小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第十一章  「夢」  一節




何度も何度も同じ夢を見る。


史彦たちと飲んでいる居酒屋。


大声で笑いあっている風景。


離れた席から私を見つめる浩太の瞳。



そして


“由香、転勤するんだ”


と言う浩太のセリフ。


大阪だったり名古屋だったり、ある時は福岡だったりするその地名は、

一度だって同じだった事はない。


私はなぜかいつも怒っていて、

浩太の電話をうるさいなぁなんて思っていて、

ちっとも優しい彼女なんかじゃなくて、

でも何か言おうとすると浩太の姿はどこにもなくて、

私は泣きながら浩太を探すんだ。


浩太・・・

勝手にひとりで行かないで・・・




寒くても、暑さに身を焦がしても

季節は何も知らないふりをして私に囁きかける。


いったいいつまでそこにいる気なの? と。



















「もしもし、由香ちゃん?」



「あ…ごめん。

安西くん、私の携帯よくわかったね。」



浩太の事故の後、私は携帯の番号を変えた。

その番号を知らせたのはサクラにだけだった。



「由香ちゃん、元気だった?

あれっきりだから心配してたけど、

サクラからたまに由香ちゃんの様子は聞いてたんだ。

サクラに携帯の番号教えてもらったんだよ。」



これは夢の中なのか現実なのか、

一瞬分からなくなるようなめまいが私をあの頃に引き戻した。


「え?

今浩太が転勤って言った?

浩太の声?」


史彦は私の言葉に驚いて


「由香ちゃん、由香ちゃん、俺だよ。

史彦、安西史彦。」



と大きな声で私を呼んだ。



どうかしている。


私は久しぶりの史彦の声に浩太を重ねて、

一年前の私を見つけてしまった。



「由香ちゃん、浩太のお母さんから伝えてくれって頼まれたんだ。

一周忌に来てくれないかなって。

お墓参りしてるのはお母さん気づいてたって言ってたけど、

由香ちゃんに会いたいって、そう言ってくれって。」









事故から七日目、


浩太は一度も目覚めず、

私の名前も呼ばす、

あの長い腕で優しく抱きしめる事もなく、

私の前から居なくなった。







私と浩太のあの約束が守られる事はなかった。













つづく・・・





© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: