いま心を喜ばせてくれるものを


いま心を喜ばせてくれるものを(ソログープ「光と影」)



 きっかけは、息子ヴォロージャが小冊子の中に見つけた影絵の図版だった。以来、彼は昼夜を問わず影絵遊びに耽りだし、勉強も手につかなくなる。心ここにあらずの息子からその訳を問いただした母親も同じく、影絵の魔力にとりつかれてしまう。
 やがてふたりの作り出した影は、みずからの意思を持つように震え、うごめき、壁の上をかけめぐっては、母子を恐怖に陥れるようになる。――

ロシアのデカダン作家であるフィヨードル・ソログープは、「光と影」という短編の中で、みずからの影に支配されてゆく寡婦と息子の姿を描いた。

“『ここから出てゆかなければ』と、彼女は考えた。『どこか遠くの新しい場所へゆかなくては。』”
“すると突然、彼女はヴォロージャの言葉を思い出した。
「そこにも壁はあるよ。どこにだって壁はあるんだから。」
『どこにも逃げ場はないわ。』
彼女は絶望して、蒼白い、美しい手をもみしだいた。”

 ギリシアの哲人の喩えによれば、我々は洞穴中の壁に向かい、その上に映しだされる外界の影を、真実と思いこみながら生きているようなものらしい。
それは、たしかに愚かなことだ。だが誰も、それを不幸だと、断言できる人はいないはずだ。
 この後の最終章で、作家は、床に灯りを置き、寄り添い並んで壁と向き合う母子が、ようやく彼らなりの幸せを見出した結末を伝える。――

“二人は悲しげに微笑み、おたがいに何かけだるい、ありそうもない事を語りあっている。二人の顔は穏やかで、二人の幻ははっきりしている。ふたりの喜びは、なすすべもないほど物悲しく、二人の悲しみは異様な喜びにあふれている”

 実在や真因の探求よりも、いま心を喜ばせてくれる美にすがりたい――真実を知ることがあまりにもつらすぎるこの時代、そんな人たちこそ、健全な精神の持ち主と呼びたくなる。
 現実に適応する努力より、影への服従を択んだ二人に共感する自分を、今はまったく恥かしいとは思わない。春先以来の頭のつかれは、それほどひどくなっている・・・・・・。


*「光と影」は、河出文庫『ロシア怪談集』(沼野光義編 九十年初版)に収録。貝沢哉という人の訳が素晴らしく、天才ソログープの神秘のように美しい文章を、日本語で十二分に堪能できる。



ZOUSHOHYOU


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: