ブエノスアイレス大
在学中の51年から
約1年間、チリ・ペルーなどの旅行を経験している。
卒業して 医学博士
の号を取得するが、
ペロン独裁政権下のアルゼンチンで
軍医に徴兵されるのを拒み、
ベルー・グアテマラなどを放浪、
メキシコに至る。
54年、 メキシコ
でゲリラ戦術を学んでいた際に、
亡命してきたキューバ人
フィデル・カストロ
と知り合い、親友となる。
56年、キューバの バティスタ独裁政権
を打倒すべく
メキシコを出発したカストロ率いる反乱軍に、
エルネストは加わった。
キューバ上陸当初12名しかいなかった革命軍だが
59年にバティスタを国外逃亡に追い詰め勝利する。
カストロの革命政権にて国立銀行総裁、
工業省大臣などを務め、執筆活動を行い、
キューバ国籍までも得るなどしたが、
再びラテンアメリカの解放を目的とするゲリラ闘争を続け、
ボリビアや更にはコンゴでまでも活動をした。
67年、 ボリビア
でゲリラ活動中、
政府軍に捕まって射殺された。
まだ39歳の若さであった。
遺骨が掘り出されてキューバで国葬されたのは97年のことである。
ちなみにチェ・ゲバラの 「チェ」
は親しみを込めて「君」と呼びかける時に使われる言葉で、
それが転じて彼の愛称となった。
現代の日本では
彼の顔のアップがプリントされたTシャツなどの
チェ・ゲバラ・グッズが流行しているが、
何も知らないで着ている若者たちにも
とりあえず 『モーターサイクル・ダイアリーズ』
くらいは
観てほしいものである。
参考文献池上彰『そうだったのか!現代史』集英社(2000)
(2004年8月26日)


