4-03【煙街】


初稿:2013.04.16
編集:2023.11.19
※血ノ章の本編です

4-03【煙街】




 ベルムーテス五公国同盟に属するクロスメイデン公国は、地中深くに都市網が張り巡らされた地下国家である。 一年を通して寒冷で厳しい気候条件と、国土の大半を占める険しく起伏の多い地形が独自の発展を遂げる要因となった。 現在では、主要都市を煙土竜と呼ばれる蒸気機関鉄道で結ぶなど、西大陸随一の蒸気科学力を誇っている。 それらは全て、白竜の峰を覆う山岳氷河を水源とする豊富な地下水量と、水晶や褐炭、鉄鉱石などの鉱物資源を支える数多の地下鉱脈の恩恵があったらればこそである。 一方、酪農や製材業など一定の成果を実現している分野もあるが、農業においては後進国であった。
 そして、ここは同公国の最南端に位置する地下都市郡グラーゼ。
 その中央街を場違いに人目を引く一行が闊歩していた。 先頭を歩くのは紅衣を纏った眉目秀麗な青年屍族。 そのすぐ後ろを、真紅のドレスと東方風の衣装を其々着付けた屍族と人族、可憐なふたりの少女が続く。 少し離れた最後尾には、漆黒のドレスに燃えるような赤髪が映える美貌の娘屍族が、二頭の空馬の手綱を引き追従していた。 アルル=モア公国から北へ国境を越えたラグナウェルたちである。

「忌々しい陽の光の心配もいらないし、ここは楽園だね」

 ラールウェアの動きに合わせて真紅のドレスが軽やかに弧を描く。 昼日中に街中を物見遊山できる喜びを満喫しているようだ。 もっとも、現代では特殊な肌粉を素肌に塗り込むことにより、陽の光を擬似的に克服する手段が確立されている。 しかし、己の種に強い矜持を持つ名門屍族ほど、太陽の下での行動を潔しとしない傾向にあった。

「この手の技術は巨人族の専門分野だと考えていましたが、人族の進化も侮りがたいものです」

 アーネルが薄靄に包まれたグラーゼの街並みを関心したように見渡す。 蒸気機関による発電設備が整った地下都市は、昼夜をわかたず空気が黄昏色に染まっていた
 それに、屍族の姿もちらほらと視界に入る。 屍族に対して比較的友好な政策を採っているアルル=モアですら、できるだけ人目を避けるように暮らしていた屍族が、ここクロスメイデン公国では、完全に街の一部となっているようだ。
 屍族を教敵とするメナディエル正教を国教に定めたベルムーテス五公国同盟では、本来あり得ない光景であった。 蒸気文明の発展は宗教の形骸化を招く要因となり、結果として屍族と人族の交流が進んでいるようだ。
 もっともそんな屍族たちの感慨とは無縁の人族がひとり、

「うー、オナカすいたです」

 プルミエールが糸の切れた傀儡のように、その場にへたれ込む。 アルル=モアを出立時に用意した糧食が底を尽きて丸一日になる。 飢餓や貧困とは無縁な王宮育ちなので、節食や断食といった事態に耐性が低い。 もっとも、無駄に生命力は高そうなので誰も本気では心配していない。

「優に5日分の余裕があった糧食を、ほぼ一人で平らげておいてナニ言ってんのよ」

 ラールウェアが呆れて半眼になる。

「それにしてもここ数日は異常だな」

 ラグナウェルが奇異な眼で、石畳に座りこむ人族の妹を見下ろす。 もとから大食漢ではあったが、マイノムの古城にいた頃より、あきらかに食欲が増進している。

「あー、それなら霊環の影響だと思う。 調べてみたけど、結構えげつない呪具なんだよねソレ」

 ラールウェアがプルミエールの首元で鈍く輝く霊環アシュタリータを指差し、聞き捨てならない意見を述べた。

「どういう意味だ?」

「うーん、仕組みを全て解明できたわけじゃないんだけどね。 アシュタリータは周辺の生物から、生気を吸い取っているみたいなんだよね」

「なぜ今まで黙っていた」

 ラグナウェルは視線を合わせようとしないラールウェアを問い詰める。 話の概要だけでも十分に危険性を感じる。 周囲への影響を考慮すれば、隠し立てするような内容ではない。

「微々たる量だから気にするまでもなかったからね。 実験的にアタシが霊環を装着してた時はナニも変化がなかったけど、馬鹿プリが着けた後は、アシュタリータの無作為な生気の吸引が止まったから、もしやとは思ってたんだよね」

 要するに、真の資格者が霊環を身に着けたことによって、聖女本人から生気を吸い上げる本来の作用に戻ったのだろう。 歴代の聖女が十六歳で役目を終えることや、尽く早逝することにも関係があると考えて間違いないだろう。

「それをわかっていながら、放っておいたのか?」

 ラグナウェル自身も人道的とは言い難いが、生かしておくと決めた以上、最低限の配慮は必要だと考えているようだ。

「生命維持には問題なさそうだったからだよ。 お腹が減る以外はムダに元気だったでしょ」

 ラールウェアからすれば、兄を巡る恋敵が多少へばっていたほうが、都合がよいとでも考えていたのだろう。 それに今まで独り占めしていた立ち位置を奪われた、意趣返し的な意味合いもありそうだ。

「まぁ、いい。 今日はここで宿をとる。 それまでお前も我慢しろ」

 ラグナウェルは呆れたように息を吐くと、尻餅をついたプルミエールの手を引く。 この青年なりに気を遣っているのだろう。
 もっとも、それがラールウェアを苛立たせる原因でもあるのだが、その点は無頓着だ。

「そーゆーのお兄様には似合わないから」

 ラールウェアが唇を尖らせて不満を募らせる。

「お前は俺をなんだと思っているんだ?」

「私利私慾が最大の行動指針で、目的の為なら手段を選ばない。 それがアタシの知ってるお兄様♪」

 ラールウェアは早足でラグナウェルの正面に回りこみ、悪びれもせずに兄の非人間性を説いた。 一般的な悪口雑言も彼女にかかれば褒め言葉であるようだ。

「なら何も変わっていない。 俺は俺のやりたいようにやっているだけだ」

 ラグナウェルは立ち止まると、呆れたような溜め息と共に銀髪頭をかく。

「それに、俺にも飼い犬に餌をやるぐらいの器量はある」

 言葉を続け、その視線をよろよろと立ち上がった人族の少女に落とす。

「(それが表層だけで偽りだとしてもな……)」

「ぶーぶー、不公平だー。 アタシには全然優しくないー」

 安物の金メッキが如くあっさりとラールウェアの本音が露呈する。

「お前は端から俺の飼い犬になるつもりなんてないだろう」

「えー心外だな。 アタシは身も心もお兄様のモノなのに。 望むなら今ここでアタシを犯しても殺してもいいんだよ」

 ラールウェアは人差し指の先端を兄の胸元に突きつけて、冗談とも本気ともつかない発言で返す。

「お前に利用価値がなくなればそうするさ。 その点はお互い様だろ」

「アタシ的には、最初はただの利害関係だった二人が、いつしか禁断の愛に目覚めても不思議じゃないと思うの」

 皮肉たっぷりなラグナウェルの物言いにも、ラールウェアは気にする素振りすらみせず、夢見る乙女のように胸の前で手を組む。 潤んだ翠眼がキラキラと輝いていた。 種を問わず、少女趣味な思考は普遍的であるらしい。

「言ってろ」

 ラグナウェルはラールウェアを片手で押しのけて歩を進める。 冷たく遇われた屍族の少女は暫し立ち尽くしていたが、渋々ながら後に続く。
 すると今度はアーネルが早足にラグナウェルの背後へと近づく。

「ラグナウェルさま」

「次から次へと厄介事ばかりだな。 まぁいい、ラール、お前はプルミエールを連れて先に宿をとっておけ」

 ラグナウェルはアーネルの声音から何かを察したのか、ふたりの妹に別行動を促した。

「「ええー、ヤダ」」

 ラールウェアとプルミエールの声が見事にハモる。 イヤイヤする仕草まで同調していた。

「いけ」

「ちぇ、わかったよ。 それと抜け駆けは許さないからね」

 ラールウェアも有無を言わせぬラグナウェルの口調から、緊迫した空気を感じ取ったのだろう。 意味深な捨て台詞をアーネルに投げかけた後、空馬の手綱を受け取る。 それから空いた片手でプルミエールの首根っこを無造作に引っ掴み、暴れる人族の少女を引きずって表通りを進んでいった。

「それにしても、この俺に気配すら悟らせないとは大したものだ」

 ラグナウェルが姿なき追跡者の技量に素直に感心する。 確かに固定された複数の視線を感じた。 しかし、その方向はつかめない。

「複数か……ファナではないな」

「この街に足を踏み入れた直後から微かな違和感を感じていました。 先ほど、こちらが不意に立ち止まったことで、虚を突かれたのでしょう。 気配に逡巡が生じ、尾行を察知できました」

 今にして思えば、景観を眺めるフリをして周囲を窺っていたのだろう。 抜け目のない性格だ。

「では、俺たちもいくとするか」

 ラグナウェルは先行した二人が視界から消えるのを確認すると、アーネルを伴い横道に入る。 中心街の雑踏を避け、裏通りを進む。 路上に降り積もる赤茶けた煙塵が一歩進むごとに舞い上がった。

「屍族狩りでしょうか?」

「仮にそうだとしたら大した目利きだが、恐らく違うだろう」

 ラグナウェルがアーネルの言葉を否定する。 クロスメイデン公国はメナディエル正教を国教とするベルムーテス五公国同盟では異例だが、アルル=モア公国と並んで国内での屍族狩りを禁じている。 同国内で屍族を害すれば、罪に問われる。 殺るなら人目を避ける為、街に入る前を選ぶ筈だ。 それに、ただの賞金目当てならもっと殺りやすい相手を選ぶだろう。 同様に国境検閲を容易にすり抜けた時点で、プルミエール奪還が目的の追っ手の線も薄い。

「私怨の可能性は?」

「俺に恨みを持つ存在か。 考えるだけ無駄だな。 そんな奴掃いて捨てるほどいる……お前も含めな」

 ラグナウェルの冷涼な美貌に薄い微笑が宿っていた。 次第に速度を上げ、薄暗い脇道を駆け抜ける。 もはや、背後の追跡者は気配を絶っていない。 遠のく喧騒に混じり背後からニ対の足音が迫っていた。 薄暗く入り組んだ路地を走り回るなど、夜目が利く屍族か、土地勘がある者にしか出来ぬ芸当だ。 その点だけでも追跡者の正体を絞り込めた。

「まくのは無理だな」

 振り切ることが不可能だと判断したラグナウェルの割り切りは早い。
 殊更、人通りの少ない方へと足を向け、光りから遠ざかる分岐を選ぶ。 そうして、誘われるように閉ざされた炭坑跡地に辿りつく。 石炭の煤けた臭いが鼻を突いた。

「さて、要件を窺うとしようか」

 振り向いたラグナウェルがきっかり三拍の心音を数えた時、闇色の世界に二つの人影が姿を現した。





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