ACT・4-1



「ちょ・・・ちょっと一郎、一体何の騒ぎよ?」
 校舎に向けてつっ走っていた一郎を、弥生が呼び止める。そのかたわらに和美がいるのを確認して、一郎は立ち止まった。

「和美を狙って、FOSのやつらが来やがったんだ」
 びくっと身体を震わせ、和美の顔が青ざめていく。

「───和美ちゃん」
 その手を、弥生がしっかりと握ってやった。
「大丈夫よ」

 一郎は周りを見た。さきほど沢村が暴発させた銃声のためか、ほとんどの生徒が何事かと窓から顔をのぞかせているのに気づく。
 一郎は大きく息を吸い、叫んだ。
「てめェら、オレの言うことをよっく聞け!」
 全校に響きわたる大声であった。ざわめきがやみ、しんと静まり返る。

「先日、一年に相沢 和美っていうヤツが転入してきたのはみんな知ってるだろう。その彼女がエスパーってのも知ってるヤツは知ってるはずだ」
 ここで一郎、一呼吸おく。

「実は彼女はFOSとかいう組織に狙われている!昨日のヘリコプターもそうだ。ヤツらは和美をさらうために、今度は戦車を持ち出しやがった。もうすぐここへ来る、のんびり昼メシ食ってる場合じゃねェぞ。戦争だ!戦闘準備をしろ!オレたち斎木学園が、普通の高校と違うって事を思い知らせてやろうじゃねえか!」
 一郎は天にむかって拳を振り上げた。
 が、すぐさまそれに呼応する者はいなかった。
 いくら斎木学園でも、あまりに突然すぎる事件である。急には行動を起こせない。

  学園全体がその一瞬、静まり返っていた。

「戦争だと?」 どこかで声が聞こえる。
「戦車がこの学校を壊しに来るっていうの!?」
「冗談じゃねえぞ」
「その上、和美さんをさらうだってえ?」
「面白え、一郎の言うとおりだ、現代高校生の恐ろしさ見せてやろーじゃないの」
「何だかよく知らねーけど、昼メシの邪魔してくれたことだけは確かだ」
「ぶっとばしてやるわよ!」

 次第に、学園がざわめき始めていく。今、何が起こりつつあるのかが、ようやく理解できてきたのだ。

「よーし、そうとなりゃその戦車を迎え撃つ準備をしなけりゃな」
「やるぜ、みんなっ!」
『おおっ!』
 生徒たちのお祭り騒ぎに火がついた。にわかに学園が活気づく。

「待ってください!」
 その騒ぎを中断させたのは、高くそしてよく響く和美の声だった。
「待って下さいみなさん、待って下さい・・・あたしのためにみんなが危ない目にあうことないです!戦車が来るんでしょう?だったらすぐにみんな逃げて下さい。戦車を相手に戦うも何もないでしょう!」
 最後の方は、ほとんど泣き声であった。
  いくら全校生徒が集まったって、戦車を相手にできるわけがないじゃないか・・・
 そう心の中で叫びながら、和美は両手で顔を覆った。

 みんなの見てる前で泣くのは恥ずかしいと思ったが、どうにもならない。
 とめどなく上下する肩に、誰かの手が置かれた。
  一郎の手であった。

「忘れたのかよ和美、戦車ごときこの斎木学園の連中が、いや、この相沢一郎がいるかぎり、たとえ地の底から闇の魔王がやって来ようが宇宙からエイリアンが侵略に来ようが、絶対に蹴散らしてやる」
 にっ、と白い歯を見せてたくましく笑う。
「一郎の言うとおりよ、安心して、ちゃんとあなたを守ってあげるわ」
 そう言って、弥生も和美の肩を叩いた。

  いや、一郎と弥生だけでなく、かなりの人数が和美を取り囲んで集まっていた。
「安心するでござるよ」「大丈夫だって」「なァに戦車の一台や二台・・・」
「あたしに任せなよ」「ひーっひっひっ闘いがボクを呼んでいるう」
「守ってあげるよ」「せやせや、なんも心配するこたあらへん」
「やってやるぜ!やってやるぜ!」
 一人一人がはげましの言葉をかける。

「ちょっとやかましいけど、みんなの気持ち判っただろ?」
 ほとんど絶叫に近い中で、一郎は和美に言った。
「・・・・」
 和美は満面の笑みを浮かべ、また泣き出してしまった。もっとも、今度のはうれし泣きである。
 全校生徒の叫び声は頂点に達していた。

 その時、学校から少し離れた町中で大きな火柱が立った。
 明らかに何かの爆発である。それと同時に、校庭にバイクの集団が突入してきた。
  先日、和美をさらおうとした連中だ!

「敵襲だあっっ!」
 誰かの叫びに反応して、バイクの集団は一斉に一郎たちめがけて襲いかかってきた。
  和美をかばって、一郎と弥生が立ちはだかる。

 弥生は背中に仕込んだ木刀“修羅王”を抜き、正眼に構えた。

「オラ!てめェら戦闘開始だあっ、派手にいこーぜっ!」
 叫びつつ、一郎はバイク軍団を迎え討った。

 バイクに乗って突っ込んでくる先頭の男にウエスタンラリアートをかまし、思いっきり吹っ飛ばす。
 きりきりまいしながら、男の身体が後方の連中に叩きつけられた。すごい音をさせて、三台のバイクがひっくり返る。

 わあっ、と校舎から歓声がわく。
 そちらにガッツポーズをしてみせて、一郎は叫んだ。
「さあてめえら、どっからでもかかって来やがれ、和美は渡さねえぞ!」

 バイクの男たちは、一郎を遠巻きにしてエンジンをふかしていた。
 一瞬、一郎の怪力に恐れをなしたのだが、すぐに気を取り直したらしい。
 バイクから転げ落ちた連中も、むっくり起き上がる。

 不気味なことに、こいつらの格好は全て統一されていて、その上動きがどことなく機械的であった。
  しばらく一郎をうつろな目で見つめると、こいつらはおかしな事をした。
「あん?」
 みんな一斉に、ポケットから取り出した小さなカプセルを口に放り込んだのだ。
 ごくり、とのどが動くのが見えた。

「何だ、そりゃ?」
「気をつけなさいよ一郎、こいつら何か変よ」
 一瞬たりとスキを見せず、弥生は言った。
  修羅王を正眼に構えたまま、ぴくりとも動かない、実に堂にいった構えである。

「明郎、陽平、和美ちゃん連れて校舎に入りなさい、みんなもいったん校舎の中で態勢を整えて!」
「わ、判ったでござる」
「行こう、和美ちゃん」
と、明郎が和美の手を引いて校舎の方へ振り向いた時────、
  男たちが、にいっと笑った。
 一郎と弥生が、はっとした瞬間。

「ヒャッホーッ!」
 雄叫びをあげて、男たちが襲いかかってきた。

「ひゃっ」
 一郎が首を沈めたその上を、男の回し蹴りが走り抜けていく。と思うや、すぐさま別の男が殴りかかってきた。
 一郎、右手でブロックしたが、そのパンチの威力に驚いた。
 並の人間の力ではない、一郎だからこそ平気な顔をして受け止めることができたのだ。気を抜いていたら、骨が砕かれていただろう。

「どういう・・・ことよ・・・これは・・」
 横では弥生が、巨大なハンティングナイフの男とつばぜりあいをしていた。
 弥生の剣術の腕前は、五段以上とさえいわれている、女だからといって力が弱いはずがない。男と腕ずもうをやっても、よほどの相手でないかぎり勝つ。
 その弥生が、今、腕力で圧倒されていた。
 じりじり、ナイフの刃が弥生の眼前に迫ってくる。

「くうっ」
 弥生は思い切り身体をねじって、ナイフを横へ流した。バランスを崩し、男が前へつんのめる。
 その腕へ、弥生は思い切り小手打ちを叩き込んだ。
  木刀での一撃である、骨が砕けるほどの打撃だったはず。
 しかし、男はナイフを放しさえせず、ゆらりと立ち上がってきた。
 なんというタフさであろうか。弥生は内心、舌を巻いていた。
「陽平、明郎!早く和美ちゃん連れて行きなさい。こいつら思ったより手強いわよ!」

「弥生さん、大丈夫ですか!」
 心配そうに、青ざめた顔で和美が叫ぶ。
「いいから早く行けっつうの、ここはオレと弥生で充分だ」
 向かってくるヤツらを片っ端から殴りつけ、一郎が言うと、地面に転がった一人のポケットから何かがこぼれ落ちた。

  カゼ薬のような小さなカプセル。

 一郎はピン!ときた。
「判ったぞ弥生、こいつらが強い理由はドーピングだ!」
「ドーピングぅ?それじゃオリンピックで失格するわよ」
 必死で男たちの攻撃をかいくぐりながら、弥生が言う。
 どうでもいいが、この状況で軽口を叩けるとはやはりすごい。

  一郎と弥生は背中合わせになった。
 周囲をバイクがぐるぐる回り始める。その数がさっきより少ないのに二人は気づいた。
 その時には、校舎の方で大騒ぎする声や、物の壊れる音が聞こえてきた。校舎内に逃げ込んだ和美たちを追って、数台のバイクが入り込んだらしい。

「ちっくしょう」
 そちらに行こうとした一郎を、バイクの男たちが阻んだ。
「ええい、邪魔くせえなあ、もう!」
 言い捨てて、ぐるぐる周囲を回るバイク野郎をにらむ。

  男たちの顔には、得体の知れぬ笑みがへばりついていた。
 薬のせいなのだろうか、狂気の色を含んだ目はうつろであった。
 ちっと舌打ちして、一郎が強行突破を試みようと決心した瞬間、
  いきなり雄叫びをあげて、斎木学園の全校生徒が反撃に移った!

 正面玄関から、ずどどど、と学生があふれ出す。

 手にモップやら金属バットやら持った女生徒や、空手着を着た男はヌンチャクまで持っていた。
「行っけー!突撃ぃ!」
 叫び声とともに、学生軍団とバイク軍団はぶつかり合い、たちまち大混戦になった。
 その上、校内放送のスピーカーから、なぜかアップテンポな曲が流れ始めた。
  曲は“ルパン・ザ・サード”

「なんだ、こりゃ?」
 思わずつぶやく一郎、その時、ディスクジョッキーの声が響いた。
『ハーイこんにちは、“お昼の放送”の時間です。今日はバイク兄ちゃんたちの殴り込みがあってたいへんだけど、みんないい汗かいてるかい?ここはひとつ、このノリのいいインストゥルメンタルを聞きながら、おおいにがんばってもらいたい。
 さーあみんな、ストレス解消だ、派手にキメようぜ!』
 DJが明るい声で言うと、「おーっ」という反応があちこちで起こった。

「何考えてんだか・・・」
 弥生は軽い頭痛を感じて、ため息をついた。
  この時点では、全校生徒の誰一人として知る者はいなかった。
 これが斎木学園の歴史の中でも、五指に入る大騒動になるということを。

         ☆         ☆         ☆

────斎木町駅前通り。

 この町のメインストリートは真夏の日差しを浴びて、ゆらゆらと陽炎を立ちのぼらせていた。
 平日だということで、人通りや交通量が少ないことがせめてもの救いであったろうか。
 バス停では腰の曲がったおばあちゃんが、のんびりと次のバスを待っている。

「ありゃー、ようやくバスが来たのかねえ。ずいぶん遅かったけどねえ・・・」
 おばあちゃんは高齢のため、すっかり目も耳も悪くなっていたらしい。

 ごごごご・・・と大地を震わせて道路をやって来たのは、五台もの重戦車軍団!

 キャタピラをきしませ、アスファルトを耕しつつ行進する鉄の固まりは、腹に響くエンジン音をうならせつつ、思ったよりもずっと速いスピードで、おばあちゃんの目の前を
通りすぎていった。
 重苦しい地鳴りが遠ざかっていく。

 顔の汗を手拭いでぬぐって、おばあちゃんは一言しみじみと、
「暑いねえ・・・・」
 と、つぶやいた。

  次第に街はざわめき始める。

 平和な夏の昼下がりに、突然異分子が乱入してきたのだ。
  行進を続ける戦車の姿を見て、数少ない通行人が目を見開く。
 まだ、砲弾をぶっ放したりした訳じゃないので、人々はただ好奇心からこの“鉄の塊”たちを見物していた。
 そこらへんを走っていた自動車も、道ばたに停車させてきょとんと見つめている。
 どこかで映画を撮っているのかと、カメラを探してきょろきょろする人もいる。

  気の弱い者は、右翼が暴れ出したのかと疑い。
  少し気のつく人は、ああ、これはまたあの学校で何かあったな、とうなずいた。

 人々の好奇の視線を受けて、悠々と戦車が進んでいく。圧倒的な迫力を誇示しながら道を行く彼らを邪魔する者はなかった。

  いや、いた。

 戦車の突き進む方角に、一台のサイドカーが道の真ん中に停まっていた。
 沢村は苦笑しながら、戦車を出迎えた。

「まったく、とんでもないことになったもんだ」
 その言葉とはうらはらに、この状況を楽しんでいる感じがする。
  きゅっとヘルメットをかぶると、沢村は不敵な笑みを浮かべた。
「久し振りにワンマンアーミーの実力を見せるとするか」
 つぶやいて沢村は、サイドカーのアクセルをいきなり全開にした。弾丸のような勢いで戦車に一直線に向かっていく。
 戦車たちはそれに対して、何のとまどいも見せないようだった。予告もなしにいきなり主砲が火を吹いた。
「ひょおお」
 沢村はあわててサイドカーをターンさせた。そのすぐ横の地面で爆発が起こる。
 砕けたアスファルトが、沢村のヘルメットにこつんと当たった。

「あ、痛て。やれやれ問答無用って訳か、さすがFOS・・・わわわわっ」
 つぶやくヒマもない。すぐさま砲弾が撃ち込まれてきた。
  次々と炸裂してアスファルトをめくりあげる。
 沢村はそれらを道路の幅を目一杯使ってスラロームし、ぎりぎりかわす。

  真昼の市街戦の幕開けであった。

 歩道で見物していた連中は、悲鳴をあげて逃げまどい始める。
 人が少ないとはいえ、それでもちょっとしたパニックにおちいっていた。

  沢村は戦闘に際して、冷静に敵を分析してみた。
 計五台、いずれも今まで見たことのない型である。おそらくFOSの開発した新型戦車であろう。見るからに頑丈そうだ。
 重量感に満ちた都市迷彩のボディが、不気味にキャタピラをアスファルトに食い込ませつつ、着実に斎木学園に向かっていた。

 ムダかな、と思いつつ沢村、SW・M659で先頭の戦車を狙い撃つ。
  たいていの鉄板なら貫くはずの特製九ミリ軍用弾は、あっさりと跳弾した。
 それなら、とキャタピラに三発撃ち込む。これも駄目だった。
 沢村は舌打ちした。拳銃をホルスターに戻す。

「仕方ない、本気を出すか」
 つぶやいて沢村、サイドに手を伸ばし、シートの下からずっしり重いバズーカ状の物を取り出した。
「さて、と」
 沢村はいったん戦車たちに背中を向け、逃げ出した。そして、左手に持ったそれを肩ごしに後ろへ向けて、ぶっ放す。
  大当たり。
 先頭のがいきなり爆発炎に巻き込まれ、動きが止まった。
 今の一発でキャタピラがイカれたらしい。しかし、ボディはへこんだが、総合的に見て致命傷にまでは至ってないようである。
  とてつもなく頑強な戦車だ。

「ほう、M67・90ミリ無反動砲でキャタピラ程度か、FOSめやっかいなモン持ち出しやがって」
 ぼやいて沢村は使い捨てのバズーカを放り投げると、またなにやらシートの下から武器を取り出した。
 今度のはライフルっぽいが、やけにごつい。それもそのはず、この武器は普通単発でしか使用できないグレネードランチャーを、十連発できるというシロモノ、“XM174オートマチックグレネードランチャー”である。

「これが通じないとなると・・・ちょっとヤバイかな」
 祈るような気持ちで沢村が引き金を引こうとした途端。
 戦車の砲弾がすぐそばに着弾して、沢村はとんでもない方向へグレネードの弾丸をばらまいてしまった。
 二秒とかからず全弾が斉射され、道路わきのビルに雨のごとくグレネードが降り注ぐ。そのすさまじい破壊力と爆発により、あっという間にビルは半分崩れ落ちてしまった。

 火が出て、火災も発生したようである。

 沢村は舌を出して、眉をしかめた。なんだかどんどん騒ぎが大きくなっていくような気がして、やるせなさを覚え始めたのだ。
 頼みのグレネードランチャーに、新しい弾丸をつめなおす余裕もなく、沢村はひたすら逃げの一手であった。

  ふと、彼は聞き覚えのある音に気づいた。
 パトカーのサイレンである。前方でバリケードを作って待ち構えていた。
 三台ほどのパトカーが横になって道をふさいでおり、その周りに機動隊員が多数集まっている。

「そこのサイドカーと戦車に告ぐ、ただちに戦闘を中止せよ!くり返す、ただちに戦闘を中止し、その場に停止せよ!」
 一人がスピーカーを持ってがなりたてているが、それにかまっているヒマは、沢村にはなかった。
 よりスピードを上げて、パトカーの真ん中に突っ込む。と、その直前で見事にサイドカーはジャンプし、三台のパトカーを飛び越えてしまった。
 それをあっけにとられた機動隊員たちは、ぽかんと見ているだけであった。だが、すぐに正気に返った何名かは、サイドカーの後を追って突っ込んできた戦車に拳銃を撃ち込んだ。
 この戦車に対して、そんなちゃちな拳銃弾が通用するはずもなく、あっさりとはじき返された。

 戦車は平然と前進を続け、パトカーをはじき飛ばして無理矢理道をこじあけ、沢村のサイドカーを追っていった。
 沢村は頭痛を感じた。

“たかが高校生をさらうのに、なんでこんな重武装の機甲部隊が出てこなきゃならないんだ”
 ぶつぶつ言いながら沢村、今度は手榴弾を二個、シートの下から取り出してピンをくわえて外すとキャタピラめがけて投げつけた。
  三秒して腹に響く震動。

「ダメか・・・」煙の中から戦車は現れた。一体どういう装甲をしているのだろう?
 すると、また砲を発射させてきた。
 サイドカーのすぐ左手の路面に着弾する。爆風でサイドカーがふわっと持ち上がった。

「させるかァ!」
 叫んで、沢村はサイドの持ち上がったまま走る車体を、無理矢理押さえつけた。
  すごい足腰の力であった。
 車体を安定させて、沢村はぎりりっと歯がみした。

「くそ、命中率が高まってきやがったな、チョコマカ逃げるのにも限度があるし・・・・仕方ない、今使わなきゃ終わりだ」
 沢村は、ハンドルについた幾つかのボタンのうち、赤いボタンを押した。
 すると、突然側車の後部カバーが音をたてて外れ、四角い穴が現れる。
  そこには、六つの棒状の物が並んでいた。
  小型のミサイルである。

 なりは小さいものの、こいつは通常の手榴弾よりも三倍近い火薬が詰められているという特別製なのだ。
 このサイドカーに装備されている武器の中で、最強最後の品である。

「行っけー!」
 くぐもった発射音とともに、それらはいきおいよく飛び出した。
  それと同時に沢村はサイドカーを急ターンさせ、四台の戦車と向かい合う。
 沢村の目に、六本の火線が写った。すべて外れることなく、戦車に吸い込まれていく。 と、手榴弾などとはケタ違いの大爆発がとどろいた。
 ぐおっ、と高さ十メートルにも及ぶ火柱が上がり、今度こそ戦車の一台が大破し、もう一台を巻き込んだ。
 二台の戦車が大爆発を起こして、熱風が沢村のヘルメットを叩いた。

  ほっとするヒマはない。まだ二台も残っているのだ。

 爆発炎上する二台の横から、あちこちへこませながらも迫ってくる。
  もはや、沢村の手持ちの武器ではこいつらは倒せまい。かといって、このまま斎木学園へ攻め込まれたら一巻の終わりである。そして学校はすぐそこなのだ。
 なんとしてでも、ここで食い止めなければならない。
 そう考えた時には、沢村はサイドカーを発進させていた。向かってくる戦車二台に対して、真正面からフルスロットルで突っ込んでいく。
 沢村のすぐ頭の上を、砲弾がかすめた。
「まだまだァっっ!」
 沢村は吠えた。
 大小ふたつの影はものすごい勢いでぶつかった。
  爆発の火柱がまたも天を貫いた。

 自らをミサイルと化す、これが沢村の本当に最後の手段であった。

         ☆         ☆         ☆

 省吾と兵藤は、にらみあったまま動かなかった。
  どちらも仕掛けるきっかけが見つからないのだ。
 校庭の方からは、何かバイクの音や人の叫び声が聞こえてくる。

「始まったな」
 兵藤がつぶやく。
「誰が攻め込んでるんだい?」
 スキを誘おうと、省吾も声を出した。

「Dセクションだ」
「何ィ!まさか・・・」
「言っただろう、ジョニー・ハミルトンが指揮していると」
 にい、と兵藤の唇のはしがつり上がる。

 対して、省吾はすっと腕を上げて、ボクシングに近い構えをとった。
  しかし、兵藤は足を肩幅に広げているだけで、構えをとっていない。
 両腕をだらんと下げた、いわゆる自然体であるそれでいて踏み込むスキがない。

  目のせいかもしれなかった。
  冷たくギラリと光っている、蛇のような瞳であった。
  黒目の小さい、不気味な瞳だ。
 それがそのまま兵藤という男を表しているようである。
  人以外の気を発散していた。
 真夏の日差しのせいで、アスファルトからはゆらゆら陽炎が立つほどなのに、この二人の周囲だけは殺気で気温まで下がっているようである。

  街のどこかで、二回目の大爆発が起こった。
 二人のいる所からでも、その炎は充分見ることができた。
 その音が聞こえた瞬間、二人は同時に仕掛けていた。

「じゃっっ!」
 鋭く呼気を放ち、兵藤は跳んでいた。助走もなしに軽々と三メートルは浮き上がっている。猫どころかまるで鳥のようだった。
 満身の力を込めた兵藤の飛び蹴りを、省吾は身を沈めてかわした。地に向けて丸くなったその身体が、次の瞬間大きく伸び、バネのように空中へ跳ね上がり、その省吾のいた空間を兵藤の後ろ回し蹴りが走り抜ける。
 空振りした兵藤、顔面にスキができた。
 その瞬間、省吾の右のかかとが叩き込まれて兵藤は吹っ飛んだ。

「省吾・・・腕をあげたな」
 兵藤はたいしたダメージもなさそうに、むっくり起き上がり鼻から流れる血を拭った。
  手についたそれを見て、唇のはしをかすかにつり上げる。
 かまわず省吾は突っかかった。右の蹴りが兵藤の顔に伸びていく。
 兵藤は首を沈めてそれをよけた。うなりをあげて走り抜けた蹴りの風圧によって、髪がぐん、と引っ張られる。
 その時、まばたきする間に兵藤は省吾のふところに入り込んだ。

「くっ!」
 とっさに省吾は顔の前で両腕をクロスさせ、頭部への攻撃を防いだが、がらあきとなったボディーに兵藤の体重の乗った重いパンチがたて続けに入った。
 身を折り曲げて前かがみになる省吾の後頭部に、兵藤は力一杯ひじを叩きこんだ。
「ぐぶっ・・・」
 低くうめいて、省吾は倒れ込んだ。顔面から倒れたために鼻を強く打ちつける。
 顔をあげかけた途端、すごい力で頭を踏みつけられ、もう一度鼻を打った。

「どうした省吾、一人じゃそんなものか?」
 兵藤、ごりごりと省吾の頭を左右に踏みしだきながら、冷たい声で言った。
「てめぇの能力を見せてみろ・・・」
  ぺろり、と赤い舌が唇をなめる。

 う、うう、と省吾が足の下でうめいた。兵藤がさらに力を込めたのである。
 このままでは、省吾の頭はあっさりと踏み潰されてしまうのではなかろうか。
  兵藤には、それをやるだけの力があるのだ。
 唇をつり上げ、ごりごりという足の裏の感触を兵藤は楽しんでいた。
「・・・む?」
 ふ、と足の裏の感触が消えた。テレポートだ!

 感触が消失したのを知った途端、兵藤は後頭部に激しい打撃を受けた。ふらついたのをこらえ、手刀を後ろへ振る。
  空振り。 空気を裂く音がむなしく聞こえた。
 めまいをがまんして兵藤が周囲を見回すと、省吾は右手方向に五メートルの間をおいて出現した。再度、二人は正面から向き合う。
 省吾は、つつうと流れた鼻血をぬぐいとった。
 兵藤の唇のはしからも赤い筋が流れる。それを先のとがった下でなめとり、くっくっと低く笑った。

「そうだ・・・笑い猫はそうこなくっちゃ、な」
 右手の指を目の前に持ってきて、かぎづめのように曲げる。すると、それはかすかに震え、ぐぐっと鋭い爪が三センチほど伸びた。
「そうだね、あんたも本性を出したらどうだい?山猫のさ」
 省吾が肩をすくめて言った。骨が折れてもおかしくないほどの打撃だったが、それでもニッコリ笑った所はさすが『笑い猫』である。

  再び、二人は動いた。
 今度先に仕掛けたのは省吾の方である。兵藤に負けない程の跳躍を見せた。
 それを見て、兵藤はほくそ笑んだ。自分も跳ぶ。
  軽々と空中の省吾の頭上にまで跳び上がっていた。

   空中戦では高く跳ぶものが勝つ!

 兵藤の長い足が、省吾に向かって伸びた。一撃必殺の自信を込めた蹴りであった。
 空中では自由に動くことはできない、この蹴りをかわす事は物理的には不可能である。

  しかし、省吾にはできた。

 兵藤の足は空を切った。必殺の一撃をかわされて、がくんとバランスを崩す。
 テレポートでかわされたのだと悟った時には、省吾のクツの底が目の前にあった。
  次の瞬間、兵藤の長身は地面にモロに叩きつけられていた。
 横たわったその身体を、またぐ格好で省吾は降り立つ。
  その瞬間、背骨を悪寒が駆け昇った。 とっさにテレポートする。
 省吾の股間を狙った兵藤の蹴りは、またもや空を切った。

「やるな・・・うれしくなるぜ」
 兵藤は唇をきゅっ、とつり上げ起き上がった。
  ひゅううう・・・と呼気をもらす。

 省吾はその兵藤の体内に別の“気”を感じた。何か恐ろしく異様なものが発生しつつある。それが何かは判らないが、突然、それよりもさらに大きな不安が省吾の胸にわいた。 省吾のエスパーとしての超感覚が働いたのだ。

  瞬間、戦車に突っ込んでいくサイドカーの姿が、明確な映像として省吾には見えた。

「沢村さん!?」
 間髪いれず先程とは比べ物にならない火柱があがった。
 省吾の注意がそちらに向けられた途端、兵藤は省吾にぶつかっていった。
  しまった。 後悔してももう遅い、兵藤の右膝が脇腹にめり込んだ。

「ぐう・・・」
 めきり、と骨の折れる嫌な音が響いた。
「まず、あばらを三本・・・」
 ちろりと、兵藤は舌を出した。そして左手が飛燕の速さで省吾の顔へ伸びる。

  人指し指と中指の二本がぴんと伸びていた。

 それらが冗談のように、省吾の両眼にずぶり、と付け根まで差し込まれた。

  数秒の沈黙。

   そして地の底から響くような省吾の絶叫。

 すさまじい叫び声をあげ続ける省吾の眼から、兵藤は顔色も変えずに指を引き抜いた。
 どっぷりと赤い血が、その穴から流れ出る。

 もちろん兵藤の指も血まみれだ。
  彼はその二本の指をじっと見つめると、ふいに口の中に入れた。
 しばらく口の中で舌が動き、兵藤は指を、ゆっくりゆっくり抜き出した。
 血はきれいになめとられている。
  満足気に彼はつぶやいた。
「美味だ」 と。

 その足元で省吾は声もなくのたうち、苦しんでいた。
  にや~、と兵藤が笑う。
 両手で眼を押さえた省吾の腹に、思いきり蹴りを叩き込んだ。
  何度も、何度も、何度も蹴った。

「げっ」 うめいて、省吾は血を吐いた。

 それを楽し気に兵藤は見下し、とどめとばかりに頭を踏み砕いた。
  いや、間一髪のところで省吾はテレポートして逃げた。
 兵藤、周囲を見回すが省吾の姿はない。

「逃げたか・・・・まあいい、これで楽にあの娘が探せる」
 ぐり、と兵藤の目がつり上がった。それに、唇からはみ出た白いものは牙である。

  ついさっき、兵藤の中に生まれた“気”は血を見、味わったことで急速に巨大化しつつあった。



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