「空腹のブラックコーヒーは骨を削る?」
―― 糖質不足、低血糖、骨そしょう症の意外な連鎖 ――
朝食を取らず、ブラックコーヒーだけで仕事を始める。昼食も軽く済ませ、眠気や空腹を感じるたびに、さらにブラックコーヒーを追加する ―― 。
このような習慣は、一見すると効率的に見えます。しかし身体の中では、エネルギーを補給しているのではなく、「非常用の燃料」を前借りしている可能性があります。
カフェインは燃料ではなく、いわばアクセルです。
糖質というガソリンが十分に入っていれば、カフェインによって代謝を高めても、エネルギーを比較的安定して作ることができます。しかし、空腹時や糖質制限中にアクセルだけを強く踏むと、身体は不足する血糖を守るため、アドレナリンやコルチゾールを大量に動員します。
実際、人を対象とした研究では、カフェインを摂取すると、血糖値がまだ極端に低くない段階から、アドレナリンやコルチゾールも大きく上昇し、震え、動悸、不安感、発汗などの低血糖症状が強く現れることが報告されています【 1 】。
つまり、コーヒーを飲んだ後に「元気になった」と感じても、それは新しいエネルギーが入ったからとは限りません。肝臓に蓄えられていた糖や脂肪組織の燃料を、ストレスホルモンによって緊急動員している場合があるのです。
ここで関係してくるのが、副甲状腺ホルモン、すなわち PTH です。
1975 年の人を対象とした研究では、インスリンによって低血糖を起こすと、血糖値が最も低くなった直後から副甲状腺ホルモン( PTH ) が上昇しました【 2 】。このとき血液中のカルシウムとマグネシウムには大きな変化がなかったため、単なるカルシウム不足による反応ではありませんでした。
低血糖によって放出されたアドレナリンが、副甲状腺を刺激した可能性が考えられます。実際、アドレナリンや β アドレナリン受容体への刺激によって、人の副甲状腺細胞から副甲状腺ホルモン( PTH ) が放出されることも報告されています【 3 】。
副甲状腺ホルモン( PTH ) は一般に「血中カルシウムを維持するホルモン」と説明されますが、その働きは骨やカルシウムだけに限られません。
動物や細胞を使った研究では、副甲状腺ホルモン( PTH ) が肝臓や腎臓での糖新生を促し、血液中へのブドウ糖供給を増やすことが示されています【 4 】。また、人の脂肪組織では、副甲状腺ホルモン( PTH ) が脂肪分解を刺激し、遊離脂肪酸やグリセロールを放出させることも確認されています【 5 】。つまり、副甲状腺ホルモン( PTH )は、 プーファが脂肪組織にびっしりと蓄積している現代人にとっては危険な「リポリシス」を引き起こすのです。
グリセロールは肝臓で新しいブドウ糖を作る材料になります。したがって副甲状腺ホルモン( PTH ) は、低血糖という非常事態の中で、糖や脂肪を動員して血糖値を高めるホルモンといえます。
副甲状腺ホルモン( PTH ) は一方で肝臓や脂肪組織へ燃料動員の命令を送り、もう一方で血中カルシウムを維持するために、骨のミネラル貯蔵庫を開きます。
これは、火災を消すために非常用の水を放出すると同時に、建物の壁を壊して進入路を作るようなものです。 1 回の短い反応で骨粗鬆症になるわけではありませんが、この非常事態が毎日のように繰り返されれば、骨の貯金は少しずつ減っていきます。
副甲状腺ホルモン( PTH ) は、短時間だけ作用する場合と、繰り返し高くなる場合とで、骨への影響が異なります。持続的、あるいは反復的に副甲状腺ホルモン( PTH ) が高い状態では、骨を壊す破骨細胞の働きが優位になり、骨吸収が進みやすくなります【 6 】。
さらに糖質不足は、骨を壊す側だけでなく、骨を作る側にも影響します。
2022 年の介入研究では、短期間の糖質制限によって、安静時と運動時の骨形成マーカーが低下しました。その影響は、単に摂取エネルギーを減らした場合よりも大きく現れています【 7 】。

一方、運動の前後や運動中に糖質を補給すると、骨吸収マーカーの上昇が抑えられることも報告されています【 8 】。
つまり糖質不足は、骨に対して 2 方向から働きます。
アドレナリンや PTH を含む非常用ホルモンを反復して動員し、骨の解体を促す一方で、骨を新しく作るためのエネルギーまで不足させるのです。解体業者は働き続けているのに、建設業者には資材も給料も届かない状態です。
2025 年に発表された、 65 歳以上の女性約 9700 人を 10 年間追跡した研究では、通常量のコーヒー摂取で明確な骨への害は確認されませんでした。しかし、 1 日に 5 杯を超えて飲む女性では、骨密度が低くなる傾向が示されました【 9 】。
ここから分かるのは、「コーヒーは骨に悪い」という単純な話ではありません。
重要なのは、コーヒーをどのような状態で飲んでいるかです。
十分な食事、糖質、カルシウム、タンパク質を取ったうえで飲むコーヒーと、朝食を抜き、糖質を制限し、空腹や疲労をごまかすために飲むブラックコーヒーは、身体にとって同じものではありません。
カフェインはアクセルであり、糖質は燃料です。アクセルを踏むなら、それに見合う燃料を補給しなければなりません。果物、果汁、ハチミツ、砂糖、牛乳などを含む十分な食事を確保し、コーヒーを空腹の代用品にしないことが大切です。
低血糖を 1 回起こしただけで、骨がすぐに砕けるわけではありません。しかし、糖質不足のまま過剰なカフェインを摂取し、アドレナリンや PTH に頼って血糖を維持する生活を繰り返せば、骨は「壊されやすく、作られにくい」という赤字状態へ傾いていきます。
問題なのは 1 杯のコーヒーではありません。身体の給油ランプが点灯しているのに、低血糖や糖質制限でアクセルだけを踏み続けることなのです。
参考文献
【 1 】 Effect of caffeine on the recognition of and responses to hypoglycemia in humans. Ann Intern Med. 1993;119(8):799-804.
【 2 】 Stimulation of the secretion of parathyroid hormone during hypoglycemic stress. J Clin Endocrinol Metab. 1975;41(4):692-696.
【 3 】 Beta-adrenergically stimulated adenosine 3',5'-monophosphate accumulation in and parathyroid hormone release from dispersed human parathyroid cells. J Clin Endocrinol Metab. 1979;48(4):618-626.
【 4 】 Effect of intact parathyroid hormone on hepatic glucose release in the dog. J Clin Invest. 1979;64(4):1016-1023.
【 5 】 Parathyroid hormone-induced lipolysis in human adipose tissue. J Lipid Res. 1987;28(5):490-494.
【 6 】 Anabolic and catabolic bone effects of human parathyroid hormone (1-34) are predicted by duration of hormone exposure. Bone. 2003;33(3):372-379.
【 7 】 Short-Term Carbohydrate Restriction Impairs Bone Formation at Rest and During Prolonged Exercise to a Greater Degree than Low Energy Availability. J Bone Miner Res. 2022;37(10):1915-1925.
【 8 】 Effect of carbohydrate feeding on the bone metabolic response to running. J Appl Physiol (1985). 2015;119(7):824-830.
【 9 】 Longitudinal Association of Coffee and Tea Consumption with Bone Mineral Density in Older Women: A 10-Year Repeated-Measures Analysis in the Study of Osteoporotic Fractures. Nutrients. 2025;17(23):3660.