桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#8



 午後5時。ミオは2-Gの教室を後にした。その足取りはドシドシと床を踏み抜きそうなくらい重く、そして力強い。
 前々から仕事の手伝いを頼まれそれをすっぽかされたのだ、怒りを感じ態度に表れるのも無理はない。

「あーいーつーめー」
 ミオは怒りに燃える目をしながら廊下を進む。その様子は、まるで昔読んだ物語に登場する、未来からやってきて子供をどこまでも追いかけるゴーレムのようだ。とミオは自分で思った。
 人気がまばらな廊下を進みながら、ミオはすれ違う人間の一人一人を捕まえて、シオンの行方を聞いて回った。が、なかなか良い情報が得られなかった。

 そうしているうちに、ミオは2-Gのクラスメートの男子を発見した。
「ちょっと君!」ミオは前を行く男子の肩を掴んだ。
「イタタ! ミ、ミオさん? 肩がつぶれるよぉ!」
 クラスメートの男子は半べそをかいて痛がった。時にリンゴを握りつぶしてジュースを造るというエピソードを持つミオの握力である。男子が痛がるのは無理はない。
「あ、ああ。ごめんごめん」ミオは慌てて手を離す。
「あー。もう、いってーなぁー。いきなり何さ?」
「シオン見なかった?」
「リーダー? 転入生を案内するって、うろうろしているみたいだけどさぁ」
「そっか。あいつめー」
「ねぇ」男子は言う。「また、リーダー仕事をサボったんでしょ? 毎度毎度、そんなの無視すればいいじゃん。ミオさん、別にリーダーでもないんだし」
 その言葉に、ミオは少し表情を曇らせる。
「傍から見てるとなんかいつも大変そうでさぁ」男子は素朴な疑問を口にする。「何でそこまでするのか、と前々から訊きたかったよ」
「それは…」ミオは慎重に言葉を捜す。「ま、彼女とはトモダチだから、かな…」
「仲悪そうなのに、友達なの?」
「そう、『強敵』と書いて『トモ』と読む『トモダチ』だよ」
「トモダチ…。何かあったんだね?」
「内緒」ミオは吹っ切れた顔をしていった。「悪かったね。じゃあ、急ぐから!」
「う、うん」
 有無を言わさぬ態度に、男子は黙るしかなかった。

 ところでミオは紙袋を提げていた。
 中に入っているのはミオが放課後向かう先でいつも着ている衣装が入っている。普段はその先に置いてあることが多いのだが、たまたまほつれた部分をクラスで裁縫の得意な子にお願いして繕ってもらったのだ。料理は多少できるが、こと裁縫は苦手なミオである。

 ミオはあまり人気のない場所にまでやってきた。以前、そのあたりでぼんやりしているシオンを見かけたことがあったからだ。
 そこへ向かおうと廊下の角を曲がると、丁度、反対側から急いでやって来た人物とぶつかってしまった。
「うわ!」
「きゃあ!」
 思いがけないことにミオは紙袋を投げ出し、勢いのついていた相手に押し倒されるように尻餅をついた。
 相手は中等部の女子生徒のようだが、見たことのない顔をしていた。校則で禁止されそうな化粧をしていて、大きく見開いた目をぱちぱちさせてミオを見た。
「!」
 ミオの顔を確認したその女の子は、驚いた顔をして慌てて立ち上がると、床に落ちていた紙袋を拾って一目散にその場から立ち去った。
 あとに残されたミオは頭を掻きながら、ただその女の子の姿が見えなくなるまで見送った。
「素早いなぁ…」感心したようにつぶやく。

 あまりに一瞬の出来事にミオは本来の目的を忘れかけた。


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