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Rainbow Seeker
その2
その2
バルビゾンの思い出がつい長くなってしまった。さてもう少しオルセー美
術館の中を歩こう。最上階に上ってみると1872年~19世紀末のピサ
ロ、ルノワール、モネ、ゴッホ、セザンヌ、ロートレック、ゴーガン、妻も
私も好きな、色の魔術師ボナール(1971年か72年の秋、京都市立美術
館にひとり授業をさぼって見に行き、その色の何とも言えぬ美しさに魅せら
れ、一回最後の一回勝負の一般教養、美学の後期試験にそのことを書いて
「C(可)」でだが、通ってしまったのを思い出す。年間数回しか出席して
いなかったのに。今から思えばまだ古き良き時代が残っていたのだろう。気
の利いた先生がたくさんいて、今ほど事務側が力を握っていなくて先生方の
裁量に委ねる所が大きかったように思う)といった超一流の印象派の画家の
作品が並ぶ。以前の印象派美術館の絵画がここにそっくり引越してきたわけ
だ。
ゆっくり味わいながら回る。外の景色がガラス越しによく見えるポイント
があって白いサクレクール寺院が青空の下くっきりモンパルナスの丘に見
え、その手前にリュルリー公園の緑が少し紅葉して鮮やかに見えた。再び室
内に目を移す。セザンヌの静物画の前で模写している人もいる。娘も興味深
そうに見て、なぜよく似た絵を描いているのか尋ねる。そうかと思うと体操
したりする。連れてきた価値があると思った。こうして幼くして本物の名画
に接すること自体意味があると思うからである。
途中綺麗なトイレで用を済ませ、ある奥まったひと気のない一室をさーっ
と見終えて下への降り口を探していると、かなり年配の背筋のシャンとした
係員のおじさんが少し離れた所からこっちを見て「ラ!」と大きな声で教え
てくれているようだが、その「ラ!」がよく分らずキョロキョロしている
と、さらに大きな声で「ラ! ラ!」と連発なさる。今度はどうやら「あっ
ちだ」と言っているのが分った。二度目で解せなかったら親切で言ってくれ
ている彼を失望させるのではないかと思って、かなり焦がった。先ほどフラ
ンス語の辞書で調べると「そこ あそこ」と載っている。このようにして生
きた言葉を覚えるのが楽しい。無事エレベーターで1階に降り、思い出に
「オルセー美術館」を購入し、美術館を出た。
車がバンバン走る道路を渡りセーヌ河沿いを歩く。セーヌの流れを見ると
落ち着く。ロワイヤル橋を渡り、あのピラミッドへ向かって歩いていると石
垣の上に乗ってチャップリン姿でパントマイムをしている役者がいた。娘が
大いなる関心を示すのでしばらく見る。前に小さなオルゴール大の小箱が置
かれている。カセットから流れるあの「街の灯」のテーマソングに合わせて
目や眉を巧みに動かすのである。楽しませてもらったので小箱にコインを入
れて先へと進む。見えてきた、見えてきた、あのガラスでできたピラミッド
が。周りには噴水が上がっている。なるほどうまく収まっている。コの字型
に囲む宮殿との間に、あまり違和感がない。どうやらここから入るらしい
が、今日は入らない。ルーブル宮の外壁の一部は修理中だった。以前は芝生
が敷き詰められていて、夕食後そこでごろっと寝そべって美しい夕日を見た
ものだが、今はすべて石で埋められている。その点は前の方が良かったと思
う。
昼食の時間だったので、パレ・ロワイヤル近くの以前妻とよく行ったセル
フ式のフランス料理店へ行くことにした。結構おいしかったからである。し
かし、リヴォリ通りを数回往復したがその店は消えてなくなっていた。仕方
ないのでオペラ通りのメトロ、ピラミッドから少し入ったところにある「や
きとり」でお昼を食べた。お昼の定食を注文した。ボリュームもそこそこあ
ったし味もおいしかったし値段もリーズナブルであった。随分流行ってい
て、フランス人客が多かった。我々の隣のテーブルもキャリアウーマンらし
きフランス女性3人が会話を楽しみながら器用に箸を使っていた。ウェイタ
ーは日本人ではなくインドネシアかどこかのアジア系の人達だった。日本人
はチーフ格のようだった。
この日の午後はショッピングに当てていた。明日は朝からヴェルサイユ宮
殿、そして夜8時オーステリッツ駅より特急タルゴでスペインへ向かう予定
なので、今日が日程的にベストなのである。内宮さんの助言に従いオー・プ
ランタンから訪れることにした。まず第一に私の母から頼まれていたカルテ
ィエの金縁の眼鏡から始めた。1階に高島屋があり、その近くにカルティエ
の店が入っていて容易に見つけられた。求めていた商品があった。男性の店
員だった。若干のトラブルが起こったのはその後だった。
トラベラーズチェックで払おうと思ったら、キャッシュに換金してキャッ
シュで払って欲しい。同じ階のすぐ近くの窓口ですぐ換金できるのでそこで
してくださいとのことだった。そこは小さなボックスになっていて少し太り
気味のおばちゃん風の女性が一段高いところに窓ガラスに囲まれて座ってい
た。私は必要な分のチェックに漢字でサインした。日本で購入するとき漢字
でサインしていたからである。パスポートと共に差し出すと、しばらく見て
「これはパスポートのサインとチェックのサインが違うのでダメだ」と言
う。確かにパスポートにはアルファベットで署名され、チェックには漢字で
署名されていた。しかし今までそんなことを言われたことがないので「それ
はおかしいではないか」と言っても彼女は聞こうとせずダメだの意の首を横
に振るジェスチャーを繰り返すばかりである。
仕方ないので、さきほどのカルティエの店員にその旨を英語で言うと「一
緒に行って私が説明をする」と言うのでもう一度両替所へ行く。彼がフラン
ス語でまくしたてる様に説明すると黙って聞いていた彼女は「それじゃO
K」と言って換金した。気に入らんオバハンだった。その後銀行や百貨店の
内の両替所で何度も換金したが、あんなことは一度もなかった。
無事に免税された眼鏡(以前のようにヴァンドーム広場にあるカルティエ
の本店には行かなかった。それは空港で免税手続きをし、そこで免税額をも
らうというのが嫌だったからである。せわしない空港内で、何かと思わぬト
ラブルの原因になり得るからである)を買った後、妻の腕時計を買いに今度
は高島屋へ移動した。いろいろ見て思案した結果シャルル・ジョルダンのが
気に入ったというのでそれに決めた。見る目がない私だが、僕から見てもそ
の腕時計のデザインはなかなかおしゃれで彼女の手に合っていると思った。
あとフォウションの紅茶等も買った。先ほどと同様免税された額で支払を済
ませた。その領収書を帰るときドゴール空港で税関に提示するのである。そ
ういう窓口が荷物チェックをする所にある。
そして子供服の階でレインコートにもなる薄手の赤いコートを買い、皮の
ジャンバーで良いのがあれば妻にと思って探したが残念ながら妻が気に入る
のがなく隣接する別の百貨店ラファイエットに移動することにした。夜はコ
ートが要るくらい寒くなっていた。私は今回スペインで皮のジャンパーを買
う予定だった。ラファイエットでも妻のお気に入りの品はなく、私と同じく
スペインで気に入ったのがあれば買うことになった。前回も訪れたことのあ
る食器売り場で、前は予算がなくて買わなかったナイフとフォークのセット
を見て歩いたが、結局今回も良いのは値段が張ることもあり、日本で買って
も同じだということになり買わなかった。
段々疲れてきたので1階で私のお気に入りのオードトワレ、ジバンシー
の「ジェントルマン」を購入してそこを去り、一旦ホテル「アストリア」に
戻って休むことにした。しかしいろんな売り場を歩き、日本の百貨店のディ
スプレイの違いに気付いたり、売る人、買う人の動向を比較したりできて、
疲れたが以前には全く気づかなかったフランスの中流または庶民感覚が物質
面から良く分った。同様のことをスペインでも経験するのだが、ついでなが
らこのラファイエットの向かいにイギリス系のバークレーという高級スーパ
ーがあり、以前そこで紅茶等を買ったことがあるが、なかなか綺麗で感じの
良い店であった。
ホテルに戻り貴重品をセーフティ・ボックスにしまい、ベッドに横たわ
る。この日は水曜日だった。当初の計画では体力があれば月、水だけ夜9時
15分まで開館しているルーブル美術館へ一度目の訪問をする予定だった
が、とても子供を連れては無理なので中止し、7日目の10月6日(日)に
集中的に重要ポイントを見学することにした。休憩後夕食をどこでしようか
ということになった。娘が日本食がいいと言うし、我々も昨夜フランス料理
だったので、和食に決まった。昭文社のガイドブックに、うどん、そばの
「なにわ」というのが載っていたのでそこへ行ってみることにした。初めて
なので地図で確認するが細部は行ってみないと分らない。メトロのライン3
利用でEUROPEからダイレクトで4つ目の駅QUATRE SEPTE
MBRE下車、そこから少し歩くらしい。メモを手に出かけた。
メトロから地上に上がったが外はすでに暗く、さてどちらへ行ったものや
らよく分からない。眠いという娘を胸側に抱いて南に向かう。突き当たりで
迷い、壁に目をやって通り名を探すがそこには見当たらず左へ折れてみた。
しばらく進み街角で通りの名前を見るがどうも違っていて、妻と相談しなが
ら困惑していると、通りがかりのフランス人のおばあちゃんが確かジャポ
ネ?何とか?恐らく日本料理店か?と言ったと思う。ウィと答えると我々の
進もうとしている進路と逆の方を指差してしばらく行けと教えて下さった。
先ほどの突き当たりから見れば、右の方へ少し行くと辻があり、左を見ると
右側に赤い提灯が小さく見えた。
娘はすでに目を覚ましていて、「親切なおばあちゃんに会えてよかった
ね」と言った。店内は狭くてカウンターとテーブルが3つ4つあった。窓際
のテーブルに座った。我々と入れ違いに若い女性が3,4人出て行った。メニ
ューを見ると、うどん、そば、それに丼物が中心でそれらを注文して楽しみ
に待った。カウンター内の日本人の店員にカウンターに座っている常連と思
われる男がなんだかだと日本の最近の出来事について、一人ぺらぺらと喋っ
ていた。店員は閉口しているようだった。
注文をとりに来たのは日本語のおぼつかないアジア系の女の子だった。さ
て、出てきた食事といえば、まったく駄目で私達の期待を裏切った。水分の
多すぎるびちょびちょのご飯の丼といい、ふやけてしまって腰のないうど
ん、そばといい、お世辞にもうまいとは言えぬ代物だった。全部食べないで
チップも置かないで勘定を済ませて店を出た。店の雰囲気も味も最低だった
と三人でぼやきながらパリの石畳をメトロへ向かって歩いた。五木寛之氏で
はないが、この街角にはもう二度と来ないだろうと思いながら。
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