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ライフキャリアアドバイザー

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2010年12月24日
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カテゴリ: 今日のこの人

「ビジネス交換日記2010」 連動
━━━━━━━━━━━━━━━━━

◇インタビュー 経営コンサルタント 須藤 峻 さん(27歳)

 ~自走する力が鍵になる。
新たな時代をいかにして創り上げていくのか、
そこにどうやって自身の力を投じていけるのか

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最近仕事を通じて知り合った須藤さんとは、ご挨拶だけでゆっくり

いましたが、今回はその造詣の深さやこれまでの波乱の社会人生活
についてお話を伺いました。


【山】 独立して経営コンサルタントをしていらっしゃるんですね。

【須】 現在は、3名体制でコンサルティングの会社を経営しており、
ミッション経営導入やブランディング等を行っています。独立に至る
過程をお話しようと思うのですが、そこには僕が生まれ育った背景が
大きく影響していると思いますので、そこからお話させて頂きます。

僕は、祖父母、母が画家という家に生まれました。絵描きという人種は、
社会制度の内部に組み込まれていない、アウトサイダー的存在です。

彼らは、社会や文明を外部から観察するという視座に立ち続けており、
生まれた時からそのような環境の中で育った僕が、大学で文化人類学や



在学中の就職活動では、デザイン事務所やコピーライターを目指すものの
上手くいかず、1年間の就職浪人を経験します。
今思えば、親、そして芸術家という生き方を肯定するあまり、
一般的な職業を少なからず軽んじていたのでしょう。その想いが、
チャンスつぶしていたように思います。


どうにか成功に終わります。


その要因は、まずは「働く」ということに気持ちが向いたこと、
社会人が夢中になっているビジネスという“ゲーム”がどんなものか
知りたいという気持ちが芽生えたこと、そして、まだ道が残されていた、
良い大学を出て、一流の企業に勤め、人生の成功者になるという
成功物語にすがったという側面もあったと思います。

幸い、売り手市場の時期でもありコンサルティングファームに
就職することができました。ところが、最初に携わった仕事で、
もう会社がいけてない、こういう仕事は全然向いていないと
感じてしまったんです。


【山】 それは、クライアントですか? それとも、自分の会社ですか?

【須】両方ですね。

ゲンナリしたものの、お給料をもらっているのだから、その責務を
果たそうという意識は強かったので、毎日一生懸命に仕事をしました。

結果、その仕事ぶりが評価されて、重要プロジェクトに抜擢されたのです。
その時点で入社して3ヶ月しか経っていなかったのですが、
3年目の社員としての客先常駐生活が始まりました。

コンサルタントとしての専門知識も客先の業界知識もほとんどない
状態でしたから、お客さんに「○○できる?」と聞かれたら
とりあえず全て「はい!」と答えてゼロから調べる。

上司は、忙しくて、僕の仕事の管理はほとんどできない状況だったので、
毎日がつま先立ちして綱渡りするような日々でした。



【山】 3年目の社員として派遣する会社も会社ですが、
そのような環境で仕事をしていた須藤さんがすごいですね。
普通の新入社員なら、退職しているところですよ。

【須】知識も経験もないので、「自力」で切り抜けるしかないんですよ。

自分のコミュニケーションスキル、キャラクター、思考力、知識、洞察力・・・
なりふり構わず全ての力を総動員して一日一日をこなしていく。本当に必死でした。

そんな状況にもかかわらず、仕事を続けられた理由の3割は、「自力」が
どこまで通用するか試してみたいと言う気持ちでした。残りの7割は、
お客さんが自分を信頼してくれて、また、感謝してくれることがうれしく、
その期待に沿いたいと切に感じたことです。

その様な状況だったので、プロジェクトを無事終えた時は、本当にほっとしました。

得たものはたくさんありましたが、未経験の事柄を進めていく方法論が感覚として
わかったのは大きかったです。どうしたら“全くわからないものがわかるように
なる”のか、つまり「わかる仕方」が理解できたということです。


その後、長短のプロジェクトを経験したのですが、
そんなある日、某会社からヘッドハンティングを受けます。

元々会社の方針と自身の方向性の違いを感じていたこと、より必要とされる
場所で働きたいと考えたことなどから、転職する方向性で動いていたのですが、
その話がもつれてしまい、結局声をかけて頂いた会社への転職は諦めざるを
えませんでした。自社に残るわけにもいきませんでしたし、
転職先が決まらぬまま退職を決めます。


それから、半年くらいは仕事もなく、だれからも必要とされず、
どこにも所属していないという時期を過ごしました。

宙ぶらりんの日々の中で、自分の存在意義や将来の方向性について
毎日考えていました。

悩んだ挙句、友人と3名で会社の設立に動きます。
設立後、ある老舗食品メーカーのブランド構築の仕事を頂き、
また、並行して他にもいくつか仕事を行っています。


振り返れば、本当に多くを学んだ1年でした。
僕の生涯でも大きな意味を持つ日々だったと思います。

今改めて、コンサルティングという仕事の意義や面白み、
やりがいを感じていますし、案件の内容が、まさに“ビジネスとは何か”、
“企業とは何か”と言った内容を考える仕事だったのも縁を感じています。
仕事のために哲学書を読む日が来るとは思ってもいませんでした。

この1年はまた、内面における成長を実感する1年でもありました。
例えば、虚栄心の克服はその一つと言えると思います。



【山】 それまでは虚栄心があったのですか?

【須】「人がうらやむ人生設計、かっこいい生き方」、という選択肢が
まだ残っている状況の中にいたので、 やはり、そういった自己像への
未練があったと思います。

ひとつの転機は、6月ごろからHさん(注.私たちの共通の知人)の
会社の朝礼に参加させていただくようになったことです。
Hさんに「君は本当に薄っぺらだね」と言われたことを良く覚えています。

「作為を捨てろ」、「自分自身を裏切るな」、「シンプルになれ」と
叱咤される日々の中で、少なからずあった自信は解体していきました。

その中で虚栄心もゆっくりとほどけていったのです。

正直なところ、自分の弱さや汚さと向き合うのは苦しかった。
しかし、Hさんの発言が正しいという確信が僕にはあった。
なぜなら、それは僕が“知っていて実現できていないこと”だったからです。

それからの数カ月は、ありのままの自分を肯定するという在り方を徹底し、
自分自身と向き合う日々でした。あの時、声をかけていただかなかったら
今の僕はないと思います。Hさんには本当に感謝しています。



【山】 普通なら長い時間をかけて経験したり、気づいたりすることを、
須藤さんは短期間に凝縮して体験されたわけですが、
今、何かを突き抜けたところから、突き抜けられずに悩んでいる若者に
アドバイスいただけませんか?

【須】そうですね。

“自分を変えていく力”を涵養することだと思います。
それは自走する力とも言い換えられるかもしれません。

“自分を変える”というのは、新しい情報や考え方を論理の体系である
精神に取り込み自分の思想全体を変えていくという作業です。


僕は、人の精神は樹木の様なものだと思っています。
根っこから枝葉まで一貫し、矛盾のない一つの哲学でできている木立です。

桜は根も葉も桜、椿はどこを切っても椿です。桜から松が芽吹いたり、
木蓮が咲いたりするのはおかしい。それは“不自然”です。
知識や理論におきかえて表現すれば、それは血肉化されていない
“借り物”の知識だということです。

単に、新しい知識を“とっかえひっかえ”しているだけでは、
生き方は変わらない。それは、枯木に切り花を飾って、
咲いているように見せかけているようなものです。
樹木とのつながりがなければ、すぐに花は枯れてしまいます。

一貫した理論体系としての自己の精神、すなわち樹木を育めば、
根が吸い込んだ新たな情報や考え方という栄養を枝葉にまで
いきわたらせることができる。新しい栄養によって、価値観、現実認識、
行動パターンを含む樹木全体を変化させることができるのです。


しかし、この一貫した論理体系の構築という作業は簡単ではありません。
それは、徹底的な自己との対話を必要とします。

自身の欲望や行動、考え方や信念、信仰心や感情、理論や知識、
その全てを意識化し、一貫した自分へと構築するのは時間のかかる、
忍耐のいる作業ですし、きっとゴールはない。

それでも“自分を変える”、“突き抜ける”ためには、
この作業を地道に続けていくしかないのだと思います。



【山】 少し話は変わりますが、今の若い人たちは、何に悩んでいるんでしょうね。

【須】僕の年齢をはさんで前後5年くらいの世代は、自己実現が最大善であると
教育されてきた世代なんです。

自己実現をありのままの自分でいられる状態、自分のわがままが100%
認められることと誤って理解しているため、自己実現ができない場所にいると、
ここは自分の居場所じゃないと感じてしまう。居場所じゃないどころか、
そこから脱出することが義務なのだとさえ考えてしまう。

だから、転職を考えるし、世界放浪に出てしまうし、アーティスト
(100%の自己表現者)になってしまう。

一方で、企業側は、労働力をコストと考え、
人を使い捨てにする傾向が強まってきました。
この内外からの圧力のなかで、若者は苦しんでいるわけです。


また、思想史的な視点で若者の苦しみを語るのであれば、苦しみの根源は、
正しさの喪失だと思います。我々の親の世代、もう少し上の世代までは、
少なくとも信じられる正義がありました。

それは、男らしさや女らしさ、家族や親族の血縁関係、伝統行事に始まり、
正しい人生プラン、正しい日本人像、そして経済成長という物語です。

しかし、ここ10年ほどで、それらはほとんど消滅してしまいました。
このように、常識や正義、汎用的な社会的な価値観が消えてしまった状況を、
哲学では“大きな物語の喪失”と呼んでいます。


現代日本は、生き方のロールモデルがなくなり、何を目指し、誰を目指し、
何のために生きるのかといった問いの答えがなくなってしまった時代です。

労働という環境においても、労働する理由がわからなくなってしまったので、
悶々とせざるを得ない。何故、こんなところで働かなくてはならないのだろう、と。



【山】 社会制度や価値観は、人間が作ったものですから、間尺に合わなくなることは
あっても、命ある人間という点からの正義や倫理は変わらずにあると思うのですが。

【須】正義や倫理とは異なるかもしれませんが、“正しさ”や“信じられるもの”の
対象としてクローズアップされてきているのが“身体”です。

身体性への回帰は今後ますます高まっていくでしょう。ヨガや古武術、
ダンスやオーガニック、デトックス、代替医療等の流行は、その表れでしょう。

現代という時代は社会的な価値観の転換期、過渡期であり、
最も混乱が表面化する時代だと感じています。
故に、ポジティブな現象もネガティブな現象も極大化する。


しかし、僕はある種楽観的です。

自分自身もその渦中にあるひとりとして、自分も含め若い世代が
これからの新しい時代のライフモデルを見つけていけると信じています。

僕は、新たな時代をいかにして創り上げていくのか、そこにどうやって
自身の力を投じていけるのかを今まさに探しているところです。


【山】 興味深いお話をありがとうございました。









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最終更新日  2010年12月24日 09時01分07秒 コメントを書く


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