「それでは頼んだ商品をお願いできますか?」
「は、はい、只今ご用意致します」
レムリアが催促すると、ゴルダは大きな図体を揺らしながら店奥へと消える。 暫くして戻ってきたゴルダの両腕には、大量の荷物が抱えられていた。
「どれも信頼できる武器商人から仕入れた自慢の業物です」
帳場台の上には様々な形状の武器類が、所狭しと並べられている。 鋼玉製の大剣やドール鉄の巨大な破壊鎚、果ては攻城用の小型連弩と、レムリアの注文に則した威力よりも頑丈さを優先した武器が目立つ。
「それと、こちらがプリウスの実となります」
ゴルダが拳大に膨らんだ巾着を三つ提示する。
レムリアは内のひとつを手に取ると、革紐で縛られた巾着の封を解き中身を確認する。 途端に甘酸っぱい香りが周囲に漂い、屍族の少年の鼻腔をくすぐった。
「ゴクリ……」
レムリアは陶酔したような眼差しで小さく喉を鳴らす。 鮮やかな朱色の果実から放たれる血色の芳香に、屍族の本能が刺激されたようだ。
「ご満足頂けましたか?」
ゴルダが揉み手をしながら問い掛ける。
「……確かに受け取りました」
レムリアは理性を総動員して巾着から視線を上げて、満足したように頷く。
一方、山積みにされた武器を物色中だったルムファムは、己の身の丈ほどもある大刀を軽々と持ち上げると、握り具合を確かめるように刀身を軽く振る。 屍族は生まれながらに人族の数倍の膂力を備えているが、この少女屍族のソレは同類の屍族から見ても規格外だろう。
「これはお目が高い。 それは東方伝来の名刀で、別名“首薙ぎ”と呼ばれる業物です。 人骨程度なら刃こぼれひとつせず両断することでしょう」
ゴルダの言葉通り、首薙ぎの精巧且つ重厚な風格は熟練の刀匠が鍛えたに違いないと思わせる一品だった。
すると、珍しく他人の言葉に耳を傾けていたルムファムがきょろきょろと店内を見渡しはじめた。 その視線はなにかを求めるように宙を彷徨っていたが、目前の肉の塊―――脂肪の詰まったゴルダの土手っ腹の上でぴたりと留まった。 そのまま小さな手を伸ばして前掛けの上から闇商人の恰幅の良い腹を撫でまわす。
「あ、あの……如何なされました?」
突然のことに驚いたゴルダが素っ頓狂な声をだす。
ルムファムは暫し逡巡した後、“何か”の確認をとるようにレムリアを振り返った。
「いいか?」
そして手元の研ぎ澄まされた刀身とゴルダの腹部を交互に見やって端的に是非を促す。
「ぜ、ぜったい駄目! あとソレを店主さんにお返しして!!」
レムリアはその意図を察して全力で却下した。
ルムファムは両眼に不満の色を滲ませるが、不承不承ながら大刀を帳場台の上に戻す。
「い、いや、ソレが気に入ったのなら差し上げましょう」
“首薙ぎ”の刀身を名残惜しそうに愛撫するルムファムの姿に気圧されたゴルダは顔面蒼白だった。
「本当にいいんですか?」
念を押すレムリアに、ゴルダはすぐさま肯首する。 ほうっておくと手頃なモノで試し斬りしそうでもあり、背に腹は代えられないとの判断だろう。
「こ、こちらとしても十分に有益な商談ですからそれぐらいは……。 そ、それで他の武器は如何なさいますか? どれも甲乙つけがたい業物ですが」
「全部」
と、ルムファム。 試し斬りができなかったという理由でもなかろうが、ひとつに選ぶのは諦めたらしい。
「だ、そうです」
続けて、レムリアが溜息混じりに続ける。
「全てとなると多少値は張りますが宜しいですか?」
「構いません、それで清算してください」
「わかりました。 プリウスの実と合わせてガープ金貨七百枚―――」
ゴルダは、そこではたと気づいた。
無論、既に預かったセナートル金貨の付加価値を考えれば十分に事足りる金額だ。 ゴルダも双子の支払い能力に関しての心配はない。
「どうしました?」
レムリアが涼しげな顔で訊ねる。
「い、いえ、誠に申し上げ難いことなのですが、差額分の釣り銭が不足しておりまして……」
随分と間を空けてゴルダが答える。 その声は僅かに上擦っていた。
「不足ですか?」
「い、いえ、一般的な取引に差し支えない金銭は常備しておりますが、その、なんと申しますか……まさか、セナートル金貨でのお支払いとは想定外でして……。 商品のお取引は後日改めてというカタチでお願いできませんでしょうか?」
商売柄、貴重な珍品・稀少品を取り扱ってはいるが、盗まれても足がつく現物とは違い、多額の金銭を店に常置することは、防犯上の観点から避けるのが常道だ。 ゴルダの性格が必要以上に用心深いこともあるが、今回ばかりは仕方がない。
「それは出来ません。 店主さんが商品の対価を受け取った時点で、この取引は成立しています」
「も、勿論、セナートル金貨はお返し致します」
ゴルダは懐に手を差し込み、弄るように蠢かす。 しかし、求めていた感触は存在しなかった。
「もう暫くお持ちください」
狼狽したゴルダは懐から中身のたっぷり詰った金嚢を取り出すと、それを逆さに振る。 色鮮やかな宝石・貨幣の類が帳場台の上に零れ落ちて、うず高く積みあがった。 腫れぼった手指が大量の硬貨を器用に掻き分ける。 見事な手並みだが、次第に指先の震えが止まらなくなる。
「そ、そんな、馬鹿な……」
ゴルダの表情には焦りが色濃く浮き出ていた。 それもその筈、懐にしまったセナートル金貨が、影も形もなくなっていたのだ。
ゴルダは恥も外聞もなく纏っていた衣服を脱ぎ捨てる。 切羽詰った表情で、それを裏返しにしてバサバサと乱暴に振り回す。 しかし、衣擦れの音に硬質な響きは混ざらなかった。
そんなゴルダを尻目にレムリアは多少意地悪く口調を荒げた。
「ボクが世間知らずな屍族だと、高を括って欺くおつもりですか?」
レムリアの詰問に呼応するように、ルムファムの碧眼が光を帯びてゴルダを睨めつける。 僅かでも双子の屍族を抑制する箍が緩まれば、ゴルダの命は消し飛ぶかと思われた。
「ま、待ってくれ、何かの間違いだっ!!」
ゴルダがしどろもどろに弁明する。 脂肪で弛んだ頬肉を情けなさそうに歪ませると、ついには地べたに這いつくばるようにしてセナートル金貨を探しまわる。
「ない、ない……ない」
うわ言のように繰り返すゴルダ。
「代金の差額どころか、受領分の金銭まで返却できないとなると……。 ボクにも店主さんに悪意がないと信じることは到底無理です。 もし一方的に取引を違えられた場合、闇商人の貴方なら一体どうしますか?」
床に伏したままのゴルダの喉がゴクリと音をたてる。
商人組合に所属する店舗での売買なら、過失に応じた損害賠償を求めるのが通例だ。 しかし、危険と常に隣り合わせの人間、市場の裏側に存在する闇商たちはもっと端的な解決法を採る。 取引違反に対して、耳や鼻、特に性質が悪い者は腕など―――見せしめとして身体の一部を切り落として制裁とするのだ。 一見、信用とは無関係な裏社会であるが、実はその逆で、法外な売買が成立するからこそ、厳格な掟が存在していた。
「そ、そうだっ! 少し待ってくれないか。 この街の、両替商組合に隠し金庫を預けている。 そこにいけばセナートル金貨そのものは無理でも十分な補償が出来る。 だから―――」
ゴルダは裏返った声で譲歩を求めた。 なにしろ、ルムファムがこれ見よがしに鈍く光る短剣をチラつかせている為、生きた心地がしなかったのだ。
「もしも、店主さんが逆の立場であったのなら、その言葉を信じることができますか?」
レムリアの切り返しにゴルダは言葉に詰る。 切羽詰まると嘘をつけない辺り、根は正直者なのだろう。
「ボクもことを大袈裟にしたいとは考えていません。 むしろ店主さんのように有能な人間とは、有意義な関係を築きたいと考えています」
泥沼にはまり込んでいくゴルダに対して、レムリアの対応は努めて冷静だ。
「と、当方に一体どうしろと?」
「今のボクと店主さんに“足りないもの”で差額分を補って貰えれば結構です」
「足りないものと申しますと?」
成り行きから金銭ではないだろう。 だがゴルダには、この状況に“不足する要素”の見当がつかなかった。
暫くゴルダの反応を伺っていたレムリアが、穏やかな口調で答えを導く。
「“信用”ですよ」
「し、信用?」
ゴルダが狐につままれたような顔で間の抜けた声をだす。
「簡単なことです。 今後、ボク達がここを訪れた時、店主さんが常に有意義な取引相手であってくれれば良いだけです」
「そ、そんなことでいいのかい?」
幾分拍子抜けした感のあるゴルダであった。 もっと無理難題を突きつけられると想定していたのだろう。
「ボク達屍族にとって、そしてミュークさまがご本懐を遂げる為にも、必要不可欠なことなのです」
屍族が異端視されるメナディエル教圏の国家で、ゴルダのように商売を通じて国際情勢に敏感な人間を味方にすることは、己の身の安全を計る上でも重要な問題であった。
「だが、こういってはなんだが。 こちらが裏切らないという保障はない。 それでもいいのかい?」
ゴルダはそう聞かずにはいられなかった。
「そうはなりません」
レムリアは首を横に振ると得意気に続ける。
「仮に店主さんが屍族を異端視する勢力、例えば公国や教会にボク達を売るような真似をしたとします。 その結果、通常なら報奨金を得られる上に身の危険もなくなり一挙両得です。 ですが、闇商としての店主さんを取り巻く環境を考えれば、得るものより失うものの方が遥かに大きい。 違いますか?」
聖女の末裔を王族として頂くアダマストル公国は、聖アルジャベータ公会の総本山である。 屍族は異端視され、その存在が露見すれば、メナディルの教義の下に正義の鉄槌が下されることになるだろう。 だが、ゴルダ自身も違法な商売に身を窶している以上、なんらかの処罰は避けられない。 いや、これ幸いと財産を没収された挙句、罪人として投獄される憂き目に遭うのがオチであった。
「た、確かに……」
ゴルダは額に滲み出た汗を矢継ぎ早に拭う。
「ご理解頂けたのならば幸いです。 それとコレをどうぞ」
レムリアは満面の笑みで、一枚の金貨をゴルダに手渡す。
「コレはっ!?」
見紛う筈もない。 それはセナートル金貨だった。
ゴルダは驚いたようにレムリアの顔を凝視する。 その両眼には疑いと非難の色が濃い。 国宝に等しい価値を持つセナートル金貨を二枚持っていたとは到底考えられなかったからだ。
「ちなみにソレは店主さんのご厚意でルムファムが貰ったものです」
レムリアはいけしゃあしゃあと言ってのける。
「そんな覚えは一切な……い、いや、まさかあの時の!?」
「お察しの通り、手癖の悪い妹―――いえ相方で申し訳ありません。 ですが“ソレ”が何かを確かめずにをくれると言ったのは店主さんです」
ゴルダが小さく呻く。 確かにあの時のレムリアは「“ソレ”を店主さんにお返しして」と言っていた。 ゴルダがあの状況で“ソレ”が指すものを“首薙ぎ”だと勘違いしたのも致し方ないだろう。
「……正に油断大敵だな」
ゴルダは大きく肩を落として茫然自失だ。 己が屍族の少年の手の平の上で踊らされていた事実は、闇商人としての自尊心を酷く傷つけていた。 流石に居た堪れなくなったのか、レムリアはばつが悪そうに頭を掻く。
「騙すような真似をして申し訳ありません。 ですが、こうでもしないと店主さんは屍族と無用な関係を持とうとはしなかったでしょう。 う~ん、やっぱり怒っていますか?」
レムリアが上目遣いにゴルダを見つめる。 その聡明そうな碧眼はウルウルと滲んでいた。
屍族とはいえ、子供相手にこれ以上の醜態を晒すのも情けないと感じたのか、ゴルダはレムリアから目を背けると、ひとつ咳払いをする。
「い、いや……、この堕街で騙し騙されの駆け引きはつきものだ。 それと見抜けなかったコチラにこそ落ち度がある。 元々お天道様の真下で店開きできるような真っ当な商売じゃない。 取引相手が脳足りんだと余計な心配も増すが、アンタのように賢い人間―――いや、屍族ならば大歓迎だ」
それに適度な緊張感を保てる点が特にいい。 ゴルダは内心でそう付け加えると晴れ晴れとした心からの笑顔をみせた。
だが、そうなるとゴルダには別の疑問が浮かんでくる。
「しかし、こちらが紛失したセナートル金貨に見合う金銭を用意できたらどうするつもりだったんだ?」
「その時は―――」
レムリアが勿体振るように言葉を切る。
「その時は?」
ゴルダは鑑定台に身を乗り出すようにレムリアの言葉に聞き入っている。
「補償は全部“ガープ銀貨”でお願いしますと―――仮にそれも満たしているようなら、全て“銅貨”でと言います。 条件を満たさなくなるまで貨幣換算価値の低い硬貨に切り替えるつもりでした。 カタチ的にボクたちは被害者なのだから、多少の無理は利くでしょう」
レムリアは事も無げに言ってのけた。
かなり乱暴な手段に思えるが、確かにガープ金貨四万三千枚は銀貨で四十三万枚、銅貨に換算すると四百三十万枚になる。 そんな大量の硬貨を常備している場所など政府直下の両替機関以外に見当がつかない。
「それと、店主さんがセナートル金貨での取引に応じてくださることにも確信がありました。 その金貨の真価を知る者なら、是が比にでも入手を試みることは計算済みでしたしね。 仮にセナートル金貨をスリ取る隙がなく、そちらが金貨を返す選択をしたとしても契約を破棄した分の違約金を頂くだけなので、ボクたちに損はありません」
「大したボウヤだ」
感心したようにゴルダは呟いた。
![]()

