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冬の国の王女No.3
王女はこの、絵のように動かない世界の中できのうの馬を探しました。 馬は氷の草原で草を食べていましたが、王女の姿を見つけるとすぐに近よってきました。
「王女さま。 お体のぐあいはいかがですか? きのうはとても弱っておいでのようでしたが…。」
「ええ、もうだいじょうぶです。 きのうはすっかり世話になりました。 ありがとう。」
王女はにっこりと笑いました。 それを見ると氷の馬もすっかりうれしくなりました。
氷の馬はこの、小さくてだいたんな王女が大好きだったのです。 けれども氷の馬は王女があまりにも人間に興味をもつことや、だいたんすぎることが心配でたまりませんでした。 氷の馬はしんけんな面持ちで言いました。
「王女さま。 今度のことでもう、人間がどんなものかはお分かりになったはずです。 それに、秋の暖かさがどんなに恐ろしいものであるかもおわかりになったでしょう。 ですからどうか、きのうの恐ろしい経験をわすれず、もう二度とあそこにはお行きにならないで下さい。 しかとお願い申し上げますよ。」
それを聞くと王女はすこし笑いました。 というのも北の国は、暑さはべつとして、恐ろしいというよりむしろ命にあふれる生き生きとした場所に思えたからでした。
「この国には変化の影がない。 死のくるしみも病のくるしさもないけれど、そのかわり命のかがやきもないんだわ。」
王女は胸がしめつけられるような気持ちで、いつまでも変わらない宝石のような国をみわたしました。 変わることのない冬の国…。 それにくらべて北の国はなんという豊かさでつつまれているのでしょう。 そこでは木は風にゆれてざわめき、黄金色の畑はまねくように波打つのです。 そして小鳥はさえずり、群れをなして空一面に飛び立って行くのでした。
その景色のうつりかわり。 命のたくましさとあやうさ、たがいに支えあうやさしさ。 それらのものは王女が始めて目にするものばかりでした。 王女の心は北の国の色あざやかな秋にすっかり魅せられてしまったのです。 もういちど北の国に行きたい…王女の心は強くそれを望みました。
けれどもその話しを聞くと氷の馬は心底打ちのめされました。 そんな危険なところにどうして王女はひかれてしまうのでしょう? なぜこの宝石のような輝く国に王女はとどまっていられないのでしょう? この国ほど安全でたしかな場所はないというのに…。 そう思うと氷の馬ははげしく首をふりました。
「いけません。 さきほどもそう、申し上げたばかりではごさいませんか。 昨日のことをお忘れになったのですか? あなたさまはあそこで倒れておしまいになったのですよ。そんな危険な場所にどうしてもう一度もどりたいとおっしゃるのですか? それだけはきくことができません。」
氷の馬はぴしゃりといいました。 そして悲しそうな王女を見るとあわてて、こうつけ加えました。
「王女さま。 どうかお悲しみにならないで下さい。 もうしばらくすれば王さまもお妃さまもおもどりになるご予定です。 そうすれば王女さまも北の国のことなどすぐに忘れておしまいになるでしょう。 すべてのことは時間が解決するものでございますよ。」
王女はがっかりしてそのことばを飲み込みました。
それからいくらもたたないうちに王さまとお妃が冬の国にもどってきました。 王さまとお妃はこころなしか沈んで見えます。 けれども二人はすぐにいつもの快活さをとりもどしました。
「ああ、かわいい私の娘よ、 離れていてもずっとおまえのことばかり考えていたよ。 さあ、おまえの顔をもっと良く見せておくれ。」
そう言うと王さまは王女の体をたかくだき上げました。 それから豊かなひげで王女のほおをこすりました。 そうやって王女がくすくす笑うと王さまも楽しそうに笑いました。
「お父さま、お帰りなさい。 お母さまもずいぶん早かったのね。」
「ええ。 私もお父さまもあなたの顔を今すぐ見たくなったものだから・・・。」
お妃は王女の体を抱きしめました。
「しばらく見ないあいだにずいぶん大きくなったことね。 あなたの頭がほら、胸までくるわ。」
お妃はそういうとなんども娘の髪に口づけました。 ひさしぶりに会った家族は笑いさざめきました。 冬の家族には話すことがたくさんあったのです。
こうしたことがひとだんらくすると、王さまはこほんと一つせきばらいをしました。
「ところで王女や。 私たちがいないあいだに何か変わったことはなかったかね?」
王さまは王女の目をじっとのぞき込みました。
王女は驚いて王さまの顔をを見上げました。
「変わったこと?」
「けしておまえを責めているわけではないんだよ。 しかしおまえは北の国に行ったのではないのかね?」
王さまの声は低く、くぐもっていました。 それに何かもの思いにふけっているようにも見うけられます。 そのうえ王さまは話すことがとても苦しそうで、しきりにあごをいじったり、あちこちをせわしなく歩きまわっているのでした。 王女はふしぎに思い
「はい、お父さま。 でもどうしてそれをご存知なのですか?」
とたずねました。
「ああ・・・。」
お妃は思わず両手で顔をおおいました。 そのお妃の肩をやさしくひきよせながら、王さまは言いました。
「王女よ、私は冬を治める王だ。 つまりこの私が冬を作り出しているのだよ。 ところが私たちがまだ訪ねていない北の国に冬が来たと告げるものがあった。 そこで私たちが北の国を訪れるとそこは木枯らしが吹き、霜がおりていた。 山も冬枯れて、くすんだ灰色に変わっていたのだ。 これがどういう意味かおまえにわかるだろうか? 私たちはもうひと月、北の国の冬を遅らせるつもりだった。 まだ畑の穂がじゅうぶんに熟してはいなかったからね。」
そう言うと王さまは深いため息をつきました。
「それはどういうことですか? お父さま。」
王女の体はぶるぶるとふるえ出しました。
「ああ、どうしてあなたを責めることができるでしょう…。 あなたはまだ子どもだと言うのに。」
お妃は涙をうかべました。
「ああ、そうだとも。 こんなに小さな子どもが親とはなれて、ずっと一人ぼっちにたえていたのだからね。 たとえそれが冬の一族の掟だとしても、だ。 そうだ、我々は冬を作り出さなければならない。 それは我々の使命なのだ。 こればかりはどうすることもできない話なのだよ。 ただ、これだけは約束して欲しい。 おまえがどんなに寂しくても、もう二度とじぶんかって秋を冬に変えたりはしない、とね。」
じぶんかってに秋を冬に変えたりしない…? 王女はそのことばにたいへん驚きました。 それにどうしてもその言葉の意味がわかりません。
「お母さま…。」
王女は探るような目つきでお妃を見つめました。
「私たち冬の一族は訪れる国を冬に変える力を持っています。」
お妃は悲しそうに言いました。
「だからあなたが訪ねた国は秋から冬に変わったのです。 でもそれはいけないことでした。 それをわかってもらいたいのです。」
それを聞くと王女の胸はいまにもつぶれてしまいそうになりました。
「どうしていけないのですか? ねえ、どうして? どうかお母さま、今すぐ話して!」
そう言うと王女は強くお妃の腕をゆさぶりました。
「秋は実りの秋といって、生きているものの命をつなぐために刈り入れをするときなのです。」
お妃は静かな声で話しはじめました。
「秋は冬に向かって木の葉を色づかせたくさんの実をならせます。 それを森のリスがたくわえ、空の鳥がついばむのです。 そしてやがてくる長い冬のあいだ、大地は眠りについて春のめばえに備えるのです。 春が種をまき、夏が育て、収穫の秋がめぐり、冬が大地を休ませる。 こうして命の輪はいつまでもつきることなく続いていくのです。 人間もおなじよ。 人間もこの輪のなかで汗をながし、喜び、楽しみ、ときには悩んだりしながら、食べ物を手に入れて生きています。 でもあなたは刈り入れのまえに秋を冬に変えてしまいました。 これでは人間はどうやって春にまく種や生きていくために必要な食べ物を手にいれることができるでしょう。 あなたは北の国に行ってはならなかったのです。」
それを聞いて王女の頭はくらくらしました。 目の前がまっくらになり体中から力がぬけて立っているのがせいいっぱいです。 そのうえ耳なりがして頭がひどく痛みました。
「妃よ。 王女はまだ子どもなのだ。 なにも知らなかったのだよ。 それにこのことは王女になにも知らせていなかった私たちのせいでもあるのだ。 だからこのことはもう忘れてしまおう。 これから二度とこうしたことが起こらなければそれで良いのだからね。」
お妃はそれを聞いて小さくうなずきました。 そしてお妃は王女の手を強くにぎるとその手を胸にだきしめました。
「ああ、お父さまも私もどんなにあなたを愛していることか。 けれども冬の一族の掟は変えることができません。 私たちはもう行かなければならないのです。」
お妃はその美しい目から大つぶの涙をこぼしました。
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