全2件 (2件中 1-2件目)
1
気候変動とかで価値が減少する化石燃料とかの資産のことを座礁資産というけれど、コンテンツも同様にいつまでも価値があるわけではなくて、価値がなくなるコンテンツは座礁コンテンツと言えるかもしれない。人気のコンテンツでもいつかはオワコンになるのは仕方がないにしても、コンテンツを作るのには時間や労力がかかるので、どうせ作るなら長期間鑑賞できるコンテンツであるに越したことはない。というわけで徒然なるままにコンテンツの鑑賞期限について考えることにした。●コンテンツの旬コンテンツを鑑賞して一番面白く感じられるのは発表直後である。というのも作者が何か現代の社会問題や生き方とかに対して主張したいことがあって作品を発表した場合は当事者として鑑賞するほうが共感しやすいし、発表直後は盛り上げようとしていろいろプロモーションをしていて賑やかだし、いろいろな人がああだこうだと感想を言い合っている中で自分の感想を言うのも楽しいものである。旬を過ぎても鑑賞自体はできるけれど、新しい作品が次々に発表されている中でいまさらこれを鑑賞するのはどうじゃろうという感じになって、あまり鑑賞したい気分でなくなる。面白さは主観的な感覚なので、気分が乗らないときに鑑賞しても面白く感じにくくなる。●コンテンツの鑑賞期限に影響する要素・流行の変化漫画やアニメとかは絵柄に流行があって、目を大きく書くような特定のスタイルが一時期は流行っても数年たって流行が終わると陳腐になって魅力がなくなってしまう。流行に便乗して作られたコンテンツほど内容も薄いので、時代遅れになるとなおさら鑑賞に堪えなくなる。・政治的変化政権にとって都合が悪い本が焚書されて存在を抹消されたり、アダルトコンテンツの判断基準が厳しくなって昔は合法だった少女のヌード写真が児童ポルノ扱いされて違法になったり、『はだしのゲン』の描写が過激だという理由で学校の図書館に置かれなくなったり、ドイツで戦後にヒトラーの『我が闘争』の研究が禁止されたり、政治的理由でコンテンツが閲覧不可や入手不可になることがある。・価値観の変化昔のコンテンツは今でいう差別用語を使っていたりするけれど、そういう言葉を使うのは良くないというように価値観が変わると、古い価値観を表しているコンテンツとして敬遠されるようになる。あるいは視聴者が年を取るにつれて価値観が変わることもあって、子供向けコンテンツは視聴者が青年期に入ると幼稚な子供っぽさが嫌われて鑑賞されなくなる。・言葉の変化古典扱いされているコンテンツは鑑賞期限が長いけれど、数百年経つと言葉遣いが変わって、専門家の解説や現代語訳がないと古典を読めなくなってしまう。青空文庫にある旧字体の小説やエッセイは時間をかければ理解できるとしても旧字体を調べながら読むのが面倒くさくて気軽に読む気にならないので、研究者とかの専門家しか読まなくなる。・時事ネタ時事ネタは主に同時代の人に向けた内容で、後世の人が鑑賞しても面白さが伝わらなくなる。例えば間抜けな発言をするイケメン世襲政治家を作品に登場させたら同時代の人にはあいつやんけと風刺として受け取られるけれど、後世の人が鑑賞した場合には前提となる知識がないので風刺として伝わらなくなってしまう。社会問題とかに問題提起する作品だと、何年も経って既に問題が解決されてから鑑賞しても当事者性がなくなってしまって面白さが減る。・上位互換の出現創作手法はしばしば技術革新が起きていて、特に映画では顕著である。数百億円の予算を使ってCGを使って現実では撮影できないような高い所から飛び降りたり大爆発が起きたり手足が吹っ飛んだりする派手なアクション映画が出現すると、昔の映画の拳銃をポンポコ撃ってぐわーっと大げさにのけぞって倒れる程度のアクションは相対的にあまり面白く感じなくなってしまって、わざわざ見るほどのものでもなくなる。・不祥事俳優の人気で視聴率が支えられているドラマは俳優が不祥事を起こして反感を持たれると視聴者が離れていく。小説や漫画とかだと作者が不祥事を起こすと作品も嫌われて売れなくなったり、連載途中で打ち切りになったりする。・希少性再版されない古書は時間が経つほど現存数が少なくなって徐々に値段が高くなっていって庶民には手に入りにくくなる。ノーベル文学賞を受賞したナギーブ・マフフーズの『渡り鳥と秋』はamazonで中古で28000円くらいで、良い内容だけれどわざわざ定価より何倍も高い値段を出してまで読むものでもない。絵画は元々一点しかないので希少で、外国の美術館に所蔵されている作品はなかなか鑑賞できない。・物理的限界白黒映画のフィルム、レコード、カセットテープ、CDとかの記録媒体は空気で酸化したりカビが生えたり紫外線で脆くなったりして経年劣化するし、レコードみたいに針と物理的な接触があるものは再生のたびに徐々に擦り減っていくのでいずれ再生不可能になる。ゲームは新しいハードが出てソフトの規格が変わったり、パソコンのOSが変わったりすると遊べなくなることがある。電子書籍はサポートが切れると読めなくなる。●コンテンツの延命手段・人気があるうちに終わる漫画やアメドラとかは物語の終わりを決めないまま登場人物を増やして新しいエピソードを継ぎ足してずるずると長期化するパターンがあるけれど、展開がだれてくると悪評のほうが目立つようになる。最初は面白いけど最後まで見る価値がないという評価がついてしまうと新規の読者や視聴者がつかなくなってかえってコンテンツの寿命が短くなるので、引き伸ばさずに面白さを凝縮して完結させて、やり残したことがあったら別の作品で仕切りなおす方が良い。・シリーズ化前にも奥野正寛『ミクロ経済学入門』という記事で考えたけれど、いちから登場人物や世界設定を考えるのは労力がかかるので、いったんヒット作が出たら限界費用逓減の法則や限界効用逓減の法則に則って飽きられるまで登場人物と世界設定を使いまわして続編を作るのが商業的には効率が良い。ガンダムやドラゴンボールやポケモンやコナンとかは個人的にはいつまでやってんだと思うし興味ないけれど、それでもファンは飽きないようでそれなりに人気がある。しかし作品として一番力があるのはたいてい新しいアイデアを試したりメッセージ性を持っていたりする第一作で、続編はアイデアに目新しさがなくなってメッセージ性が薄れて新しいファンを獲得するほどの力がなかったりする。・スピンオフ、外伝本編で人気があった脇役を主人公にして物語を掘り下げたり、パロディーや4コマとかの違うフォーマットにしたりして、コンテンツを有効活用できる。ただしたいてい本編より劣る内容になるので、本編に人気があるうちにやらないとあまりやる意味がないし、続編を出すまでのつなぎにはなるけれど延命効果は長続きしない。ドラゴンクエストはゲームの続編が出るまで漫画やアニメで興味を引いていたように、ゲームや漫画やアニメはどれも主に子供向けなのでメディアミックスの相乗効果が高い。・他のジャンルで作る漫画の『今日から俺は!!』が連載終了から何年も経ってからドラマ化されて、漫画版を読んだことがない小学生に人気になったように、他のメディアで作り直すと時間が経ったコンテンツでも新しい見どころを作って再利用できる。・リメイク最近は『らんま1/2』や『YAIBA』とかのセル画時代の古いアニメが最新のアニメ技法でブラッシュアップしてリメイクされている。新しい技術を取り入れてリメイクすることで原作を懐かしむ層だけでなくて新規の視聴者も増やすことにつながる。・謎を残す『新世紀エヴァンゲリオン』のアニメ版は謎だらけだったけれど、それがかえって視聴者が考察する余地になって、疑問を解決するために何度も見返したりするようになる。人間は謎を解きたがるもので、最初の作品に謎が残っていると続編で謎が明らかになる期待が残って長い間興味を維持できるようになって、アニメの終了から10年経ってから劇場版が作られてもまだファンが残っていて人気が出た。・アレンジ音楽だと何かの曲をジャズやボサノバやレゲエとかの別のジャンルの曲としてアレンジして、メロディーは同じでも違うテイストにすることで目新しさを出している。・弟子をとる伝統芸能は〇〇派や〇〇一門として子孫や弟子に芸風や技術や思想を継承することで、何代にもわたって芸の価値を落とさずに鑑賞できるようにしている。ただし新しいことはやりにくくなって発展性は犠牲になるので、古典以外のジャンルではこのやり方は向かない。・マルチバースマーベルは単体作品のヒーローやヴィランが大勢いるので、今度はそのキャラクター同士をかけあわせてコンテンツを作るようになった。超能力があるヒーローとヴィランがなんか知らんけど戦ってどっちも強いから最終的な決着がつかないというような話を延々とやっていて、延命にはなったけれどファンに飽きられて、さすがのマーベルも反省したのか乱造をやめる方針のようである。『スーパーロボット大戦』もガンダムやマジンガーZとかのいろいろな作品のロボットが勢ぞろいするところがロボット好きの男子にウケたようで、マジンガーZやゲッターロボとかの単体だと古すぎて今更続編やリメイクを作っても人気がでないようなロボットでもマルチバースだと賑やかし要員として出番がある。・イベント遊戯王やポケモンが飽きられないのは、カードゲームとして実際に遊べて大会とかの大人が参加できるイベントがあるのが大きな理由だろう。ポケモンと似た感じの子供向けコンテンツの『デジタルモンスター』や『妖怪ウォッチ』はゲームやアニメや漫画とメディアミックスして一時期は人気になったけれど、個人で作品を鑑賞するのにとどまって対人イベントへの広がりがなくて子供向けコンテンツ止まりなので、子供が成長するにつれて飽きられていったのだと思う。・新しいことをやるこの手法は〇〇が発祥で、と言及されたり真似されたりするような新しい技術やテーマで作品を作ると、古典として度々参照されるようになる。例えばジョジョ立ちと呼ばれる気取ったようなポーズはしばしば真似されるので、ジョジョを知らない子供も興味を持つようになる。しかし新しいやり方はなかなか思いついたり技術的にできるものではないので、狙ってやるのは難しい。流行を追わずに作者が本当に表現したいことを追求していけば、おのずとアイコニックな個性がでてくるものである。
2025.06.23
コメント(0)
2024年に生まれた子供の数は68万6000人で、特殊合計出生率も過去最低を更新して1.15になったそうで、政府の想定よりも少子化が加速している。そもそも結婚する人を増やさないと子供が増えないのに、子ども家庭庁が子供がいる既婚者の支援ばかりしているのだから子供が増えないのも当然で、成果が出ていない政策を見直さずにそのままのんびり続けているのだから、政府は少子化がたいした問題だとは思っていないのか、あるいは日本の衰退と消滅のために邁進しているのかどっちかだろう。少子化については少子化と反出生主義について考えるという記事やロバート・マルサス『初版 人口の原理』という記事で考えたので、別の視点から考えることにする。20世紀は恋に対してロマンティックな幻想があって、それが結婚への憧れになっていたと思う。ロマンスがなくなったことが若者が結婚しなくなった一因ではないかと思うので、これについて考えることにした。●ロマンスとは何かロマンスとはもともとは中世ヨーロッパの騎士の恋愛や武勇などの空想的で伝奇的な物語で、現代では激しい恋愛や理想の相手との情事を指すようになった。日本ではロマンスという言葉がなくても恋の情事はあって、江戸時代には結婚できない恋人たちが川に身投げして心中したし、明治時代は高山樗牛が恋愛を礼賛して若者に支持されて、家父長制で親に結婚相手を決められて自由恋愛できなかった若者たちが自由恋愛するようになった。戦後はテレビや雑誌とかのメディアが若者向けのロマンスを取り上げてトレンディドラマを作ったりしたのでロマンスの追求が顕著になって、C-C-Bの『Romanticが止まらない』や広瀬香美の『ロマンスの神様』という曲も流行した。●ロマンスの喪失ロマンスの典型のシンデレラストーリーはたいてい平凡な女性が金持ちの男性に見初められて結婚をゴールにして幸せになりましたとさで終わって、結婚したら幸せになれるという一種の幻想をもたらしていた。それゆえに結婚式は人生の一大イベントして派手な行事をしていた。身分違いの恋をした女性が幸せになる物語はヒット作の定番のパターンで、例えば1988年の映画『星の王子 ニューヨークへ行く』はアフリカの大金持ちの王子がハンバーガー屋の娘と恋をする話で、1990年の映画『プリティー・ウーマン』は実業家と売春婦が出会って惹かれ合う話で、1997年のドラマ『ダーマ&グレッグ』はエリートWASP男とヒッピー女が一目ぼれしていきなり結婚して両家の家族といざこざがおきる物語である。こういう身分違いの恋は単に金持ちの男が美人の女に惚れて貧しい境遇から救ってやるという単純な話ではなくて、男が女に諭されたりして価値観が変わって内面が成長したり救われたりする話でもある。価値観の違いによるいざこざで喧嘩したり仲直りしたりして距離感が変わっていって、親の反対とかの障害を乗り越えて最終的に大団円になる様子がドラマになるわけで、パターンが確立されているのでエンタメとしてはストーリーを作りやすいと言える。しかし最近は現代を舞台にした作品でシンデレラストーリーをあまり見かけなくなった。私は少女漫画やテレビドラマには疎いので私が知らないだけかもしれないけれど、私みたいな疎い人でも名前だけは知ってるというようなヒット作がない。ウーマンリブ運動が起きて女性が自立して自分で稼いで自己実現するものだという価値観になると、高学歴高収入のエリートの似た価値観の男女同士が結婚してパワーカップルになって、独身の女性も収入が低い男性を負け組として蔑むようになって男性に頼らなくなって、価値観が違う身分違いの恋が成立しにくくなる。それに援助交際やパパ活と称した売春も行われるようになって、ポルノサイトも出てきて、面倒くさい恋愛を経なくても性欲を満たせるようになった。身分差がある結婚はキャリア志向でない大多数の女性のサクセスストーリーであると同時に女性を男性より下に位置付ける社会制度への反逆でもあったけれど、女性でも立身出世できるようになると反逆する相手が男社会のガラスの天井とかの別の社会問題に変わって、結婚することがサクセスストーリーにならなくなって結婚に焦点が当たらなくなったのだろう。2000年代は匿名掲示板やSNSが出現して既婚者の愚痴が共有されるようになって、現実から結婚の幻想がなくなるにつれて、フィクションでは『セックス・アンド・ザ・シティ』や『東京タラレバ娘』みたいに独身女性の恋愛の失敗談を描いたり、『よつばと』みたいに恋愛や結婚をすっとばして子育てを描くようになっていく。『クレヨンしんちゃん』はキャラクターが歳をとらない世界で何十年も延々と幼児の子育てをしている。シンデレラストーリーは現実世界を舞台にしなくなって過去をや異世界を舞台にするようになったようで、韓国の時代劇は王朝時代の政争に身分違いの恋の要素を入れて、史実よりもロマンチックなドラマ性を優先したフュージョン時代劇を作って人気になっている。女性向けのフィクションも『薬屋のひとりごと』とかあまり恋愛にがっついていない女子が地位が高いイケメンに気に入られてちやほやされる展開が多い。現実世界にロマンスがまったくないわけではないし、アイドルやVTuberに恋をする人もいるけれど、たいてい恋は成就しない。ホストクラブやコンカフェで大金を貢ぐ人もいるけれど、金で相手の時間を買っているだけで愛を買えるわけではない。あるいはロマンス詐欺で金持ちの外国人と結婚できると思ったら偽の投資アプリに誘導されて金を盗まれたという話ばかりである。女性の上方婚志向はずっと変わらないけれど、男性が低収入化して現実社会にロマンスが少なくなって、そのぶんフィクションの男女格差がある世界での上方婚のロマンスを求めているのかもしれない。●ロマンスと似て非なるものの台頭アイドルオタクや推し活は異性への関心はあるけれど、ロマンスとは性質が違うものである。オタクは相手を自分のものとして所有しようとする。知識やグッズを集めるのもコスプレしてキャラクターになりきるのも所有の形態で、何かすごいものと同化することで、自分もすごいものになろうとする。オタク的な恋愛はフィクションのキャラクター相手には通用しても、人格がある生身の人間には通用しなくて、大金を払ったのにアイドルが自分のものにならないからといって襲撃する人もいる。『転生したらスライムだった件』や『OVERLORD』とかの異世界で国作りする話も世界を自分のものにして自分と同化させようとするオタク的なコンテンツで、支配者には対等の相手がいないので恋愛をしない。愛は存在の投影であるという存在論的な見方でいうと、オタクの愛は一方的に自己を投影するだけで、相手が自分を愛するかどうかを考慮していない。アラブやインドとかの父権主義の社会では男性が女性を所有物として扱うので愛のない結婚も成立するけれど、日本はもう父権主義ではないので女性の意思を無視した結婚はできない。一方で推し活は誰かを応援して頑張っている姿を見ることで感情移入して満足するので、相手が恋愛対象である必要はない。それゆえにアイドルはアーティストとして完成している必要はなくて、育てがいがあるような未熟で世間知らずな若者がプロデュースされている。推し活は子育ての代替のような行為ともいえて、自分より優れた才能や容姿を持った人に対して自分が育てたのだと一種の優越感を持つことができるわけで、これも対等の恋愛とは違っている。あるいはリストカットして生きていることを実感したがる人のように自己犠牲を充足と勘違いして、無理をしてでも誰かを推すことで自分を肯定しようとしているのかもしれない。恋愛なら価値観の違いで拒絶されることはあっても、推し活で相手から拒絶されることはあまりないので、恋愛でないからこそ成立する関係性といえる。オタクや推し活が恋愛ではない趣味の活動と自覚して、それとは別にパートナーを見つけるための行動をしていれば問題ないのだけれど、自覚がない場合は実際に会ったことがないアイドルやVTuberとかに一方的に親しみを感じるパラソーシャル現象が起きて、のめり込んでいくほど実際に会って自分の事を知って理解してくれる他人が少なくなって、恋愛の成就や結婚からは遠ざかって少子化につながる。●AIの出会いへの影響出生率が低い東京都ではAIを使ったマッチングシステムで価値観が合う相手を紹介している。これ自体はそれなりに役に立つのだろうけれど、他の面ではAIは人との出会いを減らす要因になる。例えば昔は男性は女性に愚痴を聞いてもらって慰めてもらうためにクラブやスナックに行っていたけれど、最近は生成AIが話し相手になるようになって、AIに恋をして自殺する人まで現れるようになった。生成AIが出現する以前も二次元キャラクターに恋をして「俺の嫁」扱いするオタクがいたけれど、生成AIの登場によって理想の外見と中身の両方が揃うようになって、現実世界の女性に蔑まれている男性の女性離れを助長してしまう。オタクでない人にも悪影響を及ぼしかねない。大抵の人は中学や高校で最初に付き合った人とそのまま結婚するわけではなくて、いろいろな人との出会いや別れの中で自分と一緒に生きていけそうなパートナーを見つける。ところがみんながAIを相談相手にすると思考や価値観が生成AIの一般的で無難な応答に寄って行って長期的に見て個性がなくなって、AIの絵より不細工でAIの応答より気が利かなくて刺激がなくて魅力が乏しい人だらけになって、自分にとって特別な存在となるロマンスを感じるようなパートナーがいなくなっていく。誰と結婚してもたいして変わらないのであれば、相手がフリーなうちに一生懸命口説く必然性もなくなるので、結婚適齢期に婚活よりも仕事を優先したりして晩婚化や少子化につながりかねない。AIが出現する以前の人たちは人間は不完全な存在だと知っているけれど、これからAIと会話して育つAIネイティブ世代が不機嫌になったりわがままや悪口を言ったり嘘をついたり老いたりする人間の欠点も含めて誰かの存在を肯定してパートナーとして愛せるのかという問題になる。●生存か繁栄か生存は繁栄より優先するのが生物の真理で、いくら天敵がいない生物でも繁殖しまくって餌を狩りつくしたら食べるものがなくなって子孫を残せなくなって絶滅する。それゆえに食欲や性欲とかにブレーキがかかるように生物の脳が進化してきた。知能がないウイルスも宿主を全滅させてしまったら存在できなくなるので、いくら致死率が高いウイルスでも致死率100%ということはなくて、宿主を変えて増殖と変異を繰り返して存在が消えないようにしている。バクテリアは周囲の資源が乏しくなると代謝活動を低下させて増殖しなくなる。人類も生存のために行動している。特定のパートナーを持たずに性欲任せにとっかえひっかえしてやりまくるほうが子供の数自体は増えるけれど、人類は未熟な状態で子供が生まれるので、親がつきっきりで世話をしないと子供が死んでしまうし、子供が早死にするのでは子孫が残しにくくてエネルギー効率が悪い。それゆえに愛情ホルモンとかを分泌させて特定の相手に執着して守ろうとする仕組み(恋)が進化の過程で出来上がったのだろう。そんで3年くらいして乳児がある程度育ってくる頃に愛情が冷めてきて、また別の相手とくっつくようになる。狩猟採集生活をしていたころは周囲で手に入る食べ物の量に合わせて出生数を管理して、人口が増えすぎないように調節してきた。ところが農業をするようになって定住するようになって国家ができると、権力者が繁栄を求めるようになる。人手が多いほど土地を開拓できるので出生数が増えて、勢力を拡大していけばいずれ周辺の国と領土争いが起きて、戦争で土地を奪ったり、奴隷を労働力として使ったりするようになって、1万年の間に世界各地で国家の勃興と滅亡を繰り返してきた。現代はようやく武力による領土拡大や奴隷制度が禁止されたけれど、資本主義では資本家の繁栄のために労働者からの搾取を合法化したので、ある程度発展した国は少子化になる傾向があって、国家や民族の存続が脅かされつつある。これは際限なく利益を求める株主資本主義の問題と言えて、短期的な利益を追求した結果として長期的に見て国は少子化で衰退していくという矛盾した状態になっている。日本ではバブルの頃の若者はロマンスの全盛でモテるためにファッションや車に大金を使っていたのに、バブルが崩壊したら大企業の一時の繁栄のために就職氷河期世代を労働力としてこき使ったので、若者は低賃金で生きるだけで精一杯でロマンスどころでなくなった。自民党は根本的な原因である新自由主義を反省しないどころか推進してきたくせに、選挙前になっていまさら就職氷河期世代の支援を言い出すのは就職氷河期世代を馬鹿にしていると思う。手取りが増えなくて結婚できない根本原因を解決せずにちょこっと給付金を配るのも意味がない。バブル崩壊と不良債権処理だけならたいした問題ではなかったのに、なぜ30年もデフレ不況が続いたのかといえば、そもそも間違った財政破綻論に基づいた消費税の導入と単年度のPB黒字化を目指した緊縮財政が元凶である。石破が日本の財政はギリシャより悪いと発言したように、自民党の幹部議員はデフレが長引いた原因も実質賃金が増えない原因も少子化が深刻化している原因も何も理解していない。減税の財源を求めること自体が「減税」の意味を理解していなくてナンセンスで、減税したら信用がなくなると言うのは馬鹿かあるいは嘘をついて国民を騙そうとする悪人である。石破が言う地方創生も口先だけで具体的な政策が何もなくて、首都機能移転や地方への投資や開発をするわけでもないので地方は今までどおり若者が都会に出稼ぎに行って少子化が進んで行くだろう。馬鹿の頭を良くすることはできないし、政治的利権にまみれた悪人を善人に変えることはできないので、政策を変えたかったら選挙で与党の現職以外の候補者に投票して馬鹿と悪人を落選させるしかない。次の参院選でも自民党と公明党の議員が減らないなら更なる増税で少子化が加速するので、少子化を大きな問題だと思う人は自民党と公明党以外の候補者に投票すると良いよ。
2025.06.10
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1