片目の偉丈夫はずかずかと貴賓質に踏み入る。 三つに分けて編み込まれた顎鬚が、大股な歩みに合わせて、陽に灼けて赤黒くなった彫りの深い顔の下で揺れている。 腰帯には物騒にも長大な半月刀が抜き身で吊るされていた。 併せて、癖のある黒い無精髪、上半身はほぼ半裸で、むき出しになった太い二の腕には、奇妙な文様の入れ墨が刻まれている。 その井出達は、宛ら野盗の首領といったところだ。
男の隻眼が円卓で対座する二者―――ミュークの面上をかすめて、ファナに留まる。
「アンタがウィズイッドの大屍族だな」
男は言うや否や一挙動で振り上げた半月刀を、ファナの頭部目掛けて打ち下ろす。 風が唸り、甲高い金属音が呼応した。 強烈極まる斬撃は、ファナの双刀によって受け止められていた。 男の分厚い唇から感嘆の息が洩れる。 更なる斬撃の応酬が繰り広げられると思いきや、男があっさりと刃をひく。 その顔は、既に用は済んだとばかりに満足そうであった。 驚くべきことに、白屍姫もそれに倣う。 相手の刃に殺気が含まれていなかったことに気づいていたようだ。
「それで、ワチキに何の用じゃ?」
ミュークがうんざりした口調で、男の誤認を正すように主張した。 出来るなら、係わり合いになりたくない手合いだが、男の口からウィズイッドの家名がでた以上、そうもいかなかったようだ。
男の視線が声に導かれて横に動く。 胡散臭げに狭められた隻眼が、ミュークの頭の天辺から爪先まで、値踏みするように睨め付けた。
「まさか、こっちのちっこいのがウィズイッドの大屍族なのか?」
「失礼な奴じゃな」
自尊心を深く傷つけられたミュークは、凄むように無礼者を睨み上げる。 普段は冷静だが、身体的な劣等感を触発されると、プルミエールに負けず劣らず頭に血が上りやすい。 隻眼の男も全く引く気配がなく、一触即発の空気が漂うが、慌てたように両者に割って入る者がいた。
「あわわ……バルバロトさん、教会船で会ったのは、こちらの屍族さんに間違いないです」
舌足らずな声と共に、亜麻色の髪の少女が手の平でミュークを指し示す。
「ん、教会船とな?」
その言葉に、真っ先に反応したのはミュークだった。 暫し黙考した後、はたと何かを思い出したように大きく口を開いた。
「そうじゃ! 其方はあの時、ルムにあっさり伸された見掛け倒しの守護騎士の娘!!」
「え、え~と、もう少し言葉を選んでいただけると、しあわせになれます」
ミュークの目前で所在無げに佇む少女は、教会船アメナディル号で出会った頼りなげな少女騎士と同一人物だった。 少女はかなり気落ちした様子で短躯を折ると、アリエッタ・ルーンフォルテと名乗る。 そして、自分は騎士見習いの身分だと付け加えた。
「うむ、教会船では済まぬことをした。 本来なら其方も連れて行くつもりじゃったが、不測の事態が立て続けに起こり、そうもいかなくなった」
ミュークは教会船での一件に詫びを入れるが、これは嘘である。 突如現れた、“グリムデンの竜鳥”に託けて脱出を計ったのは確かだが、アリエッタに関しては単に忘れていただけだ。 まぁ、その点に関してはプルミエールも同罪なのだが、当事者が問題視していなかったので、ここまで有耶無耶になっていた。
「いえいえ、お気になさらずです」
不幸吸引体質の少女は過剰に低姿勢であった。 そもそもアリエッタにしてみれば、どちらにしても、背負う不幸の絶対量は変わらなかったのである。 寧ろ、一時でもあの人型災厄発生器(プルミエール)と別行動だった為、降りかかる火の粉が減って内心では感謝していた。 それでもアリエッタがここに居る理由は、守護騎士団の端くれとしての矜持もあるが、プルミエールとの間に主従関係以上の絆が存在するからであろう。
「犯行を目撃した見習いの嬢ちゃんが言うんだ、間違いはないだろうが……。 こんなちんちくりんがねぇ」
「いい加減、しつこいぞよ。 そこの娘に糾弾されるなら甘んじて受け入れよう。 じゃが、汝は何の権利があってそのような悪口雑言を並べ立てておる」
男の暴言に堪り兼ねたミュークが長椅子から立ち上がる。 その紅眼には僅かに冥い燐光が宿っていた。 周囲に緊張が走り、アリエッタがあわあわと壁際まで後退る。 そのまま勢い余って貴紅酒の樽に躓いて、尻餅をつくように上蓋をぶち抜いてしまう。
「つめたいですぅ……」
膝丈のスカートがまくれ上がり、少女のショーツが丸見えだ。 元は白かったショーツは貴紅酒が染み込んで、下腹部に張りついている。 僅かに透けて見える内側の器官に後ろ髪を引かれつつも、ミュークは少女の痴態から視線を引き剥がす。
「白屍姫殿には遠く及ばぬが、ワチキとて、本気をだせば人族に遅れをとるつもりはない」
「こいつは……体中の毛穴が粟立つようだ。 なるほど、確かに嘘じゃないようだ」
男はおどけたように口笛を吹く。 放たれた鬼気を正面から受けて尚、不敵に微笑んでいた。
「最初から、そう言っておるじゃろう」
「ならこっちも言わせて貰うが、俺様のアメナディル号で人攫いとはどういった了見だ。 答え如何によっては容赦しねぇぞ」
ドスのきいた声で迫る男は、熊のような両手の指骨を、威嚇するように交互に鳴らす。
「汝、あの教会船の関係者だったのかや……」
ミュークの反応は露骨だった。 途端に言葉を失い、孕んだ怒気も霧散してしまう。 元より、己が願望を満たす為の誘拐計画である。 そこに負い目など微塵もなかった。 しかし、心ならずも同じ境遇に陥り、目前の人族に対して妙な共感が生まれてしまったようだ。 その上、自分に一方的な非があることを理解しているのだから、尚の事居た堪れない。 本人は否定するだろうが、プルミエールと行動を共にする内に、人族臭さに拍車が掛かったようである。
「あの金髪の嬢ちゃんは、将来、俺様の跡を継いでアメナディル号の船長になる“漢”だった。 それを連れ去った挙句、これまた厄介な奴等に横取りされたって話じゃねーか」
隻眼の男の語気は荒い。 ツッコミどころの多い発言だが、男が心底落胆していることはミュークにも伝わった。
後ろで、よろよろと立ち上がったアリエッタが手を横に振って「ないない」と、男の発言を一部、否定しているので、ミュークも敢えて指摘するのはやめた。
「(それにしても……)」
どうやら、この歪な二人組み、オルカザード家に絡む一連の出来事を存知しているようだ。 以前、カタリナ老公王が話した教会船アメナディル号からの特使とは、この者たちのことだったのだろうと、ミュークは推測した。
「その点については重ね重ね返す言葉もない」
「それで、お偉い大屍族さまは、どう落とし前つける気だい」
素直に謝罪したミュークに対して、被害者とはいえ、男の態度はどこまでも横柄である。 少なくとも一介の人族が大屍族に対してとる言動ではない。
既に、どちらが悪者かわからないやり取りだ。
「喧嘩はダメですぅ。 カタリナさまから、今はこの方たちと協力するようにと言われていますから」
あわあわとアリエッタが再度仲裁に入る。 ちなみに少女が実際に奏でる擬音はびちゃびちゃである。 貴紅酒が染み込んだ絨毯の弁償は、後々アリエッタ宛に請求されることだろう。 少女の未来に降りかかる不幸に、ただ一人気づいたファナがそっと瞑目していた。
「わーってるよ。 これぐらい噛まさないと、コイツの引き起こした騒ぎに、散々引っ掻き回された部下たちが浮かばれねぇ。 ここまではアメナディル号の船長としての建前だ。 で、ここからが俺様個人の本音だ」
隻眼の男は白い歯を見せてニカっと笑う。
「アンタのお陰で、聖人護衛や海外布教なんてつまらん役回りから解放されて、気侭な身分になれた。 ほんのちょっとだが感謝している」
その巨躯同様に大雑把な人間であった。 確かにこの男と禁欲は水と油の関係だろう。 もっともプルミエールに対する執心は本物のようで、必ず奪い返すと鼻息も荒く意気込んでいる。
「そういうわけだ。 俺様もちょいとばかし腕に覚えがある。 連れていけば役に立つぜ」
隻眼の男は、最大限の謙遜と身勝手な言い分が詰まった分厚い胸板を叩く。
その有様にミュークが苦笑いをする。 外見は全く異なるが、中身はプルミエールにそっくりだ。 だが、男の目的を理解すると、ひとつの疑問が生じる。
「しかし、端からプルミエール嬢の奪還に協力する気があったのならば、出会い頭のアレはどういった了見じゃ。 斬りつけられたのがワチキだったら冗談じゃ済まないことになっておったぞ」
「こまけぇこたぁ気にするな。 同盟相手が、俺様の背中を預けられる奴かどうか確認しただけさ。 軽い挨拶だよ」
この男なりに手加減がされていたのだろうが、挨拶がてらに斬られたのでは堪らない。 ミュークはどっと疲れたように肩を落とす。
「お互い気苦労が絶えぬようじゃな」
ミュークが傍らに目をやると、くたびれた表情で佇むアリエッタが悟りの境地で頷いた。
男の発言は気に障るが、大きな戦力になることは確かである。 一見してファナが優れた使い手だと見抜いたこともそうだが、不意打ちとはいえ、血染めの白屍姫と綽名される彼女に双刀を抜かせたのだ、この男も相当な手練れだと思われた。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。 俺様はバルバロト・アレクサンドロナ、よろしくたのむぜ」
男―――バルバロトの無駄に大きい声が朗々と室内に響いた。