小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第二章 「恋人」 一節




会社では私達のことを流石に隠してはいたが、崖っぷちの状況ではなくなった事を会長やみんなに報告しようと、早々に集まりを開く事になった。


私はそんなに慌てる事はないと思っていたけど、一行の気持ちの想像はついたし

そして、それを言ってはいけない事も分かっていた。


会社の若い女の子もメンバーだから世間にバレるのも時間の問題だろうし、

どんなに驚かれるのかと考えただけで、私の心臓は速度を増して行くようだった。



私は平常心を装えるのか、いや、そのままでいいんだ、なんてシュミレーションしてみた。



「麗ちゃん、さっきからブツブツ何言っているの?」


一行はあれから私を”麗ちゃん“と呼んでいる。


「みんなの前でいつも通りでいられるかの練習。」


一行は優しく笑って、


「大丈夫だよ。

この間と違ってていいんだから。

その報告するんだから。」


長いこと突っ張ったキャリアウーマンが、心底身に付いてしまった悲しい性である。


「そうだよね。

私、なにやってんだろ。」


「麗ちゃんがこんな人だって、会社の人達は知らないよね。」


「こんな人って、どんな人よ?」


「ググゥ~」


「何がおかしいのよ、失敬なヤツだ。

残業させるぞ。」


「子供っぽいとこなんか、ひとつも見せないでしょ。

俺にはすぐわかったけどね。」


「うっそぉ~」


見せないんじゃなくて一行にしか解らないことだったんだよと言いかけたけど、

恥ずかしくて言うのはやめた。



「あれから涼くんに連絡した?」


「うん、電話した。

けど、麗ちゃんのことは付き合ってるって事以外話さなかったよ。」


「ふぅ~ん。

一行、涼くんが私を好きだって初めから思ってたの?」


「うん」


一行は小さくうなずいた。


「ばっかじゃないの!

一行みたいなモノズキはそういないって。」


「麗ちゃんには連絡入った?」


「ううん。

私にはもうよこさないよ。

二人で会うことだってないでしょ。

考え過ぎ。

もしかして
私、ヤキモチ焼かれてる?」


「調子に乗るなよ。」


そのうち雷にでも打たれて体の中を電流が走り、

異様な行動に出るなんて事がないように祈るばかりである。


それほどの幸せがやって来たのだ。


正幸さんからは

「会長になったとたん、腰抜かしそうになりました。」

とメールが届き、今までと変わらず楽しく飲みましょうと締められていた。


来月にせまった私の誕生日で、三十代ともあと一年の付き合いになってしまう。


一行の歳と比べればめまいを起こしそうになるのも不思議ではなく、

これから先、きっと心の葛藤も沢山あるだろう。


「一行、パーティやろうね。

私の誕生日パーティ!

二人でケーキ半分ずつ食べようね。」


何年か前、味気無いケーキを1ホール一人で全部食べた話を一行は腹を抱えて笑った。


「食い過ぎ」と何度も言って。




そしてこの日、会長の呼び掛けで集まった場所は賑やかな居酒屋の一室だった。


私達の事をみんなに打ち明けると、会社の若い女の子達は


「先輩のおかげで勇気湧いてきました。」と 泣いてる娘までいる。


「黙ってる自信ありませ~ん」と。


一行は照れもせず、“先輩”とも”っす“とも、私にはもう言わない。






そして結局、


この日ここに、



涼はやって来なかった。





つづく・・・







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