小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第三章 「不信」 二節




その夜遅く、一行からのメールは

”盛り上がっていて抜けられないので、先に寝ていてください“

というものだった。


ちゃんと連絡をくれる一行だけど、やはり少し疑っている私がいる。

一行と元カノがただ並んで歩いていた姿が、まるで寄り添って歩いていた様な錯覚までしてしまいそうだ。


きっと一行は納得のいく説明をしてくれると期待しているが、

目に焼き付いたあの姿はなかなか消え去るものではない。



わざわざ私を選んでくれた若い一行を束縛する気などあるはずもなく、

まして詰めよって責める事など有り得ない事である。


が、だけど、

だけど、である。


嫌な女になりそうな予感がする。



夜中一時を過ぎ休もうとしたとき、一行からの電話でこれからここへ来ると言う。

少し酔っている声はいつものようにとても明るい。


「麗ちゃん、これから行ってもいい?」


「うん」


私の気持ちも知らないで。



でも今晩はゆっくり休ませてあげた方がいいんだろう。

私の元へ帰って来る人がいることの幸せは、かけがえのない事なんだから。



二時近くになってやっと戻った一行は、そのまますぐに寝てしまった。

私の隣で眠る姿は無防備で、偽りなどどこにも見当たらない。


今日一行がここに来なければ、眠れない夜を一人過ごし、

妄想だらけの膨張した物語が出来上がっていたはずである。


今日はそっと、ここで眠ろう。



朝になり、いつもと同じ道を一行とふたり会社へ急ぐ。

ここからはキャリアの違いが表れる領域だ。


一行は昨夜の事には何も触れてはいない。


私から聞く事もしていない。


でも私は話すつもりである。

一行を見た事ではなく、涼と会った事を。


そして涼に言われた、私に投げかけられた言葉のその意味を一行に伝える。


私のこれからは、私の一歩先から手をさしのべ離さずに歩いてくれる一行を信じて生きて行く事なのである。


昨夜一行の眠る顔を見ながら私は思った。


私の持っているその全ての力で、これからの現実を受けとめる度量を試されているんだと。


私は一行を確かに愛している。


「一行、今日は私遅いかもしれない。」


「わかった。

誕生日まであと三日だよ。

その日は仕事早く終われそう?」


「朝から辛い話題だわ。

誕生日にどこか食事の予約でもしてくれたの?」


「楽しみにしててくださいよ。麗ちゃん。」



一行は何やら、計画を立てているらしい。



私の気持ちも知らないで。





仕事が立て込み涼の話を出来ないまま、一行とゆっくり時間がとれない日が続いた。


その間、涼から短いメールを何度か受け取ったが返信はしていない。


そのメールには、“また偶然があるかもしれない事を期待して” とある。


チャンスカードはこの間使い果たしているとメールに書いたけど、未送信のままになっている。



いつからか私は誰もいなくなった会社で、一人大きな窓から外を眺めるのが好きになっていた。

意欲と疲労感の狭間でキャリアウーマンと呼ばれる事への拒否反応と戦い、

悔し涙を流した事も一度や二度ではない。


携帯を握りしめたまま私は思った。

涼という美しい若者の未来に、私が入り込むわけにはいかないのだ。

そしてこの星の見えない夜空を眺めながら、涼へメールを送った。



明日は私の誕生日である。

三十九という諦めのしがたい一年がはじまる。

今までとは違う何かが待っているかもしれない期待と不安は、

私を成長させてくれるのだろうか。



灯りの消えかけた会社をひとり出て、すぐ足が止まった。


なんで?


チャンスカードは無いんだよって、メール送ったでしょ?


涼が待っていた。


「偶然は待ってられないから。」


そんな事言ったら

涼、もうレッドカードだよ。





つづく・・・






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