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Rainbow Seeker
5.青空のチャマルチン駅
5.青空のチャマルチン駅と黄昏のレティーロ公園
10月4日、朝8時頃マドリッド、チャマルチン駅に着いた。天候は晴
れ。雲一つない真っ青な空。最高~!三度目だがいつも晴れている。空の青
さがパリと違う。ブルーがはっきりしていて輝いている。空の青さも木々の
緑もパリより濃く感じられる。私にとって晴れていないマドリッドなんて考
えられない。まず上に上がり両替をしに行く。駅構内のバンコ(銀行)には
長い列ができていた。それは十分予期していたので駅の外にある以前行った
ことのある銀行へ行った。この駅は少し殺風景だが随分大きな駅でプラット
ホームはすべて地上にあり、エスカレーターで上がると2階がだだっ広いロ
ビーになっていて、例のスペイン独特のサラミを挟んだサンドやアグアやも
ちろんカフェ・コン・レチェ(coffee with milk)等がU
字型の大きなカウンターで白の上着に黒のズボンという制服姿のおじさんた
ち(必ずと言っていいくらい男性)によって売られている。土産物物産や本
屋などもあり、構内全体が待合室のようなものだから、黒色のソファがいた
るところにある。
駅の外の広い道路にはタクシーが数台並んでいた。そこを横切り、階段を
降りしばらく歩くと銀行がいくつかあった。バークレー銀行が開いていたの
でイギリスの銀行だし大丈夫だろうと思って入ることにした。安全管理のた
めロック方式になっていて少々てこずる。何とか中に入ることができ、3万
円くらいトラベラーズチェックを換金したが、すごく手数料が高くて納得が
いかなかった。10%近かったと記憶している。これだからいくら名が通っ
ている銀行でも小さな銀行では多額な換金はできないのだ。これなら2人を
残してここまで来なくても、少し我慢して駅の構内で両替した方がよかった
と後悔した。
駅に戻り、とりあえずこのチャマルチン駅からアトーチャ駅へRENFE
(国鉄)で移動し、そこで朝食をとることにした。このマドリッドの中心地
に入る方法はなかなか通のアプローチなのである。アトーチャまでは3つほ
ど駅がありメトロになっている。懐かしいアトーチャ駅に着いてみると、あ
ちこちで大規模な工事をしていた。どうやら来年のバルセローナ・オリンピ
ックに備えているようだ。そうとう拡張しているようだ。最初にこの駅名を
聞いた時、なんとスペイン的な響きかと思った。この駅には思い出がいっぱ
い詰まっている。というのは、ここからスペインの南都、アンダルシア地
方、そしてコスタ・デル・ソルと呼ばれる素晴らしい地中海の海岸へ向かっ
て出発するからである。グラナダへ向かうため夜行列車に乗った夜を思い出
す。またわが愛する古都N市と姉妹都市である本当に古い街トレドや王宮の
あるアランフェスへもここから列車が出るのである。昔からある極めて重要
な駅なのである。
最初の頃の話だが、この駅前で豆を売っていたので、ひまわりの種を買っ
てそのまま食べた。それが結構おいしい。ただ種の皮が噛み砕きにくいのに
は閉口した。そして後にスペインに詳しい人にその皮は食べないんだよと教
えられ、やっぱりそうか食べにくかったもんなと思ったものだった。駅の構
内を出口に向かって歩いているとちょうど良いカフェテリアが見つかったの
でいくつかのパンとカフェコンレチェを立ちながら飲んだ。実においしいカ
フェコンレチェだった。ともかく日本と違って、フランス、イタリア、スペ
インにおけるカフェコンレチェとアイスクリームには「はずれ」がまずな
い。娘はオレンジジュースを飲んだと思う。食べると元気が出て来た。まず
はプラード美術館を見に行くことにした。この駅から歩いてすぐだ。
美術館への道はニースの海岸沿いのプロムナード(散歩道)を思い出させ
るような立派なもので、大きな木が左右に規則的に並んで芝生の手入れも良
い。美術館に着いて入ろうとすると、その大きな荷物では入れないと無愛想
に係員のおじさんが言う。預けられないのかと尋ねても、そんなのはないと
おっしゃる。納得できないが仕方ないので、少し歩いたところにある正式の
入り口の前にあるGOYAの立像をカメラに収めた。いつもはこっちから入
るので、ひょっとしたらこちらの入り口なら荷物を預かってくれるかも知ら
ないと思ったが、明朝再訪することにし、ここは計画を変更して日本で予約
済みのホテル、アストリア(偶然パリのホテル名と酷似している)に直行す
ることにした。途中、スペイン銀行の近くの公園のベンチに妻と娘を待た
せ、荷物を置いて両替にスペイン銀行へ行った。なぜなら、今回は僕の皮の
ジャンパーを含め、マドリッドで一番有名な百貨店コルテ・イングレスで買
うつもりだったのでそれ相応な額を替えておく必要があり、その際手数料に
ついてスペイン銀行が最も信頼できることを以前利用して知っていたからで
ある。
しかしシステムが変わったらしく銀行の入り口で個人の両替はしていない
と断られた。9年の歳月のどうしようもない隔たりを浦島太郎のように感じ
させられる。そこは粘りで数件当った後(トラベラーズチェックを扱わない
銀行もある)アルカラ通りを渡った所にあるBANCO CENTRALと
いう立派な銀行があり、そこで900ドル位替えた。コミッションは1・3
5%位で問題なかったのだが、時間がかなりかかった。そこから地下道で郵
便局へ行き、切手を買って戻った。公園に戻ると約1時間も過ぎていたと妻
に教えられた。事情を説明しリュックを担ぎ、先ほど通った地下道に降り、
売店でポーストカードを見ると洒落たのがあって数枚買う。
お金を払おうと思っておじさんを見ると。表に出てなにやら話に夢中で、
他の客と目が合って、肩を少し上げてしようがないなと微笑み合う。スペイ
ン人は話好きで、しかも誰も彼も皆立て板に水で、とちったりどもったりす
る会話をあまり聞かない。階段を上がっていると、真中付近に横たわってい
る、よれよれの服を着た女性がいた。手元にコインが入った缶を置いてい
る。パリ・マドリッドのような大都会ではたまに見かける光景だ。娘がじっ
と見て「あのおばさん、どうしたの?」と訊くので「何かの事情でお金がな
くて困っているんだよ」と答えると「○○ちゃんもあげたい」というので彼
女にコインを渡した。彼女は缶の中にそれを入れた。こういうことも今回の
旅の狙いだった。いろんな人がいて、いろんな現実があるということ。それ
をどう捉えるかと深く考え出すと様々な見方があり、難しい問題だが、とり
あえずその現実を見るということに大きな意味があると思う。そしてどう考
え、対処するかについては彼女がもっと成長してからいくらでも私なりの意
見が言えると考えている。
再び地上に出て、プエルタ・デル・ソル広場の一つ手前のSEVILLA
まで広いアルカラ通りの上り坂を歩く。途中、懐かしい通りが右に見えた。
昔のホセ・アントニオ通り、今のグラン・ビア通りだ。いったい何度私と妻
とはこのグラン・ビア通りを上ったり下ったりして歩いたことか。ブラン・
ビア通りを上りきったあたりに中央電話局があり、その近くにSEPUとい
う名のスーパーマーケットがある。その横を入って3ブロック目の2軒目ぐ
らいの4階あたりにAMADEOというペンションがあって、そこが我々の
常宿だった。だからスペイン広場に行くにしても、ソルに出るにしても、ま
た私たちのお気に入りのマヨール広場に行くにしても、先ほどいた付近にあ
る、あのお城の如き立派な中央郵便局を訪れるにしても、そしてカンポ・
デ・クリプターナの風車を見てアトーチャ駅に戻り、そこからアマデオに帰
るときもこの通りを必ず歩くことになるのである。
ホテルは思いのほか簡単に見つかった。先ほどの通りを上り切り、向こう
にプエルタ・デル・ソル広場が小さく見えたところにメトロのセビリャがあ
り、そこを左に折れてすぐに「TRYP ASTURIUS」という黄色い
看板が見えたからである。ホテルに入った。カウンターですでに日本で予約
も含め費用支払まですべて済ましてきた旨を書類を見せて伝えた。すぐに部
屋のキーが出てくるかなと彼等の動作を見ていると、果たして2人で私の書
類を見て相談したり、何か要領の得ないことをしている。どうせこんなこと
だろうと思っていた。ややこしい理由の分らんことと言ったら徹底的に戦う
心の用意をした。
まもなく女性がルームナンバーを言い、キーを渡した。古いエレベーター
で確か5階(即ち日本の6階)へ上り、ぐるりとまわりながら505へ向か
った。ドアが開いていて掃除機をかけているらしい。声をかけて中へ入ると
驚いたように掃除婦がこちらを見た。「この部屋が私達の部屋なんだが」と
言うと彼女は「ちょっと待って」ち言ってその部屋からフロントに電話をし
た。で、すぐに合点がいったらしく電話を切った。実は私のミスで部屋を間
違えていたのであった。彼女に言われて初めて気付いたのである。今度は大
丈夫と部屋番号を確認して開けようとすると、パリのホテルと同様、鍵の具
合が悪い。テクニックがいる。妻がするとカチャっと開いた。どうしてこう
すっと行かないのかと少々苛立つ。建物が古い中級レベルのホテルには付き
物と諦める。
結構広い。壁は真っ白でベッドやドアや椅子の木の色とマッチしてスペイ
ン的だ。あと、あの危惧されるシャワーさえそこそこなら合格ってとこだっ
たが、早速使ってみると温度は良いが、馬鹿ほど水の出るのには皮膚どころ
か、大げさに言えば頭の骨が痛いほどで閉口した。どうしてこうシャワーに
は恵まれないのだろうか。さっぱりして少しベッドに横たわり休憩した。下
の方から活気ある大都会特有の音が心地良く、透明感をもって聞こえ、窓か
ら向かいのビルの天辺が真っ青な空を背景にくっきり見える。もう昼だっ
た。
お腹が空いたので、昼を食べるために元気よくソル広場に向かって歩いて
いく。以前行ったことのあるスイス風レストランへ行くことにした。コンソ
メのスープがすごくおいしくって他にもパンとかサラミ等があって、入って
すぐのロビーで立食できる。しっかり覚えているつもりだったが、久しぶり
で見る、何本も出ているソルからの道の多さに圧倒され、うまく見つけられ
ず、ついある店のおいしそうなパエリア等の写真に誘惑され、開け放たれた
入り口でどうしようかしばし迷ったが、結局中に入ることにした。出て来た
パエリアはご飯がふやふやし過ぎる難点はあったが、空腹のため結構おいし
いと言い合って食べた。他にも何か1品注文して皆一緒に食べた。ラクエン
タ(お勘定)して表に出た。味といい、雰囲気といい、どちらかといえば失
敗作の類に入るレストランだった。
すっきりしないまま確かにこの辺だったんだがとまだしつこく言っている
と、ほんそこにあったのである。スイスのレストランが。あの時、もう5軒
ほど進んでいたら...という英文法の仮定法過去完了を使って表わす、過去の
反事実ーといやつを想定せずにはいられなかった。口直しに入った。そして
コンソメを飲んだ。白いコーヒーカップのような器に生ビールの栓のような
所から自分で入れて飲むのである。うれしいことにお代わりOKなのであ
る。3人共おいしいと言ってお代わりした。娘が店員のおじいちゃんから小
さなクリームコロッケを一つもらった。
マヨール広場に行くことにした。ソル広場から左の方に入っていくのだ
が、途中でアイスクリームを買って食べながら歩く。カラマレス・フリート
ス(いかの輪切りのフライしたもの)の山がタパス(一杯飲み屋のようなも
の、ゆでタコをスライスしそれにオリーブ油をたっぷりかけ、さらにそれに
パプリカをふりかけた物といったつまみがとてもおいしい)のウィンドーか
ら見える。観光客だけでなくサラリーマンも仕事が終わってからタパスに立
ち寄るのである。日本でいえば、ビアガーデンがそれに近い。懐かしいマヨ
ール広場のカフェの椅子に座りカフェコンレチェを飲む。
この小豆色した堅固な建物に囲まれた広場の中央にはフェリペ3世の騎馬
像が立っている。よく夕食後ここへ来て夏の夕暮れを楽しんだものだ。即席
の舞台が出来て若者たちがギターを弾き始める。あの頃はカフェではなく舞
台の端とかに座っていたが、それがまたなんとも言えぬ明日に対する不安感
ゆえに、今に対する充足感があった。夕暮れと言っても、妻と「東京飯店」
や「どん底」といった日本料理店で夕食をとってから散歩がてらに行くのだ
から9時頃のことである。
休憩もしたし、今のうちに百貨店エル・コルテ・イングレスへ行こうとい
うことになった。再びソル広場に戻らなければならない。ソル広場付近の露
天の店でおもちゃのサングラスが売っているのを見つけ、眩しいので買って
欲しいと娘が言うので、緑色をしたプラスチック製のフレームのサングラス
を買ってあげた。はめてみるとなかなかよく似合っていた。左に折れるとす
ぐに目的物があった。入り口の上に大きなイギリスの旗ユニオンジャックが
ビルを包むように貼り付いているのですぐわかる。この前は何度もこの前を
通ったことがある。いつもアマデオへ帰る途中だったから、閉店後でやたら
明るいイリュミネイションがビルの壁を照らしているなと思っていた。横の
人道には、ギターに合わせて歌う若者が沢山たむろしていて、一昔前のヒッ
ピーを思い出させた。そのリズムに合わせて踊って妻を喜ばせたりした。サ
ンタナの「哀愁のヨーロッパ」って感じだった。
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