小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第六章 「転勤」 六節




☆登場人物☆


 ★市川麗子

  38歳 独身
  彼氏いない歴5年
  バリバリのキャリアウーマン


 ★鈴木一行(いっこう)

  23歳
  麗子の会社の新入社員


 ★西山 涼

  23歳
  一行の美しい友人


 ★清水正幸

  一行の先輩







大阪栄転のお祝いを兼ねて送別会はどうだろうと、

久しぶりに正幸さんへメールを送った。


私達が付き合っている報告をしたきり、何度か近況を伝えあったりはしていたけど、

なかなか同じ時を過ごす事が出来ないでいた。


元々は一行が連れてきた彼に、私から転勤の報告をするのも変なものだけど、

またあのメンバーで明るく祝ってあげる方が、

一行には似合っている気がした。



“会長様ご無沙汰しておりました。

この度、一行が大阪に転勤することになりました。

大阪栄転祝い、及び、送別会をと考えてますが、

ご都合は如何でしょうか。”


そんなメールに、正幸さんからすぐに返事が返って来た。



“一行から聞いていました。

麗子さんも色々想うところはあるでしょうが、

楽しくパッと送ってあげましょう。

ヤツの素晴らしい前進ですから。

段取りは会長にまかせなさい!”



力強い頼りになる先輩を持って、一行は幸せものだ。



一行が心配だと言った私の気持ちは、

両足を少し広めに開いて踏ん張りをきかせ、

一行が見せた澄んだ涙を抱いていれば、どんな事にも耐えていけそうな気がする。


闘うのは、自分対自分なのだ。


元カノと競うことや、未来の結論に捕われる事など

初めから後ろ向きな考えだったと、今頃になって気付くなんて。



半月のうち空いた時間を見つけるのは難しく、

それでもやっと送別会の段取りが決まった。


一行は何度も大阪へ出向き、生活の場所も決め、

現実としてのこれからに期待を持って進んでいるように見える。


たくましくもあり、だけどそれは私を頼らず生きている一行を、

ちょっと寂しく感じる時でもあった。



「一行、ここにあるものは荷造りしておくけど、

一行のマンションの荷物は大丈夫なの?」


「いや、そのままだよ。

何にもしてない。

どうしよう。」


「じゃぁ、仕事帰りに私がやっといてあげるわ。

引っ越しまで一週間ないもの。」


いよいよその時が迫って来ている。



予定をしていた送別会は一番はじめに顔を会わせた店に決まり、

全員が参加出来ると正幸さんから嬉しい連絡が入った。


あれから涼は元気にしているだろうか。



そしてその日、私は一行の魂のような言葉を聞いた。


私達が到着した時すでに他のメンバーは顔を揃え、

涼も一番奥の席で穏やかに微笑んでいた。

お互いに遠くからうなずいただけで、言葉は交さなかった。


一行は嬉しそうでもあり、ちょっと寂しそうでもあり

でも私には、複雑な心を深い所に押し隠しているように思えた。


そして会長の挨拶にみんなグラスを掲げた。


「みなさん。

ご存じの通り、一行が大阪転勤になりました。

今日は送別会と言うより激励会です。

不安だらけのこいつに喝を入れてやって下さい。

では、将来の社長に乾杯。」


女の子からは花束を贈られ、一行はそれを抱えたまま一気にグラスを空けた。


「ここで飲むのがうまいっす。」


あっ、一行の「っす」を聞いたのはいつ以来だろう。

「っす」ばかり言っていたあの頃が、もうずいぶん昔のように思えた。



春から季節は次の景色へ移り、また違う季節へと永遠に生き続ける。


そして一行は言った。


「有難うございます。

ちょっと挨拶させてください。


えぇ・・・と・・・

大人になるということが、少しずつ身に染みてきました。

気付くのが遅いと飽きれられるかもしれませんが、

不安より楽しみの方が増えてきたのも事実です。

こうしてみんなの前で大見得をきった手前、

早く一人前になった自分を見せられるように頑張ります。

それから・・・」


拍手の中、それを抑えるように言葉は続いた。



「それから・・・

麗子を・・・

麗子をどうかよろしくお願いします。


よろしく・・・」




一行の心


私の心。



ふたつの心が 泣いている。






つづく・・・






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