最近、ダンスサークルに行くのを避けている。ある人と顔を合わせたくない、と、心から思う。自分が嫌われているのを、芯まで知っている。存在を憎まれている、私個人が、というよりは、私のような人間が嫌いだと……そんなニュアンスを彼女は匂わせている。
朝、起きて、冴えない天気……窓ガラスから窺えるのはただ外が曇っていること。感じられるのは、昨日よりも寒くなったこと……
私は今日の予定を反芻する。ダンスに行くべきか行かないべきか、とりあえずは、公共料金を支払うことと、図書館にそろそろ本を返しに行くべきだろう。ボジョレーはどうしようか??
だが、それは一日の終わりのことだ。今は考えるべきではない。
ふと、寒すぎて、体中のエネルギーが奪われて、布団の中にこもって、脚を即席湯たんぽで暖めて、吉田拓郎を聞いていた。私のスタイル、私が愛した歌い手とは違う主張の仕方、私が愛した歌手達が傷つきやすく、力一杯に、どこか世の中に対して反抗的に生きている人達だとすると、吉田拓郎はどこか力が抜けている。そして、悲しみや諦めを通して、一枚硝子の向うに世の中を捉えているような気がする。
やがて、体中がぽかぽかすると、眠たくなった。やっと、肩の力が抜ける……そんな気分かもしれない。
友だちと話した会話の言の葉がぱらぱらとこぼれた。私が大人になれないのは、私が大人になれないのは、私が逃げているのは…・・・と、パラパラパラパラと、答えにならないことと同様、話し合っている内容がパラパラと、落ちては私の周りを回っている。
私を嫌いなあの人は、私が目立つから嫌いなのだと、言う。それは、何人かに言われたことだ。多分、目立つから嫌われるんだよ、って……。けれど、私は私であることから、逃げられないし、彼女の為に私を地味にすることは出来ない。
もし、吉田拓郎みたいに、力をどこか抜いているように見せることが出来たら、彼女との付き合い方も変ってくるのかもしれないなぁ。けれど、私は私で、言われたことややられたことを無視しつづけることは出来ないし、どこかで答えを見つけないと気が済まないのだ。
”優しさが足りない”とどこかでふと、思った。優しさの幅、他人に対して開ける自分自身の器の広さが足りないなぁ……と、
彼女の器からこぼれてみて、彼女の器には彼女自身も入ることが出来ないので、ふと、思った。
嫌われる批判を受ける言葉の中には、私の方が……という彼女の焦りがいつもちらほら見えた。悔し紛れに彼女は言った。”私は胸が大きい”
私は疲れてふらふらと、”胸が大きいのがどうした?”と言った。
何も答えはなく、それは、きちんとした叫びにはならない。”私は認められたい”とか、”私は愛されたい”とか、そういうきちんとした叫びにはならず、小さなことを見つけては”私って頭がいいんじゃない?”と大げさに振る舞う。
どこかで冷めて、私とは間逆だなぁ……涙がぽろりぽろりと流れて、温かくてしょっぱくって笑っちゃったり、お酒の飲みすぎで駄目になりすぎてどこかに体をぶつけてしまう私とは違う。
”こんな女がモテルわけないじゃなぁーーい!!”と彼女が言う。
私の弱さは、弱いこんな私を誇っていないことだ。私にだって自信はないし、空回りをたくさん抱えているから、こんな私はこんな私を批判されると、非常に弱い。そして、脆い。
足りないことに気がつくと、体温が高くなると、起き上がる気力が湧いてきた。彼女に足りないのは優しさで、私に足りないのは自信……と思うのはよいが、だが、果たしてどう接すればよいのか、未だに答えが見出せない。
それ一つではなくて、まだまだ足りないものはある……あるけれど、全てを補う時間も体力もない。それなのにねぇ……と、私は恨みがましい。わざわざ蒸し返して、自分に足りないからといって、他人を攻撃しなくても、いいじゃなかぁ!!
私はそれでも、私をやっていくしかない。私は大して変りゃしない。変りたくても、大幅に変ることが出来ない。更にネクラになることは出来ても、これ以上一気に明るくなることは、なかなか難しい。それが、私なんだと思う。
だから、私は私のままで、このままのつっぱった感じで、大人になりきれない28歳をやっていくしかないのだと思う。それで、そんなスタイルに文句をつけるようなら、黙りやがれ!!と、まだ、そこまで強くなれないのが、忌々しいが、まぁ、しょうがない。自分自身をひきずっていこう。
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