小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第一章 「キャリア」 二節



たかが夢だ。


現実の新人研修の青年は

「了解っす」

「うまいっす」

決して「です」とは言わない青年が相手だ。


上司が女性なのを驚きもしないのは、私が入社したころとは時代が違うからなのか、その青年は戸惑いもせずに会社中を忙しく駆けわまりながら、なかなかの頑張りを見せている。


研修も終わりに近付いたころ、その「っす」の新人が


「先輩、研修の打ち上げでコンパどうすか?」

と声をかけてきた。


「コ、コ、コンパ!」

なんて胸踊る響きなんだろう。


「"です" でしょ! あんたいくつよ!」

なんて怒鳴らないでおいて本当に良かった。

やっぱり人には優しくしておくものだ。


新人のくせに一回り以上年上の上司をコンパに誘うとは、「っす」ばかり言っているわりには結構イイ根性をしているものだ。



「北大路欣也に似てる俺の先輩も来ますから。」


北大路欣也?

どんな顔だっけ?

なんだか良いことが起こりそうな予感もしたが、いや、油断は禁物だ。


なにせ私がダントツ年上で、コンパなんて何年ぶりか思い出せないくらいなんだから。

フィーリングカップルで言えば、完全に5番の大オチだ。



聞くと、その欣也さんは私より二つ三つ年下らしいが、私と話が合いそうなんだと言う。

私はもうスキップでもしたい気分だ。


若い女性と張り合う気など更々ないが、声をかけてくれた事だけでも大きな進歩と言える。


「いいね。」

なんて冷静に言ったつもりが、少しだけ上擦った声になっていたと自分でもわかるほどだった。

本当はテーブルの下でガッツポーズしてたから。


私は変わった。


"シアワセ"をこの手につかむまでのカウントダウン開始だ。


冷静を装っても勝手に顔がにやけて来る。

駄目だ。

キャリアは仕事に私情は持ち込まないのだ。


そして当日「4:4っす」と、その新人はお店の名前を書いたメモと地図を私にくれた。


仕事もこんな風にテキパキやれよ! と言いたかったけど、そんなことは今だけは言えない。


部下の若い女子は

「素敵な人来るかなぁ」と早々に着替えに向かい、

「先に行ってま~す」と私に向かって手を振った。


やっぱりカワイイなぁ。

お店に入る時は手を振った方がいいのか?

いや 辞めておこう。

私はあの子達とは違うんだから。


いったい何をやっているんだ。


私はかなり、テンパっていた。



さっき渡されたメモを見ながらその店に向かい、やっと見つけたその店のドアを開けると、


「先輩 ここっす!」

と、新人の青年が手招きしている。


もうすでにみんな集まり、その視線が私を迎えた。

「こんばんは。」

あまりに緊張して顔が強張っているのがばれてしまいそうで、私はすぐに下を向いた。

これで7人が揃った事になる。


「後で自分の親友が来るっす。」

新人がそう言ったと云うことは、この中に欣也さんがいるという事になる。

往復してみたが、そこにいたのは北大路欣也ではなく"どこかで見た事のあるような人" だった。


どこかで見た事のあるような人が悪いわけではないが、おかげで緊張は一気にほどけた。


だけどみんなに気を使い話題提供に努力する彼は、とても好感触だった。

ただ私が100歩譲っても我慢ならない事が目に入ってしまった。

相手側だって特別私に気がある風でもないから余計なお世話かも知れないが、パンツがくるぶし丈ってのはどうなんだ。


そのセンスがその人のセンスに見えてくる。

さすがに勝負下着までは着けて来なかったが、私だって張りきってお洒落してきている。


いや、そんな事はどうでもいいのだ。

こうして楽しい一時が、私のカラッカラの人生に潤いをもたらしてくれる。


「おっ! 遅かったな」

親友だという最後の一人が入って来た方向から、華やかな光が射した気がしたのは私だけだったのだろうか。



「うえっ!」 自分でも聞いたことのないような声が出た。


そこには、あの夢の中で見た美しい青年そっくりの若者が立っていた。



運命だ。

今度こそ運命だ。


「こんばんは」


その声に、私以外の女子三人はハートの瞳で駆け寄って行った。


主役登場。




さてこんな時、キャリアウーマンはいったいどうしたらいいんだ…





つづく・・・


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