら通信

2024.02.06
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これまでそんなことは


今年は目覚めの意識で生きることに
もっと向き合ってみようかな?
なんて今頃になって改めて思いました。

私は最初の覚醒がまだ何も準備のできていない
10代の頃だったので

魂の目覚めと現実を統合することの
真逆の道を選んだという過去がありました。


何でも達観できてしまうことや
何があっても大丈夫な感覚が強すぎたり

安定した至福感な自分が

だんだんと鼻につき出して

ちょっとこのままでは
敢えて物理現実の地球に生まれてきた意味が
なさすぎると感じるようになって

覚醒意識のことは
忘れる方向に進んだんですよね。

今と異なり
スピリチュアルなことの認知度が

私がそっち方面の情報を
受け取れることが全くなかったことも
背景にはあるかもしれません。

それからいろいろな体験をして
体験こそが私の持ち味を作ってきた


何をやってもそんなに器用に
人より秀でるようにはできないけど

そこに私ならではの
スパイスを加えることができる。
それは私独自の経験を
自分の中に取り込み
消化してきたからこそからかなと。
(付け加えていえばそれは万人に
当てはまることです)

私がそんなふうに「体験」を味わえたのも
最初の覚醒を忘れる方向で
生きてきたからかなと。

覚醒を忘れて生きたことが
むしろよかったというのは
あくまで当時の私ならではのことで
他の人に当てはまることではないです。
時代も全く違うしね。

けれど根底には常に「目覚め」があって
自分はそれを知っていることを
わかっていたようにも思います。

次の覚醒は
ヒーリングを仕事として
始めようと決めた頃。

最初の覚醒が
どかーんと壮大な宇宙🟰愛🟰神🟰自分
になってしまったのに対し

次の覚醒は
人間としての自分にもっと寄り添った形で
起こりました。

これは他の人を巻き込んだ形で
ヒーリングをするにあたり

宇宙からレッスンを受ける必要が
あったからではないかと思います。

深いところの自分や
宇宙の存在たちと繋がって
自分のあり方を問われ続けたのですが

ざっくりと言ってしまえば
愛とは何かってことで

1つ1つの自分の行動が
愛からなのか怖れからなのかって
ことでした。

怖れから
表面的には優しい人を
演じてしまったりすると
強烈な試練が来て

自分の内側と向き合うように
仕向けられたり。

当然どうすればよいのかは
言ってもらえなくて

自分で見つけた選択で気づきを得て
行動し直してから
メッセージを受け取ることが
多かったのですが

これが英語だったりするんですね。

面倒なので放っておくと
しつこく何回も聞かされるので
暗記してしまう笑。

しかもだんだんその声も
大きくうるさくなっていく。

で、やれやれと思って
ようやく辞書を引いて
(その頃スマホは世になく
パソコンもまだあまり出回っていない時代)
初めて意味が分かるみたいな笑。

でも、喉元過ぎれば何とやらで
最近はまた
超いい加減になっていました。

今思うのは
そろそろそれらの体験を
きちんと統合していかないと
せっかく人間として生まれて
覚醒体験もしたのに中途半端なまま
人生を終えることになり
モヤモヤして(ん?いや別に
モヤモヤはしてないのですが...)

とにかく今、これをしていくことに
しんしんと静かな興味が
湧いているので

今年のテーマとして掲げてみた次第です。





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最終更新日  2024.02.12 15:04:47


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