「いっちば~ん♪」
プルミエールが岸壁に設けられた発掘口へと姿を消す。
「お、お待ちくださいっ」
数人の兵士たちが慌ててお転婆姫の後姿を追いかけていった。
騒々しいやり取りに、取り残された一同が呆れ返っていると、場を取り成すようにユイリーンが空咳をひとつする。
「巨人族の遺産と思しき墓地遺跡はロア湖の湖底地下で発見されました。 事の発端は近年多発する地殻変動による局所的な地盤沈下の影響で、ロア湖に水質異常が生じたことに起因します。 水源の調査を行っていた調査団が、湖底に生じた亀裂の先に湖底遺跡を発見したことにより、わたしたちノルド学術検査機関が動くことになりました。 調査した限り、入り口らしきものは発見されていない為、人工的に掘削した洞穴を遺跡内部の回廊と連結させています」
ユイリーンは姉姫が消えた洞口の前で、ミュークと双子に墓地遺跡の概略を理路整然と説明する。 まだ齢十歳にも満たぬ筈だが、先の失態を取り戻す為、カタリナ公に直談判して、件の襲撃があった玄室までの案内役を買ってでたそうだ。 思いの外、律儀な性格である。 ちなみにレムリアの首元に填められていた蛍輝石の封印具は、既に外されている。 発明品の実証試験を行う為の、絶好の被検者を見つけて、気持ちが先走ってのことらしい。 その辺は年相応の勇み足とも言える。 レムリア本人が気にしていないこともあり、ミュークも怒りの矛を収めていた。
「そ、その、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは?」
心許なげに眉を曇らすレムリアにユイリーンが真意を尋ね返す。
「遺跡は湖底にあるんですよね? ボ、ボク……全然泳げないので」
レムリアの危惧は当然だ。 屍族とは生来、水に浮く事ができず、流れる水を越える事ができないのである。
「その点は心配要りません。 どのような技法を用いたのかは未解明ですが、遺跡内部に浸水の跡は確認されておりませんわ」
ユイリーンが即座にレムリアの不安を払拭した。
「ふむ、グリムデンの大灯台と同様にノルドの優れた石加工技の賜物か、若しくは遺跡全体に霊的な保護が施されている可能性もあるの」
ミュークは言いながら、頭を打たないよう身を屈めて洞口を潜り抜ける。 グリムデンの大灯台という単語にユイリーンが僅かに反応するが、今回は問い詰めるようなことはなかった。
薄暗い洞穴は垂直に近い下り坂で、木材で組まれた足掛かりが遥か下方へと連なっていた。
「あっ、お待ちください。 ここから先はわたくしが先導致しますわ」
ユイリーンは足早にミュークを追い抜いて、一行の先頭に立つ。 危険を顧みない責任感は見上げたものだが、その遥か前方をプルミエールが闊歩している為、あまり意味がない行為である。
「それにしても、怪談・鬼譚の類が苦手な癖に、よくついて来きたの」
ミュークが傍らで恐々と歩を進めるレムリアに耳打ちをする。 この少年、知的好奇心は旺盛だが、解明不能な超常現象は大の苦手で、それらに纏わる場所に近づくことも敬遠していた。
「ミュークさまの暴走を止められるのはボクだけですから。 それに、アルル=モア正規兵の方々が護衛に付いてくれているから心強いです。 これなら、きっとオバケも出てこれないと思いますし……」
「ま、何も出てきて欲しくないという点にだけは同意見じゃ。 平和ボケした軍人ほど役に立たぬものはないからの」
ミュークは小さく独り言つと、周囲を取り巻く完全武装の兵士たちを、うんざりしたように見渡した。 カタリナ公の計らいで、かなりの数の護衛兵がふたりの王女に付き従っている。 しかし、紛争や内乱とは無縁なアルル=モアの軍隊が、実戦で役に立つとは到底思えなかった。 もっとも、彼らには別の役割もあるようで、ミュークたちの動きに逐一目を光らせているようだ。 要するに、貴賓の護衛とは別に、ウィズイッド家の監視役を兼ねているのだ。
「そもそも、オバケなんて非科学的なモノはこの世に存在しませんわ」
先を進むユイリーンが不謹慎な内緒話を問答無用で斬って捨てた。 かなりの地獄耳振りである。
「ボクもそうあって欲しいです」
レムリアが心から賛同の意を示して相槌を打つ。
それから暫く進むと、次第に傾斜が緩やかになり、目前に破壊された巨大な石組が現れた。
「コレは其方たちが空けたのか?」
ミュークは巨石に穿たれた大穴と、足元に降り積もる瓦礫と土砂を交互に眺めてから、訝しげに尋ねる。 穿孔開始部から貫通部まで滑らかな断面を晒す掘削穴は、到底、人族のなせる業とは思えなかったようだ。
「ええ、第二次調査隊に同行していたポウ技師が、自作の蒸気掘削機を用いたと伺っていますわ」
「一度、その技師殿に会ってみたいものじゃな」
「宜しくってよ。 でも、それならプルミエールお姉さまにお頼みになった方がきっと早いですわ。 ―――って、お姉さま!? また、ちょこまかと……」
気が付くと、つい先程まで一行の前方をうろちょろしていたプルミエールの背中が、完全に見えなくなっていた。
「目的地にいなければ、所用後に拾って帰るしかあるまい」
「そうですわね」
ミュークの提案にユイリーンは溜息混じりに頷く。 優先して探し出しても、直ぐにまた迷子になる可能性が大きいので、効率化を図ったようである。 その辺りは、ミュークより付き合いの長い、身内ならではの反応だった。
「玄室のある大広間には東西南北に其々這入口があり、多少遠回りになりますが、わたくしたちはその内のひとつ、南口に向かいます」
ユイリーンはそう言うと、再び先に立って誘導をはじめた。 先日の戦いの影響で、北と西の這入口が地崩れで半ば埋没してしまったそうだ。
墓地遺跡の内部は数多の回廊が入り組んで巨大な木の幹を連想させた。 しかし、巨石壁には、事前の調査で備え付けたものであろう篝火が等間隔に並んでおり、目的地まで迷う心配はなさそうである。 もっとも、例外とは結構身近にあるもので断定はできない。
「ふたりとも気づいておるか?」
ミュークは手の平に滲む汗を袖口で拭うと、声を落として双子に尋ねる。
「はい」
小さく頷いたレムリアが不安に満ちた目でミュークを見上げている。 返事は無いが、ルムファムも何処か落ち着かない様子であった。
「なにをこそこそ話しているのですか?」
ユイリーンが僅かに歩を緩めて後ろを振り返る。 幼げな顔から読み取れる感情は、苛立ちと不審の念だ。 ミュークたちが、逃亡を計るとでも勘ぐったのかもしれない。
「いや、こちらの話じゃ」
「プルミエールお姉さまに遺跡を荒らされると厄介です。 先を急ぎましょう」
ユイリーンに促されるまま、更に歩を進めると、回廊の終点と思しき石門が一行の視界に入った。
「嫌な予感がする。 この先に進んではならぬ」
ミュークがその場に立ち止まり制止を促す。 その視線の先には、プルミエールを見失ったらしい二名の兵士の後ろ姿があった。
「何を今更、目的地はもう直ぐそこです。 この先の大広間に―――」
ユイリーンが前方を指差した瞬間、
―――鼓膜を揺さぶる轟音
大広間と回廊の接合点で圧倒的な霊的因子が集束、そして展開する。 石門が内側から膨れ上がるように融解すると、視界を覆いつくす紅蓮と紫黒の焔が渦巻き、入口にいた二人の兵士が、瞬時に炭化して消し飛んでいた。 輻射熱の直撃を逃れた、ユイリーンと他の護衛の兵士たちも側壁に叩きつけられて、石床の上に薙ぎ倒されていく。
どうにか無事だったのは直前で立ち止まったミュークと双子を含む、数人の兵士だけだった。
「ひっ……どうなっているっ!?」
難を逃れた兵士のひとりが恐慌をきたしたように喚き散らす。
「木偶の坊共め、さっさと己の務めを果たさぬか」
「なっ、我らは栄えあるアルル=モア正規軍だ。 屍族如きに命令される謂れはない」
ミュークの叱咤に、隊長格と思しき壮年の男が逆上する。 名誉や肩書きに拘り無駄死にする典型的な堅物であるようだ。
「ならば、カタリナ公から与えられた使命を全うせよ。 ワチキの見立てではそこの小娘はまだ息がある。 手遅れにならぬ内に早々に連れ帰るがよい」
「えっ、あ……、ユ、ユイリーンさま」
隊長格の男は、ようやく状況を理解したようで、慌ててユイリーンの元に駆け寄る。 少女に脈があることを確認すると、動ける部下に命じて、まだ息がある兵士共々、後方に引き揚げていく。
「さて、ワチキ等の配役じゃが……。 正直、取り決めなど反故にして逃げ出したいところだが、そうもいくまいな」
ミュークは足元で腰を抜かしているレムリアに手を差し伸べて、立ち上がらせる。
「ミュークさま……。 こ、これって……」
「屍霊術に相違なかろう」
「で、でも、人体を金属の鎧ごと蒸発させるほどの熱量なんて、深層圏を統べる高位の術式でもなければ……」
レムリアも爆炎の正体に薄々気がついているようだ。 卓越した屍霊術の使い手であったアルフォンヌから直接、手解きを受けていたのだから当然である。 もっとも、アルフォンヌ曰く、「この子には、類稀なる才能はあるのだが、優しすぎる気質が邪魔をして、実践的な術式を学ぶに至らない」とのことだ。
「ならば、答えは簡単じゃ。 この先で、とびっきりの術者がお待ちかねというわけじゃ」
ミュークは乾いた口唇を舌先で舐めると、気怠そうに熱で融解した回廊を前進する。 その後を、つかつかとルムファムが続く。
「あ、あの、ミュークさま、どちらに行かれるのですか?」
「交渉相手を前にして逃げ帰るわけにもいかぬじゃろう。 それに、あ奴等がここを脱出するまでの時間稼ぎもせねばならぬ」
くすぶる炎塊と黒煙の淀みを抜けると、ミュークの視界が急速に開けた。
広大な空間の中央には六角形の段台基壇が在り、その頂点には玄室と思しき黒色の直方体が目視できる。
「ようこそ、“死せざる王”の墓標へ」
透き通るような男の声。
玄室の膝元で、背徳的な官能美を追求する彫刻芸術のように、銀髪の美丈夫が血色のドレスを肌蹴た屍族の少女の肢体に手指を絡ませていた。


