小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第十四章 「岐路」 五節




慌ただしい毎日が、私達の特別な日を迎える準備を急かすように過ぎて行く。


そっと静かに私達が主人公になるその日を待ち、

着る事はないかもしれないと思っていた裾を引いた美しいドレスに包まれ、

願い誓い、祈りを捧げる特別な日が現実のものになろうとしている。



自分の意思でストーリーを創る人生など出来るはずもないけれど、

自分の出来る事をやって行く日々の積み重ねの通過点に、

やっぱりこんな日が来るようにとずっと憧れ続けていたことを、

強がらずに嬉しいと言える、

そんな素直な心を忘れてはいけないと思っている。



同じ名前を持つ顔も知らない女性の、あの美しい手紙を読んでから、

一行とのこれからに、たとえ思いもよらぬ出来事が立ちはだかったとしても、

踏ん張るだけでなく少し力を抜いて立ち止まる勇気も必要なんだと、

あの手紙はしっかりとこの胸に刻み込む力を与えてくれた。



式の前日、一行はここへ来る。


あの時私が日本へ戻っていなかったら、

涼に何も伝えずあのまま会えずにいたら、

園の「楽園」に見た、一行の胸の傷みを見過ごしてしまっていたら、

きっとこの日はやって来なかっただろう。


私が信じられてこその未来を、今は静かに待っている。




深夜、突然鳴り出した電話の音に飛び起きた。

夢か現実か分からないまま、

慌てて手にした電話の声は思いがけない懐かしい人だった。


「もしもし。市川か?」


「はい。

えっ・・・小池専務ですか?」


「こんな時間に悪いと思ったんだが、時間がなかなか合わなくて悪いな。」


「いえそんな事は大丈夫ですけど、どうしたんですか。

何かありましたか?」


「いや、鈴木に報告を受けたんだよ。

結婚したんだってなぁ。

まったく、市川には驚かされてばかりで心臓に悪いよ。

おめでとう。良かったなぁ。

心配していたんだぞ。

結婚はてっきり諦めてるとばかり思っていたからなぁ。

挙式は明後日か?」


「はい。そうです。

有難うございます。

それでわざわざ電話を・・・」


なんだろう。

こんなにも胸が熱い。

熱すぎてこの優しさを受け止めるだけの、うまい返事が見つからない。



「どうだ?

仕事の方はうまくいっているのか?」


「はい。

報告もしないままですみません。

専務に勧めて頂いて本当に感謝しています。」


「いや、市川の決断がそうさせたのさ。

自分で決めた道だ。

ところで市川、岩沢と何年ぶりかで話したよ。」


半分寝惚けた頭が、ぱっと目を醒ました。


「えっ専務、岩沢さんとお知り合いですか?」


小池はゆっくり話し始めた。


「市川は知らないだろうが、岩沢と私は同期入社の仲なんだよ。

この会社にいたんだ。

岩沢は同期の中でもずば抜けててな、市川と同じ特修に抜擢されて、

そのまま向こうの会社に引き抜かれて、日本には戻らなかったんだ。

岩沢は市川の先輩にあたるわけだ。

この間久しぶりに会社に電話があって、

岩沢が退職した事や、奥さんが亡くなった事を聞いて驚いたよ。


そしてまた市川が特修でアメリカに行った日に、

偶然となり合わせた事を聞いて、何とも言葉が見つからなかったよ。

岩沢が言っていたぞ。

”俺の若い頃と似ている“ってな。


市川。

頑張りすぎるな。

いや、もう、鈴木君の奥さんだな。」



巡り合わせと言ってしまうには

何か物足りない別の力が働いてでもいるように、

理屈ではなく体得していく人生が、

私の運命なんだと強く思わずにはいられなかった。



そして何気なく、時には必死で生きて行く中での体験を、

いつか私も岩沢のように、しっかり語れる日が来るように。


明後日からの私たちの門出を、けっして忘れる事のないように。














この重い扉の向こうに私達を待ち受ける未来がある。



ベールに包まれたドレスの裾を踏まないように、私は一行の腕を少し引いた。

「ん?

何? 麗ちゃん。」


緊張した顔で覗き込む一行の耳元に囁いた。


「三人」


「なに?」


「バージンロードは三人で歩く事になった。」


「麗ちゃん・・・」と、一行はドレスの上から私のお腹に手を置いた。


「ほんとに?

順番がメチャクチャだ。」


Vサインした私の手を一行は涙をためて強く握った。



泣かないで、一行。

花嫁より先に泣いたらカッコ悪いよ。


私はちゃんとこの日の空を覚えておこう。

もうすぐ会える新しい命に、いつか教えてあげられるように。


三人で歩く扉の向こうを照らすこの大空の、この青さを覚えておこう。




讃美歌が聞こえる。

ゆっくり開き始めた扉の隙間から見えて来たのは、

美しいステンドグラスと私達を導く神父様。


その名前は  




 岩沢 輝







つづく・・・






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