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私:
そのため、金曜日の夜は福島に一泊するため、夜、新幹線で移動したんだが、人身事故とかで、ダイヤが混乱していた。俺の列車は20分ほど大分遅れたね。中には、1時間くらい遅れた列車もあったよ。
この道中で、 レイモンド・チャンドラー
の長編処女作の 「 大いなる眠り
を読了したよ。創元推理文庫の初版が1959年だから、40年以上前のものだ。
チャンドラーの小説の主人公私立探偵の フィリップ・マーロウ
の初登場だ。
A氏
:訳者の 双葉十三郎
氏
は有名な映画評論家ではないの?
私
:そうだね。チャンドラーの長編は映画化されているし、映画の脚本も書いていた。チャンドラーと映画の関係は深いね。
A氏
:主人公の私立探偵マーローの役者として、 ハンフリーボガード
、 ロバート・ミッチャム
などの役者がいたような気がするね。
私
:もっともチャンドラーがマーローのイメージに近いと言っているのが、長身、濃い褐色の髪と茶色の目、そしてハスキーな声と甘いマスクの持ち主 ケイリー・グラント
だという。もっともチャンドラーの映画の多くは、 ヒッチコック
同様、白黒だろうから、映画で色は出せなかったかもね。
A氏
:チャンドラーの長編を初めて読んでの経験はどうだった?
私
:確かに、従来の推理小説を完全に否定したところからスタートしている。
複雑な事件が登場し、名探偵が論理的な推理で謎を解いていくという基本的なストーリー展開では、全くない。その否定だね。松本清張が社会派という推理小説スタイルを生み出したのと似ているね。
主人公のマーローはそういう名探偵ではない。現実的なストーリー展開だね。
しかし、 サスペンスの巧みさがあり、その点では、面白くて一挙に読み終えたよ。
A氏
:それでは、論理的な謎解きという推理小説の面白みがへるのではないの?
私
:謎解きはあるが、整然と解かれるよりも、試行錯誤で解かれていくというわけだね。それに描写が日常的、映画的で生き生きしているね。
A氏
:例えば?
私:
俺が金曜の夜、福島に行った途中の描写を考えた。単純に書けば
「私は、東京駅からマックス2階建ての21Dの指定席で福島に向った」
となる。
だが、チャンドラー風に書くと次のようになる。
列車に乗ると、すでにE席に小柄の中年の主婦らしい女性が座っていた。彼女は中年の女性によくある押付けがましい雰囲気がなかった。白中心の質素な感じ服装であった。手荷物は上に載せず、下においていた。
列車は20分ほど、遅れて出発した。女性はすぐに駅弁を開き、食べだした。体を前に倒し、弁当をおおうようにして食べていた。
私は椅子を後ろにぎりぎり倒し、チャンドラーの「大なる眠り」を読み出した。私の視界にはときどき、彼女の白いうなじが映った。
列車が郡山に着くと、彼女は軽く挨拶をして、荷物を持って私が避けた両足の前を動き、通路に出て去っていった。
私は、これで空いたE席に移り、少し、のびのびできるなと思った。
そのとき、二十才前後と思われる若い小柄な女性が来て、小さなバッグを持って私の前を横切ってE席に座った。髪は長かったが束ねてあり、顔はよく見えなかった。
E座席に座ると、窓際に姿勢を向け、私のほうには背中を向けていた。何かつんつんしている感じであった。服装はこれも白中心の質素な感じであった。
私は、またD席で「大なる眠り」の読書にもどった。
しばらくして、となりでシューという音がした。缶ビールをあけるような音である。私はこの女性は男性のように仕事の後でビールでも飲むのかと思って、気になったが、そっちを見る気もしなかった。
15分ほどして、列車は福島に着いた。私は、到着アナウンスとともに立ち上がり、棚にあるかばんを下ろし、かばんに「大なる眠り」を押し込んだ。そのとき、チラッと窓際に立ててある缶を見た。ビールではなかった。チューハイであった。
私は、曲がった階段を降り、ドア近くに立った。列車は福島駅に滑り込んでいった。」
A氏
:「 そのとき、その若い女性が口から血を出しながら、片手にチューハイの缶を持ってよろめくようにして階段を下りてきた
」となると、君が主人公の推理小説が始まる。
私
:そういう日常性が、チャンドラーの特徴かね。
次は、チャンドラーの長編の最高傑作といわれる「 さらば愛しきひとよ
」に挑戦する。当分、 チャンドラー街道
だ。
それにしても長編「大いなる眠り」を読んで、短編の「待っている」は名作だと思ったね。彼の特色がこの短編に凝縮している感じだ。
作家大沢氏が愛読しているのは知的に理解できた。
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