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武蔵野航海記
チャイナの原風景
チャイナに関する研究では、日本はアメリカやイギリスに比べて非常に遅れています。
日本がチャイナと接した時間は、アメリカやイギリスと比べて短いのです。
イギリスはアヘン戦争時から本格的にチャイナと交渉を始めましたが、これは明治維新の30年前です。
江戸時代は、華僑が長崎という辺境の町に商売に来ただけで、交渉といえるほどのものはありません。
「遣唐使があるではないか」と反論されるかもしれませんが、あれは単に留学生というだけのことです。
確かに大使が任命されてチャイナに行きましたが、彼らは天皇から皇帝への手紙を持参していません。
「大使」は単に留学生達の引率というに過ぎません。
それは、「天皇」が「皇帝」と同格の為、中華思想に凝り固まったチャイナ側が天皇の手紙を受け取るはずがないからです。
王は皇帝より格下ですから、チャイナも問題にしませんでした。
日本の王が天皇を称したのは、7世紀末の天武天皇の時からです。
同時に国名を「倭」から「日本」に変えます。
それ以前は、チャイナの史書は「倭王○○が使いを遣した」と書いてあります。
ところが、「天皇」と「日本」を採用した後は、「日本から使いが来た」と書いてあるだけで、誰の使いかは書いていないのです。
例えば、宋書倭国伝には451年に下記記述があります。
「二十年、倭国王済、使いを遣わして奉献す。復た以って安東将軍・倭国王と為す」
これが旧唐書倭国日本伝の806年の記述では変わっています。
「貞元二十年、使いを遣わして来朝す。学生橘免勢、学問僧空海を留む」
日本の天皇とチャイナの皇帝の付き合いはなかったのです。
このような重要な事実を、日本の歴史書は書いていません。
その理由は分りませんが、この事実に気がついていないのであれば、問題外です。
私が読んだ範囲でこの辺の事情をきちんと書かれているのは、岡田英弘教授です。岡田教授は東京外国語大学の東洋史の教授です。
要するに7世紀末から1200年間、日本とチャイナはまともな交渉がなかったのです。
更に日本人は、儒教の古典を通してチャイナを理解していると誤解しています。
しかし前にも書いたように、これらの古典は哲学書ではなく実質的には「模範文例集」です。
このような思い込みを積み上げた「研究」が、アメリカやイギリスの研究より遥かに遅れていることを日本人は自覚する必要があると思います。
黄河文明については、黄河中流域の洛陽盆地に農業が発展し、人口が増えて都市文明が発生したという説明がされています。
しかしこの農業起源説は、最近はあまり流行っていません。
黄河流域は農業に適した土地ではないからです。
下流は大洪水が頻繁に起きるし、上流は流れの侵食のために川の水が上手く使えません。
黄河を渡るのは非常に大変なのですが、唯一簡単に渡れるところが洛陽周辺で、ここが交通の要衝なのです。
最近は商業起源説が力を得ています。
この渡河点を中心に商人が集まって文明が生まれたという説です。
この洛陽付近の渡河点の都市のボスが王になったのです。
チャイナの古い王朝に「殷」がありましたが、別名を「商」と言いました。
殷の前の王朝は「夏」でしたが、別名は「賈」と言いました。
どちらも「商業」を国名にしています。
これらの古代王国の基盤は商業だったことを意味しています。
我々現代人は、「昔は交換するような商品があったのか」という疑問を持ちます。
しかし、太宰治は津軽の大金持ちの息子でしたが、先祖は江戸時代の初めの近江商人で、京都の古着を津軽に売りに来てたちまち財を築いたのです。
このように経済的先進地帯の産物は、後進地帯では光り輝いていたので高額で売れたのです。
古代のギリシャやカルタゴは商業によって栄えました。古代でも商業は強大な国を作り上げる力を持っていたのです。
古代地中海世界では、ギリシャ人やフェニキア人の商人が移住して都市を築いています。既にある都市に移住したのではありませんでした。
余った農産物を買ってくれる人がいなければ、農民は必要以上に作りません。
商人が都市を作り、その商人に農産物を売るために周辺に農場が切り開かれたのです。
世界中の古代都市はこのような過程で生まれています。
チャイナでも事情は同じです。
商業都市のなかで勢力のあるものが、植民都市を作り広域商業ネットワークを作り上げました。これが古代の夏に始まるチャイナの王国です。
この商業王国という性質は、最後の王朝であった清まで受け継がれています。そして現在の共産チャイナも同じです。
チャイナでは、王や皇帝は流通業の頂点に立つ経営者のことです。
封建制度とは、日本やヨーロッパでは君主が臣下に農地を与えることです。しかしチャイナでは、地方の商業都市に世襲の管理人を任命することです。
秦の始皇帝は、この地方の商業都市を皇帝直轄の都市にし、知事に官僚を派遣しました。皇帝の直轄とされた地方商業都市を県と言います。
いくつかの県の安全を守る軍管区を郡といいました。
これが秦の始皇帝が始めた郡県制度です。
県は商業を行うための城塞都市です。
貿易ルートの要衝にあり、周囲を城壁で囲み内部は道路が走っています。
県の中で開かれる定期市に参加してビジネスをしたい者は、県の住民にならなければなりません。住民登録が必要です
県の住民の果たすべき義務として兵役・労役・租の支払いがあります。
兵役は、城壁外の原住民から県の組合員の特権を守る自警団に参加することです。
租は、売り物の一部を県の管理費として現物支払いすることです。
労役は県の雑用をすることです。
住民税としての兵役・労役・租の支払い以外に、皇帝には税を支払わなければなりません。城門を通過する際に商品の10%を納めるのです。
皇帝は、県からの税収のほかに直営の工場も持っておりそれを売って大いに儲けてもいました。
鉄や塩などの必需品や景徳鎮の焼き物や錦などの高級品です。
皇帝の収入は主として軍備や外交に使われました。
皇帝から見れば、県城の住民である「民」がいわば「社員」であり身内でした。
県城の外にいる原住民は「夷」であって、県城に食糧を提供するだけの存在です。
領土という発想もありません。皇帝が支配するのは、広大な地域に点として存在する県だけです。
この「夷」である農民からも租を徴収しますが、商業収入に比べればわずかなので、皇帝は重視していません。税率も低いのです。
県知事は原則として無給です。そこで、この農民から「小額の租」を徴収することが知事に認められていました。
知事たちは、この「小額の租」の徴収に全精力を注ぎ、結果として皇帝の取り分の十倍ぐらいになっていました。
このように、県の組合員である「民」と県城外の「夷」である原住民は峻別されていました。
実はこの区別は現在のチャイナにも厳存しています。
農村の戸籍の者は都市に住めません。大学を出れば都市に住めますが、農村籍の者の進学は非常に困難です。
従って彼らは、身分の不安定な現場労働者にしかなれません。
現在のチャイナの経済発展の原動力は、この農民籍の「夷」を低賃金で外国企業に提供する人材派遣業です。
都市住民である「民」と農村の「夷」は、まさに人種が違うという感じですね。
そしてこれが、現在のチャイナの社会が不安定になっていることの大きな原因です。
歴史的にチャイナの動乱期には人口が大幅に減少していますが、これは支配者が農民達を真剣になって保護しようと言う意識が少ないからです。
なにしろ、後漢末の黄巾の乱が起きる前の総人口は五千万人以上だったのですが、半世紀後の三国争乱の時代には十分の一になってしまいました。
三国志の英雄の曹操は、人手不足を解消するために北方の騎馬民族を招聘しています。
彼らは農業を嫌がって流民化し、社会の不安定要素になりました。
曹操の時代から百年後、チャイナで再び動乱が起きますが、これらの北方騎馬民族の子孫によっていっそう悲惨な状態になってしまいました。
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