七夕の物語。(雨ふらし風味)


七夕。

大河に阻まれ、年に一度しか逢瀬を許されない二人の、ほんのひとときの甘い時間。


織姫。

彦星。


二人は、一年ぶりの想い人との再会を、静かに見つめ合うことで確かめ合った。


長い長い、無言の見つめ合い。


それは、会いたくとも会えない狂おしいほどの想いに身を焦がした、一年分の愛しき気持ちが、濃密に、身の内からこぼれだしてくるような沈黙であった。


なんと雄弁な沈黙。


視線を絡ませるだけで、二人の間には、すでに会話が交わされているのだ。

逢いたくて、

逢いたくて、

逢いたくて・・・


ようやく今宵、こうして逢えた・・・


手をのばせば、ほらすぐそこに、あなたが。


いる。


一歩足を踏み出せば、

すぅっと、抱擁できる場所に。


いる。



いる、

いる、

いるのだ!!



見つめ合い、まばたきすらしない二人。


小舟で、大河を渡り、岸辺に降り立った彦星。

それを迎えた織姫。



すい、


と、やさしいそよ風が、二人の間をすべりぬけていった。



「織姫ェ・・・」
先に声を出したのは、彦星であった。




☆  ☆  ☆



「彦星・・・」

織姫もまた、ため息のような声で、想い人の名を呼んだ。

そして再び、沈黙。

やさしい風だけが二人の頬をなぶっていく。



どう、声をかけたらよいのか?


どんな言葉がふさわしい?


この1年の月日の中で、胸に秘めた想いのすべてを伝えるには・・・?



わからない、

わからないが、心底相手を想い続けてきたのだ。

それは、わかる。


相手が我を想っていることが伝わってくる。
おそらく、我が相手を想っていることも、同じく伝わっているのだろう。


想いは、ひとつだ。


「いつ・・・、『始め』ようか?」


彦星が尋ねると、織姫は、ふふ、と笑みを浮かべて答えた。


「もう、始まってます・・・」


その言葉を聞き、彦星も、にぃぃ、と唇の端を吊り上げて笑みを浮かべた。


「そうだな・・・もう、始まっている・・・」

つぶやきながら、彦星は歩を進めはじめた。

織姫へ、一直線に、ではなかった。
織姫を中心とした円周上を、反時計周りに、移動し始めたのである。


「なあ、織姫よ。この一年は長かったか?」

移動しながら、彦星が問う。
織姫は、自分の周囲を回る彦星を、静かに見つめながら答える。


「長くもあり、短くもありました」

言いながら、織姫は、移動し続ける彦星を常に正面に見ながら、少しずつ腰を落としていく。


「この日の来るのが待ち遠しくて、長いと思ったり、あなたに会うために、最高の私を準備をするには、短いと感じておりました」

愛おしそうに、目を細める。

それを聞いた彦星も、獰猛な笑みを浮かべた。


「おう、我もそうよ。我も、ぬしに逢う今宵のため、鍛え抜いたぞ」

声が、かすれている。
うれしさ?
怖れ?
いろいろな感情がないまぜになった、いいようのない緊張感で、震えているのだ。


「なぁ織姫よ、ぬしは最高よ」

「ほほ、彦星、あなたこそ」

「我はぬしほどの相手に巡り合えた、この生に、感謝しておるぞ」

「ええ、私も気持は同じ」

「気持は同じか」

「そうですとも」

「楽しいなぁ・・・」

「本当に・・・」


他愛のない会話を、ぽつぽつと続けながら、次第に彦星の描く円が、小さくなっていく。

二人の間合いが、近づいていく。



接近していくにつれ、周囲の大気が、二人の圧力で、圧縮されていくような感覚。

きりきりきり、と、限界まで緊張感が高まっていく。


そして、


「いくぞ」

「応」


二人の身体が、激しくぶつかり合った。













勝負は、3秒でついた。










☆  ☆  ☆






彦星が目を開けた時、まず目に入ったのは、織姫の顔だった。

その向こうには、数多の星々が輝く、夜空。


彦星は、織姫に膝枕され、地面に横たわっていたのである。


「・・・・・・」

「気がつきましたか」

「今宵、地に伏したは、我か・・・」


彦星は、状況を悟った。




ふたりの身体がぶつかり合った時、何が起こったか、


ものすごい勢いで間合いを詰めていった彦星。
それに対し、織姫は、絶妙のタイミングで、彦星の顔面へ右ストレートを放った。
シンプルで、なんのフェイントもない、まっすぐな攻撃。

それゆえ、必殺の威力と、かわしようのないスピードを備えた究極の一撃であった。

だが恐るべきは彦星、

彼は、紙一重で、そのパンチをかわしたのだ!!

身をひねり、織姫の腕をとらえ、ねじり上げ、さらに信じられぬことには、彼はそのまま彼女を投げた。

究極の『一本背負い』。

そして間髪いれずに、地に倒れた織姫の腕を逆に曲げ、腕ひしぎ逆十字に極めた。

みちっ。

折った!!



・・・やった!?


織姫の右肘を破壊した感触に、彦星は、自分の勝利を感じ、喜びの表情で立ち上がった。



油断。



その瞬間、彦星の背を、冷たいものが駆け上ってきた。



なんと、腕を折られたにもかかわらず、彦星と同時かそれ以上の速さで、織姫も立ち上がってきたのだ!!



「ぬぅっ!?」

織姫は骨折したからといって負けを認めたわけでも動けなくなったわけでもなかったそれどころか痛みに耐え強烈な右の回し蹴りを彦星の顔面に放ち彦星はそれを察知し防御しようと脳が両腕に指令を与えたがその反応は間に合わな・・・









ため息の出るほど見事な蹴りが、



彦星の意識を根こそぎ奪っていった。







それは、互いが過ごしたこの1年間、鍛練に鍛錬を重ねた1年間の成果全てを、濃縮しつくし
た3秒間の攻防。




濃密な3秒間だった。







「「我も、つくづく未熟よな・・・」

自らが地に倒れる音を思い出して、彦星は唇を噛んだ。


「紙一重でした」

織姫がつぶやく。

「来年はどうなることか・・・」

「来年か」

「そう、また一年後、鍛えに鍛えて、互いに、この逢瀬を楽しみましょうぞ?」

「うむ」

「幸せでございますな」

「幸せか?」

「はい、目標を持って生きるとはなんと充実していることか・・・」

「そうよな」

「あなたの存在が、私の生きるよろこびでございます」

「おう、我もぞ」







・・・このように、




壮絶な果たし合いゆえに、ふたりは、年1回しか逢わないのだが、

そのほほ笑みは、どちらも満ち足りたものであった・・・














(おわり)








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