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最近はスーパー戦隊シリーズがグッズの販売不振とかが理由で終了するようなので、徒然なるままにスーパー戦隊ついて考えることにした。●スーパー戦隊とは何ジャースーパー戦隊は東映が制作してテレビ朝日系列で放送された特撮テレビドラマで、カラフルなヒーローが自由や平和を守るために活躍するシリーズで、たいてい5人組で、レッドやブルーやグリーンやブラックは男性で、ピンクやイエローは女性で、作品の連続性はなくて作品ごとに違う世界設定になっている。1975年の「秘密戦隊ゴレンジャー」から始まって50年続いた人気シリーズとなっていて、1980-90年代は〇〇マン、2000年代以降は〇〇ジャーのタイトルになっていることが多い。●スーパー戦隊のメリットジャー・勧善懲悪ジャー普通に重火器で武装した特殊部隊が戦って敵のテロリストを銃殺するとリアリティがありすぎて子供のトラウマになったりして教育上よろしくないので、変身したり巨大ロボットに乗ったりしてあえてリアリティをなくす方向に特徴づけて勧善懲悪の情操教育をしているといえる。リアリティがない勧善懲悪がテーマだとシナリオ考案のための取材コストとかがかからなくなってストーリーが作りやすくなる。・変身ジャー子供向けのテレビ番組はたいていおもちゃを売るために作られているので、武器やベルトとかの小道具が多いほど良い。ヒーローに変身したら強くなるという設定にすることで、子供が変身グッズを買ってヒーローになりきることができるし、スーパー戦隊は顔が覆われているのも子供がヒーローになりきるのにちょうどよい。変身すると中の人をスーツアクターに交代できるのも機能的で、アクションができなけど顔がいい若手俳優を起用できる。変身後も全身タイツで顔の黒い部分は透過しているので動きやすいだろう。物語の展開上でも変化をつけることができて、ずっとコスチュームを着ているわけではなくてまずは俳優が話を進めて、怪人が出てきて変身して戦いのフェーズに入るという展開なので、話の展開がわかりやすくなる。・色分けジャー子供はカラフルなわかりやすい色を好むし、色分けされていることでキャラの外見がわかりやすくなって幼児でも大勢のキャラの見分けがつくし、戦闘シーンとかで敵のモブに囲まれたりしても目立って見栄えがよくなる。マーベル系の単独ヒーローが多いアメリカでもパワーレンジャーが人気なので、国や人種に関わらずカラフルに色分けされた戦隊は幼児にウケる要素と言えるだろう。主人公グループを色分けするやり方はスーパー戦隊が元祖かどうかは知らないけれど、セーラームーンやアイドルグループのメンバーカラーとかにも受け継がれて広く使われている。・興行ジャーデパートで客寄せにやっているヒーローショーとかは仮面で顔を隠せるのがメリットになって、スーツアクターの中の人が誰であれ子供を騙して盛り上げることができる。決めポーズもあるので、子供と一緒に写真を撮るのにも向いている。着ぐるみでの興行だと空気がこもって中の人に熱中症のリスクがあるけれど、スーパー戦隊の全身タイツなら野外ステージの興行でも熱中症のリスクは低いだろう。・地域おこしジャーテレビ番組のスーパー戦隊以外にもスーパー戦隊風のローカルヒーローがいて、地域ごとの特色をつけてイベントに動員して話題作りをしている。●スーパー戦隊のデメリットジャー・はまる期間が短いんジャースーパー戦隊は幼児から小学校低学年の男児向けの内容で、思春期になると自己同一性が形成されてヒーローになりきるごっこ遊びをやらなくなって、青少年向けのコンテンツに移行したり、部活をやるようになってちょっと年上のメンターに憧れたりして、幼稚な子供向けのコンテンツが恥ずかしくなって離れていく。私は幼児の頃に何かのスーパー戦隊を見たはずだけれど、ほとんど記憶に残っていない。私が6歳の時に祖父が入院したので見舞いに行ったら何か買ってくれるというけれど、病院の売店で欲しいものが特になくて幼児向けの雑誌を買ってもらって、その表紙に赤いなんちゃらマンかなんちゃらジャーが大きく載っていたのだけれど、私はこういう子供っぽい雑誌は別に欲しくないやと幼児ながらに思っていたのは覚えている。・シリーズに連続性がないんジャーガンダムとかはナンチャラ戦争から〇年後の世界みたいに物語に連続性があって、いったんはまった人は同じシリーズを長年追うようになる。その一方でスーパー戦隊は毎年違うテーマの戦隊が出てきて連続性がないし、列車だの恐竜だののギミックは違っても正義のヒーローが悪を倒すようなありきたりな内容でシナリオに深みがないので、いったん飽きたらそれ以上シリーズを追わなくなる。シリーズに連続性がないのは新しいギミックを試しやすいので、すぐに飽きて目移りする幼児を楽しませるには十分だけれど、そのぶんコンテンツの寿命が短くなる。・主人公の魅力が乏しいんジャースーパーせんたいフレンズのせんたいヒストリーのページにスーパー戦隊の一覧があるけれど、主役はたいていレッドで、たいてい目のところが黒くなっていて、デザインに個性があまりない。作品ごとにガジェットで差別化しているものの、主人公自体に突出した外見や内面の魅力があるわけではない。・製作費がかかるんジャー戦闘シーンはたいてい野外ロケで、山まで移動して爆発物を仕込まないとといけないし、天気が悪いと撮影できないし、悪役の特殊メイクや小道具とかにも費用がかかる。50年前はアニメがまだ未発展なので特撮に金をかけて爆発とかの派手な演出をする価値があったけれど、現代ならアニメのほうが費用をかけずに派手な演出ができるようになって、特撮は製作費がかかる割に演出が見劣りしている。・敵が大変ジャー戦隊側はアクションシーンの動きやすさを重視しているのか基本的に全身タイツとヘルメットであまり変わらないのに対して、敵は宇宙から来たとかの設定でイカみたいな触手を生やしたり顔が異形だったりいかつい鎧を着たりして個性的で、幼児にもわかりやすいように外見で悪さを表現していて敵の造詣のほうが凝っている。敵側のおもちゃは人気がなくて売れないだろうに、敵に凝らないと差別化できないのは大変である。・ビジネスモデルの変化に対応できないんジャー20世紀は大量生産大量消費のモノの時代だったので子供がプラモデルとかのおもちゃの実物を欲しがったけれど、21世紀はデジタルコンテンツの時代になって、デジタルネイティブ世代の子供はスマホや携帯ゲーム機で遊んでアバターやガチャとかのデジタルコンテンツにお金を使うようになって、昔ほどおもちゃを買わなくなった。そのうえ少子化で子供の数が少なくなっておもちゃの販売数が減るし、年が近い兄弟がいたらスーパー戦隊ごっこができるだろうけれど一人っ子だとスーパー戦隊ごっこ遊びはやりにくいし、テレビがない家庭も増えている。バンダイナムコホールディングスによると仮面ライダーの関連商品の売上が307億円、プリキュアが79億円、スーパー戦隊が64億円で、正義のヒーローが悪を倒すという似たようなストーリーでもグッズの売り上げに大幅な違いがある。たぶん大きいお友達がグッズを買うかどうかでも売り上げが変わって、大人はフィギュアとかのコレクション用のグッズに大金をかけるけれど、幼児用のおもちゃはたいていぶん投げたりして壊れたりするのであまり高いものは買わない。バンダイが東映にいくらキャラクター使用料を払っているのか知らないけれど、仮に売り上げの5%として、3.2億円以内で番組を制作しないとおもちゃから利益が出ない。スーパー戦隊は1シーズンで48-50話あるので、ざっくり計算して1話あたり6000万円以内で制作する必要がある。地上波の1時間のドラマの制作費は1話当たり3000万円くらいだそうだけれど、スーパー戦隊は30分番組とはいえ特撮に費用がかかると思われるので、あまり利益が出なさそうである。コンテンツだけを見たら子供にとってはまだ魅力的でも、ビジネスとして見たらおもちゃがあまり売れなくておもちゃの販売を見込んでコンテンツ作りするやり方ができなくなった。たぶんアニメやスマホゲームとかの低コストのコンテンツを展開したら多少は利益が出せると思うけれど、ストーリーが浅くて爆発的なヒットは期待できなくて伸びしろがない。●スーパー戦隊の可能性ジャースーパー戦隊はいろいろな可能性を秘めたコンテンツだと思うので、頭の体操としてスーパー戦隊のアイデアを考えてみる。・根菜戦隊ホウサクジャー農家たちが変身して人参ミサイルやかぼちゃ爆弾やだいこんソードを駆使して畑を荒らすイノシシ怪人と戦う。子供に食育ができて、家庭菜園キットを売って農業に興味を持つ子供を増やすことができる。・ふんどし戦隊オマツリジャー日本の文化を学びに来た留学生の宇宙人たちがカラフルなふんどしと法被を着たヒーローに変身して太鼓のばちで邪神と戦って、巨大神輿ロボを担いで敵に突撃して粉砕する。子供に祭りの文化を教えることができる。・プロレス戦隊トウコンジャー正統派レスラーがスーパー覆面レスラーに変身して、大気圏からのムーンサルトプレスで邪道レスラーを退治する。子供に闘魂を教えることができる。・ポリコレ戦隊ジンケンジャーホワイトレンジャー、ブラックレンジャー、イエローレンジャー、レインボーレンジャーがポリコレ棒を装備して悪の独裁者を倒して人権侵害を解消していく。子供に人権を教えることができる。・借金戦隊ハサンジャー正義の銀行員が変身してクレジットカードで高い武器を買って、悪の高利貸し星人と戦って破産しそうな人を助けていく。子供に金融教育ができる。・謝罪戦隊ゼンカモンジャー前科がある俳優たちが償いのために正義のヒーローに変身して街に出没する変質者をこらしめて反省させる。子供に謝って済んだら警察はいらないことを教えることができる。・清潔戦隊オオソウジャー清潔好きのヒーローたちがかっこいいハイパー掃除機やハイパーモップを使って地球をゴミだらけにしようとする敵を退治する。掃除ができるおもちゃを売って子供に掃除を手伝わせることができる。・伝統戦隊ノウメンジャー伝統芸能の演者たちが能面をかぶって変身して、合体して巨大獅子舞になって悪のヒップホッパーを倒す。子供に伝統芸能を教えることができる。・論破戦隊ゲンロンジャー言論人たちが変身して地球制服をたくらむ敵と対話して論破したり殴ったりして改心させる。子供にディベートを教えることができる。・恋愛戦隊セイシュンジャー男女の混成グループがどろどろの恋愛をして、生理で機嫌が悪くて合体技に失敗して喧嘩したり他の相手とくっついたりしながら人の恋路を邪魔する悪のナンパ星人を退治する。ませた子供に大人の世界を教えることができる。・共産戦隊カクメイジャー共産主義者たちが全員レッドに変身してかっこいい鎌と槌を使って悪の資本主義者たちを粛清していく。子供を革命戦士にすることができる。・匿名戦隊ダレジャー身バレしたくない人たちが変装してプライバシーを暴こうとする悪のパパラッチを退治して正体をごまかす。子供にプライバシー保護を教えることができる。・推理戦隊ハンニンハオマエジャー天才高校生探偵たちがヒーローに変身して推理グッズを駆使して難事件を解決していく。子供に論理的思考を教えることができる。・爆煙戦隊ガンジャーレゲエ歌手がグリーン多めの戦隊に変身して、何かの草をいぶした煙を浴びせて敵をぽやーんとさせて退治する。子供にピースでポジティブな愛のバイブスを教えることができる。
2025.11.24
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前に熊について考えるという記事で熊の危険性について考えたけれど、最近は熊の頭数が増えているようで目撃情報も増えて、秋田県や岩手県とかで熊による死者も出ているし、外国人旅行者に注意喚起もされている。しかし熊以外にも危険なものはあるので、いろなものの危険について考えることにした。●危険とは何か生物にとって危険なものや状況は生死に直結するので偏桃体で本能的に危険を判断していて、たいていの動物は蛇をみたらその種に毒があろうがなかろうが警戒して瞬時に攻撃するか逃げるかの判断をするし、本能的に餌として食べるものを分別して飢えているときに派手な色の蛙や食べたことがない木の実とかを見かけても毒を警戒して食べようとしない。不安について考えるという記事でも考えたけれど、不安は恐怖と心配に区別されて、恐怖は具体的な刺激で、心配は具体的でないものである。これは安全と安心が違うと言われているのとも似たようなもので、恐怖が取り除かれれば安全だといえるし、心配が取り除かれれば安心だと言える。●様々な危険・無知による危険動物は本能で危険に対処するけれど、人間は知識によって危険に対処する。例えば植物図鑑を見れば毒があって食べられない野草や木の実やキノコがわかるし、家電の取扱説明書には正しい使い方をしないと感電や発火の危険があると書いてあるので危険を回避できる。逆に言えば、危険について学ぼうとしないこと自体が危険な状態である。例えばフィッシング詐欺や振り込み詐欺とかは巧妙な手口で行われて初見だと詐欺だと見抜きにくいので、自分には関係ないと思わずにまず手口を知ることが詐欺防止になる。・無防備による危険夏になるとライフジャケットや浮き輪とかを使わずに川で泳いで溺れて死ぬ人がしばしばいるけれど、数千円の装備があれば死なない確率が高くなるのだからちゃんと準備をするべきである。DQNはしばしばヘルメットをかぶらずにバイクでスピードを出したりウイリー走行したりして運転ミスで事故を起こして死んだりするけれど、危険なことをするのが格好いいと思っている人は早死にする。・散漫による危険新しい文明の利器が発明されると、それに伴って新しい危険も生まれる。スマホが発売されてから「ながら運転」の事故が起きて自動車や自転車の運転中のスマホの操作は規制されて罰金を取られるようになったけれど、歩きスマホはまだ規制されていなくて、イヤホンをつけてスマホを見ながら歩いて事故に遭う人が少なからずいる。揚げ物とかの料理を作っている最中に他の用事を済まそうとして台所を離れて火事を起こす人もいる。こういう事故は一つ一つの動作にちゃんと注意を払っていれば防げたはずで、機械を操作したり火や薬品を使ったりするときは他の事に注意をそらすべきではない。・バイアスによる危険人間は認知にバイアスがかかることで、進んで危険な状況に突っ込んでしまうことがある。例えば電車に白人男性が座っていて隣の席が空いているけれど、入れ墨だらけで目が薬中みたいにうつろでぶつぶつ独り言を言っている場合、普通に危機管理する人ならこいつヤベーやんけと思って隣に座るのを避ける。しかし一部の人は自分は外国人を差別しないんだと態度で示そうとして、他に空いている席があってもあえて危険な席に座ろうとする。国籍や人種に関わらず危険な人は危険だろうに、バイアスがかかることで正常な判断ができずにかえって自ら危険な選択をするようになってしまうわけである。スウェーデンで難民を支援していたElin Krantzという女性が2010年にエチオピア人に殺害されたように、かわいそうな人を助けて善行をしているというバイアスがかかったせいでわざわざ危険な悪人を国に招き入れて自業自得な死に方をしていて、その後もスウェーデンは難民や移民を入れ続けてヨーロッパ随一の犯罪多発国になっていて、愚者は経験に学ぶというビスマルクの格言を体現するような間抜けなことをしている。・目に見えない危険ウイルスや細菌や薬品の細胞への作用とかは肉眼で直接見る事ができなくて、研究者が電子顕微鏡とかで調べないと危険性がわからないし、一般人にはなおさら危険性がわかりにくいので対処が難しい。2022年と2023年には約13万人の超過死亡者が出て2021年の約2万人に比べて10万人以上急増したけれど、Wellness Daily Newsの「厚労相、超過死亡と原因不明死を説明 死亡増加の要因分析は「専門家と検討」」という記事によると「コロナワクチンが死亡に与えた影響に関する分析は行われていない」そうで、未だに超過死亡や原因不明死の原因がよくわかっていなくてこれから検討するようである。よくわからない理由で予測よりも10万人以上多く死んでいるのは熊とか原因がわかっているものよりも恐ろしい。ステイホームで運動不足になって健康状態が悪化して死者が増えたとかの何かしらの理由があるなら納得できるけれど、ワクチンの様々な副反応が原因で死者が急増したなら薬害として補償が必要になる問題なので、ちゃんと調査してほしいものである。・時間がかかる危険ビーバーがダムを作って川の水をせき止めて、ダムが決壊したら下流の生物は多大な被害を受けるけれど、下流の生物はダムが決壊するまではそれを危険とは感じない。動物は五感で感じる危険には反応するけれど、未来の危険を考えるほど頭が良くない。人間は動物と違って時間の概念があるので因果関係から未来に起こりうる危険を推測できるけれど、前提が間違っていると推測も間違うので、危険を予知するのは難しい。それに現在を生きるのが大変だと未来のことまで考える余裕がなくなる。それゆえに危険が顕在化するまで時間がかかる場合はその危険が見逃されてしまう恐れがある。例えばがんは早期発見できれば治療できるけれど、放置してがんが大きくなると転移したりして治療が難しくなって生存率も下がる。移民もがんに似ていて、価値観が異なる少人数が短期間滞在するだけならたいして問題は起きないけれど、大人数が長期間滞在すると外国語しか通じないコミュニティができて警察の捜査が不十分になってギャングが勢力を拡大して、問題が顕在化してから対処しようとしても手遅れで政治家が賄賂で抱き込まれて便宜を図ったりして解決が難しくなる。ヨーロッパだと中東やアフリカからのイスラム教徒の移民が増えて性犯罪やテロや教会や遺跡とかの文化財の破壊が問題視されて右派政権に交代して反移民政策が取られるようになるまで10-20年かかるようである。ロンドンではパキスタン系イスラム教徒の移民2世のサディク・カーンが市長になって、スーツを着こなす英国紳士の街でなくなって黒ずくめのイスラム教徒が道路で集団で胸をペチペチして示威する街になった。ニューヨークではウガンダ出身のインド系の移民のイスラム教徒の民主社会主義者のゾーラン・マムダニが7歳の時にアメリカに移住して34歳で移民1世の市長になった。ロンドンやニューヨークのような大都市の新興移民たちは祖国のために先祖が戦争で血を流した経験がなくて先住者と同じ歴史を共有していないので、必然的に保守的な価値観が失われていってリベラル寄りになるけれど、愛国心や郷土愛がなく利己的に他の国や地域に移住する寄せ集めの移民たちが伝統的な社会よりも優れた社会を作れるとは思えない。左翼は犯罪行為をしても罪に問われないようにしようとするけれど、これも社会にとって危険である。マムダニは労働者階級が生存のために犯罪をしているのだとして軽犯罪での裁判前の拘留や保釈を廃止しようとしているけれど、犯罪に対して対処が甘くなると窃盗が増えて小売店が潰れて失業者が増えていくと思われる。日本の左翼は不法滞在は犯罪でないと言い張って偽装難民や不法就労を支援していて、外国人の窃盗や性犯罪や強盗殺人や無免許飲酒運転の事故とかが起きている。シンガポールやUAEみたいに移民の権利を制限して移民に政治的な実権を与えないようにしない限り移民による政治的混乱や文化侵略の危険は防げないだろう。移民政策は失敗したら取り返しがつかないので、一番厳しい基準から始めて問題がないかどうか様子見してから徐々に基準を緩めていくほうがよいし、既に日本で不法残留者が約7万8千人いてその対処さえできていないうちに移民受け入れを拡大するべきではない。・過剰反応による危険アメリカのブラウン大学の研究で、過激な政治討論の映像を見せたときの脳活動を調べたら、他人の視点や感情の理解司る脳の領域で極右と極左で似たような活動パターンを示したそうな(Politically Extreme Individuals Exhibit Similar NeuralProcessing Despite Ideological Differences)。私の高校の同級生が大人になったらネトウヨになってバーで酔って「朝鮮人をぶっ殺せ」とヘイトスピーチをしていて私はドン引きして今は交流がなくなったけれど、彼は高学歴で頭は悪くないけれど自己愛性人格障害をこじらせて躁うつ病になったようで、自分より劣る外国人像を作り上げて攻撃することで優越感に浸りたいのだろうと思う。自己愛性人格障害の植松聖が障碍者に生きる価値がないとみなして殺人したのと同じような思考パターンである。たぶん極右も極左も極端な人は何かしらの人格障害や精神障害で、極右は憎悪の対象が外国人で、極左は憎悪の対象が日本人で、ミソジニーは憎悪の対象が女性で、フェミニストやミサンドリーは憎悪の対象が男性で、宗教原理主義者は憎悪の対象が異教徒になる。扁桃体は不安に強く反応するので極論によって敵視したものに対する不安が増して、扁桃体が刺激されてドーパミンやノルアドレナリンが出て前頭前野の自己抑制力が停止して、敵視したものを攻撃することでストレスを発散して快感を得ることで報酬系が強化されて、脳がさらなる極論を好んでより独善的・攻撃的に偏っていくのだろう。高市早苗が総理になったばかりでまだ何の政策もやっていないにも関わらず左翼が発狂して中身は男性だの媚びを売っただの現地妻だのと喚いているのが典型的で、こうした主観的で感情的な意見にその人の本性や偏見が出る。本来は危険でないものまで過剰に敵視して対立を激化させるのは不毛だし、ましてや自作自演や偽旗作戦で存在しない危険をでっちあげてまで相手を貶めようとするのは社会にとって害悪だし、極右ファシズムにせよ極左共産主義にせよ行きつくところは暴力による言論弾圧や思想統制で、極端な政治体制は失敗すると歴史が証明しているので極端になるのはよくない。自由を擁護するべき左翼が言論弾圧して、女性を擁護すべきフェミニストが高市を女性扱いしない矛盾した状況になっていて、左翼は目の前の敵を攻撃することに夢中になって自らのイデオロギーさえ自己否定して支持を減らしている自覚がないのだろう。常人と狂人の明確な境目があるわけではないけれど、相手の話を聞いて科学的根拠に基づいて論理的な議論ができず、意見や属性が異なる人に対して嫌いになるレベルを超えて憎しみを向けて危害を加えるようになったら狂人の領域に入っていると思う。相手の意見が間違っていると思ったら間違いを指摘すればよいだけで、脅迫や暴行とかの違法行為で黙らせようとしてはいけない。政治や宗教の意見だけがその人を形作っているわけではないし、政治的意見が違っても好きな食べ物や趣味とかの何かの共通点があるかもしれないし、一部が嫌いだからといってその存在をすべて憎む必要はないはずである。それに馬鹿な人を攻撃したところでその人の頭が良くなるわけではなくて反撃しようとしてかえって攻撃性が増すので、法的な対処が必要なこと以外は放っておけばいい。基本的人権として思想の自由や言論の自由がある以上は馬鹿な人が間違った意見を言ったり荒唐無稽な陰謀論を言ったりカルト宗教に入信したりする自由もあるのだから、馬鹿な人が馬鹿な主張をして不毛な活動に生涯を費やして不幸になるのも本人の自由である。アレルギーは本来攻撃する必要がない物質に免疫が過剰反応して攻撃することでかえってかゆみや炎症とかの害がでるけれど、意見の対立も似たようなもので、白黒思考で善悪を極端に判断して自分と違う政治的・宗教的意見にアレルギー反応を起こしてなんでもかんでも危険視してワアワア攻撃してこてんぱんに退治しようとするのはよくなくて、なるべく穏やかな解決方法を優先するほうがよい。●危険の教育が必要かつてハンセン病が伝染力が弱い感染症であるにもかかわらず遺伝病と誤解されて去勢手術が行われたり、東日本大震災で福島から引っ越した子供が放射能がうつるといじめられたりしたように、差別は無知によって引き起こされるので、危険性を正しく判断して教育する必要がある。扁桃体で本能的に危険に反応しているときは前頭葉の知性がうまく働いていないので、デマや嘘に騙されやすくなったりパニックになったりするし、火事になってあわてて燃える油に水をかけるような科学的に誤った判断をしやすくなる。怒った時にアンガーマネジメントが必要なのと同様に、恐怖を克服するマネジメントをしてまず冷静さを取り戻すことが必要である。避難訓練で行動を予習すると災害の時にパニックにならずに済むし、車を運転する人はドライブシュミレーターやレースゲームをやると事故を起こしそうなときに瞬時に被害を少なくする最善の判断をする訓練になるだろうし、ホラーゲームはいきなり危機的な状況になっても冷静に判断する訓練になるかもしれないし、災害パニック映画はパニックになって非合理的な判断をして死んでしまう人を客観視する教材としてよい。●危険に備えるべきモーリシャス島のドードーは天敵がいなかったので、空を飛べずによたよた歩いて地上に巣を作る方向に進化したけれど、人間に島が発見されて天敵が出現したら敵から逃げることができなくて絶滅した。今が平和だからといっていつまでも平和が続くわけではないし、のんびり平和を享受せずに常に危険を想定して備えるべきである。危機管理に関してはミニマックス法で想定される最大の損害が最小になるような対策をするべきで、何の想定もしないまま被害を受けるのが一番危ない。人間にとって最大の被害は死ぬことで、次に大きい被害は障害を負うことで、仕事や財産は失っても健康であればある程度回復できるので、まずは健康を維持するのが大事である。アメリカはキリスト教の終末論の影響を受けているせいか、核戦争に備えて地下に核シェルターを作って武器や数年分の食料を備蓄しているプレッパーと呼ばれる人がいるけれど、起きる可能性が極めて低いことに対して備えたところで安心感は得られるだろうけれどあまり意味がない。1999年のノストラダムスの予言やたつき諒の夢に基づいた2025年7月5日の津波の予言のように、根拠がない予言に備えて旅行を控えたりするのも意味がない。現実的に起きうる危険に備えてこそ意味がある。ほとんどの人は事故や犯罪よりも病気のほうが危険である。日本人の死因上位を占める三大疾病のがん、心疾患、脳血管疾患は老化に伴って起きやすくなるので完全に防ぐことはできなくても、健康寿命をなるべく伸ばすように生活習慣に気を付けるに越したことはない。ストレスも睡眠の質が落ちて疲労がたまったり免疫力が落ちたり過食したり精神疾患になったりして様々な体調不良の原因になるので危険である。自殺者は年間2万人以上いるけれど、事件や事故や災害と違って自殺に至る原因は人それぞれで原因を特定しにくいので対策が不十分で、医療で対処療法をするだけでなくて哲学的な教養で生きがいを見つけて自殺を予防することも必要だろう。交通事故は毎年約30万件起きていて死者が3千人くらいいて、被害者だけでなく加害者にもなりうるし、自分に何の落ち度がなくても被害に合うこともあるので日々警戒する必要がある。地震や豪雨とかの天災は数年おきに起きて生命や財産が失われる可能性が高いし、被害が大きいときは避難所に食料や薬とかの行政の支援が行きわたるまで時間がかかって持病がある人は生命の危険があるので、個人で備蓄するなり防災グッズをそろえるなりして対策する必要がある。日本の殺人事件は年間1000件以下で顔見知りの犯行が多いので強盗殺人や通り魔とかの凶悪犯罪はあまり起きないけれど、起きた場合の被害が大きいので家の戸締りをしたり夜にスマホを見ながら歩かずに周りに注意を払ったりして防犯対策をちゃんとやる必要があるし、地元の不審者情報とかも見る方がよい。日本ではテロはあまり起きないし、地下鉄サリン事件みたいな組織的なテロを個人では防ぎようがないけれど、公共交通機関やイベントとかの人が集まる場所ではテロが起きうるのだと頭の片隅に入れておくだけでも異変に気付きやすくなって生存率が上がる。熊による負傷は年間100-200件くらい起きていて、田舎なら通り魔よりも熊のほうが怖くて人間が素手で熊を撃退するのはほぼ無理なので、熊除けスプレーをすぐ使えるようにするなりして備える必要がある。政治的な危険としては戦争があって、ウクライナ戦争でもイスラエルのパレスチナ攻撃でも戦時国際法を守らずに非戦闘員が殺されたり捕虜が拷問されたりしているし、国連にジェノサイドを止める力がないし、アメリカもトランプ政権になって世界の警察として軍事介入するのをやめようとしているし、島国の日本は海を封鎖されたら逃げ場がないので自衛できるだけの軍事力を持つ必要がある。軍隊をなくして国境をなくせばみんな仲良くできるんだという左翼のお花畑安全基準に合わせたら国が崩壊するので、日本に核兵器を向けている国にも対処できるように防備を固めるべきだろう。
2025.11.13
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表題作の「Yの木」が中編くらいで、他3作は短編が収録されている。「たそがれ」は中学生の静男が社会人の姉のおごりで念願のUSJに行く話。三人称。父親は事故で腕をなくして酔って暴れて、電車に乗っている他人が父親のことを知っているという田舎の息苦しい生活からの逃避先としてのUSJがあって、夢を見させてくれる姉にも事情があるという純文学的なオチになっていて、ストンとオチがつく構成がよい。すんなりとUSJにたどり着かずに老人に絡まれるくだりで遅延させてその間に家庭環境を掘り下げたりするあたりはベテラン作家らしいストーリー展開のテクニックで、現代を舞台にしたリアリズムの細かい描写とかの地味なところがうまい。「首飾り」はクラシック音楽が好きな作家と妻が大学教師のYとYの妻とローマにオペラを聞きに行って、Yに妻に内緒でネックレスを買ってほしいと頼まれる話。作家(彼)を焦点人物にした三人称。たぶん作者の実体験を基にして人物設定とかを若干変えたのだろうけれど、一人称のエッセイでなくて三人称のフィクションの体裁をとったのはどういう文学的な意図があるのかよくわからない。惚気の照れ隠しなのだろうか。「シンビン」は証券会社で働いていた女が秩父宮ラグビー場で母校の青山大学のラグビーの試合を見る話。三人称。タイトルがオチになっているオーソドックスな短編で、ラグビー用語のシンビンの意味が明かされた時点でオチも推測できてしまうのでオチの意外性はない。ラグビーのディティールの描写はよい。「Yの木」は妻を亡くして犬と暮らす作家が自殺した大瀬渉について考えたり半生を振り返ったりする話。作家(彼)を焦点人物にした三人称。「首飾り」と同様に作者自身の人物設定を若干変えたのだと思うけれど、自伝でないのにわざわざ作者に似せた登場人物にしたのは私小説というよりもたぶん作家という生き方を掘り下げようとしたのだろう。大瀬渉という実在の人物が出てくることでフィクションと現実が交錯していってリアルなフィクションになるという作者が得意とするパターンで、私はこのやり方が好きである。家の鍵をかけて父親を締め出して怒らせたエピソードは他の短編にも書いていたような気がするけれど、そのエピソードも再度フィクション化するところはユニークである。しかしカミュの『ペスト』とかの前提知識がないとカミュと大瀬渉を比較するくだりがわかりにくいだろうし、人生にはフィクションのようなはっきりした筋書きがないので完全なフィクションに比べたら見どころがわかりにくい。辻原登ファンの玄人向けの小説という感じ。全体的に辻原登のファン向けの内容で、すごい傑作というほどでもないけれどベテランらしい小説の妙味があって面白く読めた。★★★☆☆Yの木【電子書籍】[ 辻原 登 ]価格:1,120円 (2025/11/5時点)楽天で購入
2025.11.05
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