消失を彷徨う空中庭園

消失を彷徨う空中庭園

第十五章 手記


「教授、少し変ですね。放射線に関するあらゆる測定値が揃ってます。巨額の設備投資までして。これは一体……」
「私の方も同じだ。もしかすると、我々は根本から間違っていたようだね」
 サラはワイズマンのことを思い出した。彼は、真相を追究するためのカードを手に入れたと話していた。そしてそのカードを手に入れた彼らは、生物学的な研究ではなく薬物の投与や放射性物質の実験をしていた。そこにどんな真実があるというのか。
 しかも、日付が新しいファイルほど、放射性物質に関連する実験が増えてきた。崩壊モードや放射線障害など、生物学には無関係な資料もかなり多い。

 サラは、再び膨大なデータを最初から目を通すことにした。
 しばらくして、埋没しそうな大容量のファイルの中に、手記のようなものを見つけた。
「花を生み出した男」と、タイトルが付けられている。そこには厳重なパスと英語の注釈が添えられていた。サラはファイルを開いた。

 私は、戦争のどさくさで設備と機密を持ち逃げした。彼と私の研究が結果的に原子爆弾を生み出してしまったことへの自責もあった。私も、当時流行していた大量のウラン中で連鎖核反応を起こすことの研究をしていた一人だった。科学者は誰もがショックだったはずだ。あれ以上の兵器を開発することなど、世界の破滅しか生まない。平和な時代であれば、兵器として利用されずに済んだものを。彼と私の思いは踏みにじられ、彼は残って科学者としての訴えを主張し、私は一人で逃げた。
 私は世を捨てるつもりでいた。そう思いながら知り合いを辿った。心当たりにあるのは、山を一つ所有するほどの金持ちの知己だ。友人は、快く私に協力してくれた。私は彼の援助もあったおかげで、山小屋に自前の研究所のようなものを立ち上げることが出来た。そして、一人で花の研究に明け暮れた。元々は、私は生物学に興味があったのだ。その当時の興味は、ラン科の種間雑種だった。それが成功すると、段々遠縁のものとの交配を行った。そして飽くなき好奇心は、全く新たな種とも思えるものも生み出した。しかし、恣意的に生み出された彼らが自生することはほとんどできなかった。ライガーと同じだ。理からはずれた生物は、生殖能力を持たない孤独な存在なのだった。そしてその研究も飽きてくると、私は愛した植物に放射線を当てることをするようになった。すると稀に突然変異のような種が産まれる。それも、今までと全く違う種が産まれるのだった。私は新しい種を生み出すことに熱心だった。だが、私の好奇心を満たすにはまだ足りなかった。そこで私は世界中を飛び回って、研究の材料となる植物の採取に心血を注いだ。
 何年の月日を費やしただろうか。完成までの道程はもはや覚えてはおらぬ。最後に、キメラのような彼が誕生した。奇跡のような花だった。彼は山に根を張った。強い生命力を持っていた。孤独な存在のはずの彼は、自分の周りに白い花を生み出した。私に作り出された存在は、私の手の内ではなく、大自然の中で生きる道を自ら求めていた。
 しかし彼の寿命は長くなかった。数ヶ月で死に絶えてしまう。私は彼を生かすための研究を始めた。彼にとって、自生するためには条件の整った環境が必要だった。だが、私としては彼の致命的な欠点を書き記すことは最も厭うことである。なぜなら、学術を理解せぬ不遜な輩に悪用されることを恐れるからだ。よって、私が書き記すのはここまでとする。

 文章はそこで終わっていた。
「教授。こんなことがあったなんて」
「俄には信じられないな。我々は分子レベルまで研究をしているが、新しい生命を創出する科学力には到底及ばない。こんな研究が実を結ぶなどどう受け止めればいいかわからないよ」

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