『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』( 2009 )から 16 年ぶりとなる根岸吉太郎監督・田中陽造脚本作品。
根岸吉太郎は 1974 年に日活に入社。 78 年にロマンポルノで監督デビュー。8 1 年に Atg 配給の『遠雷』を撮り注目を集める。『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』ではモントリオール世界映画祭最優秀監督賞を受賞。東北芸術工科大学の理事長を務めている。
田中陽造は、日活ロマンポルノのシナリオライターから東映作品などを手がけ鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』が 1980 年作品。『ゆきてかへらぬ』の脚本は 40 年程前に描かれて埋もれていた脚本だという。鈴木清順監督の大正浪漫 3 部作の他『セーラー服と機関銃』( 1981 )という大ヒット作もあり、 80 年代に田中陽造が手掛けた脚本は実に多い。
長谷川泰子( 1904 ~ 1993 )は複数の著名な文化人・文学者との恋愛や交遊関係があり、文学史に名を残す存在である。中原中也、小林秀雄 との " 奇妙な三角関係 " で知られる。泰子との恋と三角関係の苦悩が、中原中也を詩人にしたともいわれている。原作となったのは、 1974 年に刊行された文芸評論家、俳人の村上護の聞き書きによる『ゆきてかへらぬ—中原中也との愛』(講談社)である。現在は長谷川泰子、村上護『中原中也との愛 ゆきてかへらぬ』角川書店(角川ソフィア文庫 2006 年 3 月)。
大正時代の京都。駆け出しの女優の長谷川泰子(広瀬すず)は、まだ学生だった中原中也(木戸大聖)と出逢った。 20 歳の泰子と 17 歳の中也。どこか虚勢を張るふたりは互いに惹かれ、一緒に暮らしはじめる。価値観は違うが、相手を尊重できる気っ風のよさが共通していた。やがて東京へ。泰子と中也が引っ越した家を、小林秀雄(岡田将生)がふいに訪れる。
中也の詩人としての才能を誰よりも知る男である。そして、中也も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っていた。男たちの仲睦まじい様子を目の当たりにして、泰子は複雑な気持ちになってゆく。才気あふれるクリエイターたちにどこか置いてけぼりにされたようなさみしさ。しかし、泰子と出逢ってしまった小林もまた彼女の魅力に気づく。
本物を求める評論家は新進女優にも本物を見出した。そうして、複雑でシンプルな関係がはじまる。重ならないベクトル、刹那のすれ違い。ひとりの女が、ふたりの男に愛されること。女優・詩人・評論家の奇妙な三角関係が描かれる。
大正から昭和にかけての時代であるが、年代をテロップで示したりはしていない。大正ロマンをい色濃く出したような時代色を匂わせた作りでもない。この時代を生きた若者のもがいている青春像のような感覚でとらえている。中原中也は 1937 年(昭和 12 年) 10 月に急性脳膜炎で亡くなっている。 30 歳。長谷川泰子と中原中也との出会いから別れまでの物語である。 1902 年生まれの小林秀雄は 80 歳で、 1983 年に亡くなった。
この時代に長谷川泰子のような女性は、相当に珍しい存在であったのだろうと思う。脚本が描かれた時期に映画化されていたら、全く違ったキャスティングになっただろうが、脚本を呼んだ監督は長谷川泰子役は今の広瀬すずしかいないと思ってオファーしたとのことである。
屋根と屋根がひしめき合う路地を行く赤い番傘を泰子の視点から捉えたトップシーン、スケートで街を行く場面が印象深い。
『はたらく細胞』 漫画の実写化。 Feb 13, 2025
『52ヘルツのクジラたち』 本屋大賞受賞作 Mar 6, 2024
『赦し』 対峙する再審法廷。 May 18, 2023
Comments