『ブログで語る、ボクのこと。』



オレは、結婚生活5年目になる。

奥さんは同級生。恋愛結婚。

子供はまだできていないから、なんつーか、まだ独身生活の延長みたいなモンである。

両親や、親戚は繰り返し、

「そろそろどうだ? まだなのか?」

とか、2世誕生をいそがすが、

作らないってワケじゃない、できないんだからしょーがない。



ま、神様からのさずかりモンだからねー。



とかいって、肝心なオレらふたりは、あんまり気にせずに、

お互いが好きなコトやって、のほほーんと暮らしてるって感じ。




そんな日常の中で、こっそり始めた趣味がある。




ブログである。




奥さんや周囲の人間には、絶対にやってることを知らせずに、

おとぼけの日記をアップしたり、ブログ仲間とのコメントを楽しんだり・・・


日常のしがらみを忘れて、そこだけのつきあいができるから、けっこう楽しい居心地のいい空間ができてしまった。

もー、なくてはならない秘密のシュミである。


けれど、長く続けてると、中だるみみたいな感じになるらしい。

簡単にいえば、「飽きる」のだろう。
もしくは、ネットに入り浸りになれないほど、相手が忙しくなってしまったりする。
もしくは、自分が相手にかまってやれなくなる。

すると、コメントのやりとりが、自然に減っていき。

しばらく、ブログの内容が静かな状態になってしまたりするのだ・・・

つまり、訪問者がいなくなるってワケだ。ははは。



こんな時は、ちょっとテンションが下がってしまう。


だが、


ある夜、異変が起きた・・・。



  ☆  ☆  ☆



 すっかり盛り下がってしまったオレのブログに、久しぶりにコメントが寄せられたのだ。

嬉しかったねぇ。

しかも、

なんだか、聞いたことのあるハンドルネームだったんだよね。

昔の同級生のアダ名と同じなのさ。

って・・・どうやら、そいつ、本人らしい!?



驚いたねー。


この広大なネット世界も、意外とせまいもんだなぁ・・・



それとなくカキコをかわしてるうちに、

「このハンドルネーム、知ってるヤツのあだ名なんだけど・・・本人?」

「え? マジ?」

なんてさ?

一気に懐かしさがあふれちゃったよ。

突然、同窓会がはじまっちゃったようなモンだった・・・


そこからは、もー、ノンストップでカキコカキコ。
子供の頃の、他愛もない話で、盛りあがってしまった。



掲示板だってのに、これじゃ、もはやチャットだ。




気づいたらほぼ徹夜。


夜が明けかけていた・・・



いやー、楽しかった。




でも、朝になったらオレも日常生活に戻らなきゃいけない。


仕方なしに会話を中断。



目の下にクマを作ったすごい顔つきのオレは、 


寝室から、もそもそ起きだしてきて、

「おはよー、なにぃ? 一晩中パソやってたのー?」

と、朝食を作りにキッチンに向う奥さんに、寝不足はいかん、と、お叱りを受けてしまった。



しかし、止まらなかった。



会社から帰宅すると、ソッコーで夕食を済ませて、即、ブログの更新。

するやいなや、

すぐに『彼女』から、メッセージが書き込まれてきた!!




びっくりだった。



そして、



楽しかった♪



その夜も、たっぷり会話を楽しんだ。


『彼女』とは小学校から高校卒業まで、一応、ずっと同じ学校に通ってたのだ。

懐かしい話題はいくらでもあった。


あのときはああだった。そうそう。

あのときはこうだった。え? そうだっけ?



気分がすっかり盛り上がって、 
調子にのったオレは、ついに、言ってしまった。


「会って、話そう」


え?

奥さんがいる身なのに、異性と会う約束するなんてヤバかったかな?


だけど、そんな分別がつかないほど、オレは舞い上がってしまっていたらしい。


『彼女』もすんなりオーケーだった。


「あたしもね、伝えたいことがあったんだ」


このように答えてきた。

なんだろう?
伝えたいことって?



明日、会う場所を決めたので、今夜は昨夜より早めに切り上げた。





そろー、っと寝室に入ると、奥さんはベッドでマンガを読んでた。

「おや、今日は早いのね。早く寝た方がいいよ? 目が真っ赤よ」

そう言った彼女の顔色も、なんだかよくないなぁ。


「お前の顔も悪いぞ?」

って言った途端に、マクラがスッ飛んできた。


「誰の顔が悪いかっ」

「わぁ、暴力反対」

「冗談ともかく、なんだか調子がイマイチだからさ、あたしゃ先にどんどん寝るよ?」

「おお、仕事もムリすんなよな」

「そーね、たまには有給使うわ」

「そうしな、おやすみ」

「おやすみ」




ぱちん。




照明を消したら、すぐに眠りの世界に落ちてしまった・・・



  ☆  ☆  ☆


『彼女』が言ってた、「伝えたいこと」って何だろう・・・?


待ち合わせの公園で、ひとりベンチに座りながら、オレは煙草を咥えて、ぼんやりしていた。


口もとの煙草の先から、ゆるゆると煙が立ち上っていく。



右手側には、ジャングルジムや、ブランコなど、いくつかの遊具スペース。

左手側には、野球でもサッカーでも、なんでもできる平らな広場。


そして周囲を囲うのは、たくさんの木々。


こんなに寒い季節には、遊びにくる子供たちもいない。静かな公園である。


遠くで、夕暮れの空に、カラスが鳴きながら飛んでいるのが見える。

真上の空から、日が沈みかけた西の空にかけて、青い色から赤い色へ変化していく見事な自然のグラデーション。


子供のころから、ずっとかわらないな。


この公園で見上げる、冬の空の、この色は。



なんとなく、しみじみと感じてしまった。




寒い寒い冷え切った冬の空気。
空には、雲ひとつない。

青い色。空の色。



きっとこれからも、この色だけは変わらずに存在し続けるンだろうなぁ・・・

ずっとずっと、永遠に変わらず・・・




変わらないものって、嬉しいな。


ほっとする。



考えてみたら、オレと『彼女』だって、ずっと同じ学校で、中学まではけっこう仲良くて、ずっと同じように、友だちのまま変わらずにいくと思ってたのに・・・、

高校の時は、ほとんど話をしなかったなぁ。



急に話をしなくなった気がする。



なんでだっけ?




「・・・・・・」




思い出せない。



ケンカ・・・したんだったかなぁ?


ケンカの原因。


なんだっけ?



  ☆  ☆  ☆



へぇっくしょん!!


うー、まいった。


もう暗くなったってぇのに、『彼女』、来ない。

西の空には、一番星がきらきらと輝きを増している。

こんな寒空の中、薄暗い街灯に照らされたベンチに、ぽつんとひとりで座っているオレ。


すっげぇみじめだった。


どうやら、フラれてしまったようだ。




なんだよチクショウ。
こんな盛りあがった気分をどうしてくれるンだよう?



「あー、ゴメン。やっぱ会うのはヤダ。」


なんて、今さらナイでしょう?

オレはむきになっていた。



かちかちと、寒さに歯を鳴らしながら、携帯を取り出すと、彼女の家に電話をかけてみた。

古い卒業者名簿の中から、あらかじめ調べておいたのだ。

まさかホントに使うハメになるとは思わなかったが・・・


呼び出し音が数回続いて、年配の女の人が出た。
おふくろさんかな?


「あ、すみません。高校の時の同級生で××と申しますが、○○さん、いらっしゃいますか?」


「え? 娘ですか・・・?」


なぜかとまどっているような、おふくろさんの声。


そして、



次の瞬間、オレは信じられない言葉を聞いた。










「申し訳ありません。○○は、先月、他界いたしまして・・・」









「・・・え?」



オレは、音をたてて血の気が引いていくのを感じた。




  ☆  ☆  ☆




その夜、あえてオレは平静を装って、平凡なブログを更新してみた。

すると、今夜も彼女はすばやくメッセージをカキコしてきた。


「今日は行けなくてごめんね」


「・・・・・・」


彼女。

オレの高校の同級生。

先月には、交通事故で、死んでしまったという、『彼女』。


この世には、もう、いないはずの、『彼女』。



では、このカキコの主は誰なんだ?


彼女に逢えるという期待で、興奮してたオレをからかってるにちがいないコイツは何者なんだ!?


もうガマンできない。



「あなたは、だれですか?」



漢字変換すら忘れて、オレは書きこんだ。


このカキコが最後で、相手はもう何も書きこんでこないかもしれない。

それならそれで構わない。

ふざけるんじゃねぇよ。知り合いの名を騙って、人をおちょくりやがって・・・!!




  ☆  ☆  ☆




ぴたりと、カキコが止まった。


昨日までの、チャットのようなスピードの書き込みから考えると、5分、10分と過ぎていく空白の時間が、とてつもなく長い時間に感じられる。


30分。



ようやく沈黙が破られた。


「あの場所に、今日、行って、何か感じなかった?」


ときた。



は?


ナニ言ってるんだコイツ。



少し、拍子ぬけ。



オレは、てっきりこのニセモノが、今までのことを取り繕うために、あれやこれやとつまらない言い訳をかましてくるか、

それとも、だんまりのまま、二度と書きこんでこないものだと思っていたから・・・。


この反応は、意外だった。



「別に何も?」

そっけない言葉を、書きこむ。


だって事実、オレは待ってる間、ただ寒空を見上げてるぐらいしかしていなかったモンな。



「あんた、昔からニブかったもんね」


ムカ。

「にぶいとは何事だ? 何が言いたい?」



「そのまんまの意味よ。に・ぶ・い。他人の気持にも、あんた自身の気持ちにすら、ね」



「ああ? 意味わかんねーよ。」


「わからないなら・・・そのままでいなさいっての。思い出しさえすれば、すべてわかるはずだってのにね? この、『にぶオトコ』」



オレは、はっとした。


そうだ、

そうだと思う。


このやりとりの『間』は、彼女そのものじゃねーか?



いくらニセモノがオレと彼女のことをよく知ってるヤツだとしたって。

この会話の呼吸までは、真似できないんじゃないか?



ごく。



オレは、脈拍がはやくなるのを感じた。



そして・・・



ふと、思い出す。



彼女がなぜか怒った情景を。

あの時は、なんで怒りだしたのかオレにはまるで分からなかった、とるに足らない会話。

その内容。


空を見上げて、


その色を見つめて、


「このまま変わらないといいな」


「んなワケにはいかねーだろ、きっと」




  ☆  ☆  ☆




 いつのことだったろうか・・・

まだオレと『彼女』が、気軽に会話してた頃。

ある時、ふと、彼女が、しみじみとつぶやいたンだっけ・・・




雲ひとつない晴れた日に、澄みきった青空を見上げて、


「すごいよね、空って。あたしたちが生まれるずっとずっと前・・・原始の時代から、この色してるんだよ?」


その色を見つめて、


「ずっと変わらないんだもんね。きっと、この先もずっとずっとこの色のまんまなんだよ・・・」


その時、彼女は、オレをちらっと見て、一瞬、何か言いかけた。

ような、

そんな気が、する。


ぴくぴくっと、わずかに唇が動いたけれど、言葉は聞き取れなかった。


ただ・・・、

なんだか、不思議な瞳の色をしていたような気がした。


そう思った時には、彼女はまた視線を空に向けていた。
オレからは表情が見えない角度。

そして、心底しみじみと、ひとこと。


「このまま変わらないといいな」

ころ、と、

小石を転がすような、言い方だった。




しかし、ここでオレが言った言葉は、

「んなワケにはいかねーだろ、きっと」


だった。


だってよ?


「今やおめぇ、温暖化とか環境破壊が急速に進んでるじゃん? 空の色もよ、いずれは、青じゃなくて赤くなるとかいうウワサだぜぇ」


って、ホント、考えなしにフツーの会話のつもりで放ったオレの言葉。


これが、どうやら、彼女をモウレツに怒らせたらしい。



なんだか、ものすごい顔になって、黙ったまま『彼女』は帰ってしまったのだった。



・・・なんでだよ?


今、思い出しても、このやりとりで、何で怒り出すのか、まるで分らない・・・。




うーむ。


これを思い出すべきなのか?

画面の向こうにいる『彼女』は、オレにこの事件を思い出せと言ってるのだろうか?


「そういえば、オレ、お前を怒らせたコトがあったよなぁ?」


「へぇ? どのことを言ってるのかしら?」


「ほら、空の色がどうとかいうのを、オレが茶化したとき、すげぇ怒ったよな?」


「・・・それもあるけど、もっとひどい思い出があるんですけど」



むむ・・・

この思い出は、序ノ口なのか?

オレが一体何をしたと?


「思い出せない? あんた、あたしを『うそつき』呼ばわりしたんだよ・・・?」





  ☆  ☆  ☆




「思い出せない? あんた、あたしを『うそつき』呼ばわりしたんだよ・・・?」

ん?

うそつき呼ばわり?

そんなことしたっけ?


こいつは、全然、ホントに思い出せない・・・


ていうか、

このニセモノ、いよいよホラを吹き始めたのか?
コンチクショー。


「はっきりいって、それで堪忍袋の緒が切れたのよね。だから、それ以降、あたしとあんた、口きいてないでしょ?」


会話してないのは確かだけど。


「空の話は、ま、よかったんだケドね。あんた『ずっと続くものはない。すべてのものは始まって終わる。終わったらそこから再び始まるんだ。』とか言ってたもん。それって、わかる話だったからさ・・・」


お、そういう話なら、オレ、普通にするかも。

しばし、沈黙。



「・・・でもね? 『うそつき』扱いされたことは、どうしようもなくショックだったンだよ」


「ごめん」


あ、思わずあやまっちまった。


「ごめん、思い出せないんだよな。どうしておまえを、うそつきだって言ったんだっけ?」


「もういいよ。過ぎたことだからね。ただ、あんたに、『ショックだったンだよー』ってコトだけ伝えたかったンだ」


やばい。

この展開は、相手が『落ちる』前触れっぽいぞ。


しっかし、不思議だ。

コイツ、ニセモノのはずなのに、ついつい話があってしまう・・・


もっと、話していたい。

心底、オレは思い始めた。


「な、明日、今度こそあの公園で逢わないか? お前がそんなにショック受けたんだったら、オレちゃんと謝りたいんだよ」


本心だった。
来るのが誰でもかまわない。

逢って、目の前で謝りたいと思う。


「あたしたちの友情って、あのとき、終わったのよね・・・」


うん。自然消滅。


「けど、終わったら、再び始まるのよね? あんたの理屈では」


「ああ、そうだよ、だから・・・」



次のカキコまでは、やたら間があった。


永遠に続くかと錯覚するほどの、長い長い、数分間。


彼女の返事は、





「再び、始めましょう。」



だった。







そして、




二度と、彼女からのメッセージが届くことはなかった。






    ★   ★   ★



 「うそつきめっ!!」


やたらと煙草をふかしながら、オレは思わずつぶやいてしまった。


今日も、公園は静かだった。



この間と同じように、オレひとり。

ベンチにぽつんと座って、煙草を吸いながら、謎の『彼女』を待っている。


空は、澄んでいた。

しかし、またも待ちぼうけを食わされてるオレの心は、ふてくされて、濁っている。


結局、『彼女』は、姿を現さないようだ。

一体、どんなヤツが顔を出すのか、本気で興味シンシンだったが・・・


こんなオチで、ジ・エンドらしい。


ま、


現実なんて、こんなモンでしょ。


オレの身に起こった、ちょっとしたミステリ事件も、これで打ち切り。

謎はナゾのまま、何事もなく、やがてオレは忘れてしまうだろう。


そんな程度の事件。


オレはベンチから立ち上がり、公園のはしに立っている時計を見上げた。

「いけね、もうこんな時間か」


そういや、我が家の奥さん。
今日も、朝から具合が悪いようだったし、さっさと家に帰るとしましょうか、ね。


と、歩き出そうとした時、


ん?


オレは、視界のはしに、珍しいものを見つけた。



この冬の、寒空の下で、なんと『桜の花』が咲いているのだった!!




え?

まさか?

いや、でも・・・


たしかに、公園の片隅に、ひっそりと『桜』が咲いていた。 


「へぇぇ!?」


めっずらしい。

オレこんなの初めて見たぜ。



憮然とした気持ちが、少しなごんだ感じになり、オレは公園を後にした。






    ☆   ☆   ☆




「ただいまー」


「おっかえりー、ぱんぱかぱーん」


「うわ、何だよ。朝、すっげぇ具合悪いっていってなかったっけ?」


ウチの奥さん、朝はめっちゃ青い顔してたけど、どうやら回復したらしい。
よかったよかった。

おまけに、なんだか上機嫌のようだ。


「具合悪いの、ふっとんじゃうほどの報告がありますっ!!」

回復したのはイイが、なんだこのテンションは?



「報告? おお!! オレもお前に教えたいコトがあるンだよなっ!!」


「は? なにそれ、大事なこと?」


「おお、今、すっげぇ珍しいモン見たんだよ。なんだと思う?」


オレはネクタイをゆるめながら、ニヤニヤしていた。
奥さんは、片方の眉を吊り上げて、


「はぁ、どーせくだらないオチなんでしょ」

と、ため息をついた。
しかし、オレは自分の見たものを、自慢したくてしょうがない。


「桜だよサ・ク・ラ。 この真冬に『桜が咲いてる』のを見たんだよ!!」


「はああ? あんたね、帰るのが遅くなったのをごまかすにしてもねー? もうちょっとマシなウソつきなさいよねーっ!! くっだらないったらありゃしない。」


あれ?

驚くと思ったのに、奥さん、怒りだしちゃったよ。


それにしても・・・

「てめぇ、くだらねぇとはずいぶんだな。オレはウソなんかついちゃいねぇぞ!!」

「あー、あー、そうですか。人がせっかく大事な話をしようとしてたのに、そんなホラ話始められちゃ、こっちこそたまんないわよ。」


あ、「いー」とか、舌だしてやがる、あったまくるなぁコイツ。


「ウソじゃねぇっての、キレイだぜぇ? 明日、証拠を見せてやらあ」

咲いてるとこを直接見せて、鼻を明かしてくれるぞ、このアマ。


「あーらそう、それはイイ手だと思うわよ?」

「どういう意味だ?」

「この寒さだもん、凍るような寒さでさ? 一晩でしおれて散ってしまったコトにできるもんねー?」


むか。

むかむかむかっ。


「おっし、今すぐ案内してやらあ!! あったかい格好に着替えてきやがれ!!」

「あらあら、引っ込みつかなくなったわね、カッコわるー。」


「てんめー!! オレがウソついてなかったらどうするよっ!?」


「そんときはね、イーイことを教えてあげるわよ!!」


「このォ、さっさと準備しやがれ!! 車のっていくぞ」




   ☆   ☆   ☆





 公園は、満天の星空だった。

真冬の、冷たい、澄みきった空気のせいで、夜空にまたたく星々の輝きは、闇にばらまいた宝石のような美しさである。


「うっわ、すごいなぁ。小さい頃に見たプラネタリウムみたい」

奥さんが目を細めている。


「ホントすげぇな、あんなきれいなオリオン座、初めて見たぜ」

オレも感動してた。
もっとも、星座の名前なんざ、オリオン座ぐらいしか知らないけども。


「で? きれいな星空見せて、ごまかす気かしら?」

「なワケねぇだろ、こっちこい!!」


オレたち二人は、真っ白な息を吐きながら夜の公園を進んでいく。
かじかむ手をしきりにこすり合せて、暗闇の中、目をこらすと・・・


あった。


「おい、アレだ!!」

勝ち誇った気分で、オレは指差した。



桜が、咲いてる。


春に咲くように、降るように咲いてるわけじゃないけど、
ぽつぽつとしか、咲いていないけど、

この真冬に、たしかに桜が、そこに咲いていた・・・



「へぇぇ、ホントに桜が咲いてる・・・」


奥さんが目を丸くした。

それを見て、オレは得意満面でふんぞり返った。


「どーだ、オレは『うそつき』なんかじゃなかっただろっ!?」


「うんうん、めっずらしいわねぇ。こんなコト、あるのねぇ・・・」


感動してる奥さんの表情を見て、オレは気分がすっきりした。

他人ならともかく、奥さんにうそつき呼ばわりされちゃ、たまらないモンな。


「どーだ、言うことがあるんじゃないか?」


ニヤニヤしながら言うオレに、奥さんは、ゆっくりと振り向いた。




    ☆   ☆   ☆




「そーだね、あンた『うそつき』じゃありませんでした。」


冷たい手をこすりこすり、奥さんは振り向いた。


「おーよ、で? なんか言うことがあるんじゃなかったか?」



「そうね、きょうは、報告することがありまーす。・・・って、その前にさ。」


と、

そう言ったきり、奥さんは不意に口をつぐんで、オレの顔を、じっと見つめてきた。


んん?

何か、ヘンだなぁ、こいつ・・・


そして、ようやく口を開いた彼女の言葉は、


「ここ最近、あたしから感じること、何かなかったでしょーか?」


だった。


「はぁっ!?」



まいった。


オレは飛びあがるかと思ってしまった。


どういう意味だ?

奥さん?

ここ最近・・・だとぉ?



オレは言葉が出てこなかった。



ので、

これによって、かろうじて、とぼけるコトに成功したらしい。
(内心は心臓バクバクだったが。)


黙ったまま返事しなかったので、奥さんは、やれやれと首を振った。


「あんた、ほんっと、にぶいわねぇ」 


そうつぶやいて、ため息をつく。


「・・・・・・」


オレは無言。



それを見て、


「あはは、少し考える時間をあげるわ」


と、オレに小銭を渡した。


「あそこの自動販売機で、あったかいコーヒーでも買ってきてよ。で、ここに戻ってくるまでに考えをまとめておきなさいよね。うー、さむ」


小銭を握ったオレは、言われるままに、回れ右をして、ぎくしゃく歩き出した。


何だ?


奥さんは何を言おうとしてるんだ?


ここ最近っていうと・・・やっぱアレか?


ブログを通じて、『彼女』と仲良くしちゃってたことか?

あまつさえ、こっそり会おうとしてたことか?


え?


やばいスか?

これやばいスか?


・・・それにしても、最近よっく『にぶいヤツ』扱いされるよなぁ、オレ。

ホント、他人から見ると、にぶいのかなぁ?


びー、がたん。


ああ、コーヒー買っちまった。あちち。


振り向いて、奥さんのとこに、戻らなきゃいけない。

どうする?

なんて言う?


怒ってるのかな?

怒ってるんだろな?


ああ、微笑みを浮かべた奥さんが、冬桜の下で、オレのこと見てる。


すっごい見てる。





あれ?


でも何か、すごく幸せそうだぞ?


オレは奥さんに近づいていく。


怒っている顔つきじゃないなぁ。


ヘンなの。


なんだよ?


ああ、目の前にまで来ちまった。


も、

謝るしかないかな?


「・・・ごめん」

謝りながら、奥さんにコーヒーを手渡す。


「オレ、お前の言うとおり、にぶいオトコだよなぁ・・・」


コーヒーを両手でしっかり持って、彼女は、オレの顔をじっと見つめてる。


「お前の考えてることに、今さら気づいたよ。ホント、ごめんな?」


も、いいや、全部バレてんだったら、ひたすら謝るだけだよなぁ。





ぺこりと、頭を下げて、上げた時、オレはぎょっとした。


奥さんの瞳から、ぽろぽろっと、大粒の涙がこぼれてきたのだ。


いかん、泣きやがった。


しかし、彼女は怒っているわけではなかった。

満面の笑みを浮かべているのだ。
笑いながら、泣いているのだった。


「うれしい・・・気づいてくれたんだね?」



こいつは、『嬉し泣き』をしているようだった。



はあ?


またまた意表を突かれた。


何を言ってるんですか奥さん?


嬉し泣きをしながら、彼女の手からコーヒーが落ちた。


その両手で、彼女は、自分のおなかを、そっと押さえている・・・


そして、

「今夜、ふたつの奇跡を、あたしたちは体験したんだよ?」

そう、つぶやく。


は?


まさか・・・?


いや、ホントに?



その瞬間、オレの脳裏に、あるセリフがよぎっていった。




「再び始めましょう」




は・・・




ははは。




あははははっ。





オレも、知らないうちに涙をこぼしていた。



オレ、


パパになったのかよおおっ!?



奥さんは無言で微笑んだ。



やさしく、おなかをさすりながら・・・



オレも、

おそるおそる手を伸ばす。



なあ?



そこに誰がいますか?


そこに、あなたが、いますか?




寒い夜なのに、オレたちは、とてもとても、あたたかかった・・・







(了)















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