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サイド自由欄

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トールも製作に関わったオラクルカードです♪
2010年02月02日
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アルディアスは三人ほどの部下とともに、地方市街地の視察に出ていた。

折れて燃えた街路樹、崩れたり穴の開いた建物、血と埃と泥濘の匂い。

「ひどいな……」

副官のニールスが呟く。アルディアスは無言で歩をすすめていた。その青い瞳が痛みを堪えるようにしかめられている。

ここが戦災の中心か、という荒れ果てた瓦礫の真ん中で、彼は足をとめた。建物の半分は天井も壁も穴だらけになり、半分は完全に倒壊して、その残骸が膝丈ほどに残っているだけだ。その中に、幼い女の子の遺体が倒れていた。建物の中にいて爆撃を受けたのだろう。損傷がひどく、軍人のニールスでさえ顔をそむけたくなるようなありさまだった。

アルディアスは血に汚れるのもかまわずその場に片膝をつくと、その遺体をそっと抱き起こした。傷ついた額に手をかざすと、白い光が動かぬ少女の身体を包みこむ。光が消えたとき、見るも無残だったその身体は、ただ眠っているかのような様子に変わっていた。

見ていたニールス達が息をのむ中で、銀髪の男は無言のままその遺体を抱いて立ち上がった。泥濘に立ち尽くしてじっと頭を垂れる。
それほど強い能力者ではないニールスだったが、上官から哀悼と癒しの波動が大きく広がってゆくことに気づいた。こういうとき、ああこの方は本当に神殿の大神官なのだ、と彼は思う。



信心深い母親が言っていた言葉が、ニールスの脳裏に浮かんだ。おそらく母親にとって、「神殿の大神官さま」というのはすでに人ではなく、有難い神さまのようなものなのだろう。
もしも人であったなら、みんなの痛みを引き受けるなんてひどすぎる、と上官の姿を見ていてニールスは思う。

彼の上官であり神殿の大神官でもあるアルディアス・フェロウ准将は、人だった。ともに戦場を走り、笑いも食べもする。部下にはほとんど見せることがなかったが、おそらく悩みも苦しみもするのだろう。

けれどもいたいけな少女の亡骸を抱いて、廃墟に立ち尽くす彼の姿は彫像のようだった。半壊した建物の隙間から入る光に照らされて、肩にはおっただけの軍コートがマントか聖職者のローブのようだ。
頭を垂れ、わずかにかがめられたその広い肩に、ほんとうにたくさんの哀しみがずっしりと乗っている気がして、ニールスは思わず目をこすった。

「……自己満足だけれどね、この子の親類縁者を探せないだろうか」

黙祷を終えて部下達のもとに戻ると、ため息のように上官は言った。このわずかな時の間にすっかり疲れ果てているように見える。

「いえ、きっといれば喜ぶでしょう……さっきまでの遺体は、ひどい状態でしたから」
ニールスは従っていた部下のひとりに指示を出し、遺体を抱いて近隣に聞いてみるように言った。

それを見送って廃墟から出る。すると、いきなり顔面めがけて石つぶてが飛んできた。

「この人殺し! あたしの息子を返せ。あたしの孫を返せ!」



「いい」
「准将、そんな」
「いいんだ。彼女の訴えはもっともだから」

部下達を手でおさえ、アルディアスは前にすすみでた。老婆の涙に暮れた目が彼の長身を睨みつける。その手が震え、投げ続ける石はだんだんに届かなくなった。

「人殺し! 人殺し! お前が死ねばよかったんだ。あたしの息子と孫の代わりに、命令を出したお前が死ねばよかったんだ」

「ニールス、やめなさい」

茶髪のニールスは一瞬詰まったが、すぐに「でも」と言い継いだ。アルディアスが無言で首を横に振る。
その間に、金切り声で罵倒を続ける老婆を一人の男がおさえにかかった。

「婆ちゃん、やめろ。軍人さんを罵ったって、セズやミリーが帰ってくるわけじゃねえ。……すいません、軍人さん。この戦さで頼りにしてた家族を亡くしちまってね、ちょっと混乱してるんです、もう年だから」

なにかの職人らしいその男は、老婆の前に立つとかぶっていた帽子を脱いで挨拶した。
アルディアスは無言のまま、彼らに向けて頭を下げた。男や部下達が驚いた顔になる。

軍部が悪かった、とはたとえそれが真実であっても、アルディアスの立場では口にすることはできない。ただ彼にできるのは、喪われた尊い命に対して頭を垂れることだけだった。
男と老婆が行ってしまうと、ニールスが文句を言った。

「准将。なぜお止めになったんです。市街戦を避けるべく、上層部と喧嘩しかけてまで奔走されてたじゃないですか」
「ありがとう、ニールス」

アルディアスは悲しげに微笑んだ。

「それでもね、私は司令部の一員なのだよ。だから最終的に下された命令に対して責任がある。死にたくて死んだ兵士も市民も一人もいないのだから、命のかかる命令を発した者は、その責任を自覚しなくてはいけないと思うよ」
「でも……っ」

まだ若いニールスは、半分泣きそうになりながら言いつのった。
それでも、アルディアスだけが彼らの怒りと哀しみを背負う必要はないはずなのだ。上層部には、もっとひどいことをしながら責任を自覚しない人間がいくらもいる。
軍功立てたさに市街戦を押し切った連中こそ、彼らの怒りを受けるべきではないか。
責任と哀しみと、気づいた人だけが背負うなんておかしい。

アルディアスはもう一度微笑むと、ニールスの頭に手を伸ばして茶色い髪をくしゃりとかき回した。

「私はすべてを背負えるとは思っていないよ、ニールス。それは傲慢というものだ。
それでもね、気づいた者から祈るのだよ……世界はそうして変わってゆくのだから」

人の想いと祈りが、この世界を形づくってゆくのだからね。
とてもとても疲れた上官の様子に、その台詞そのものが彼の祈りなのだと、ニールスは気づかざるをえなかった。




視察から戻り、残務処理をしているうちに真夜中になっていた。
戦場から暗い家に帰るのは、いつでも億劫だった。いっそ朝まで軍部にいようかと思ってもみたが、いいかげんきちんとした休息をとらないと倒れてしまいそうだ。
ここ一週間というもの、市街戦を避けるためと、開始されてからは被害を最小限度に抑えるために走り回って、彼はほとんど寝ていなかった。

街灯を頼りにアルディアスは夜道を歩き出した。官舎はそう遠いところにあるわけではない。たとえ軍用車の運転手であっても、今夜はもう他人に会いたくなかった。

人殺し、確かにその通りだ。
彼の勤める軍部そのものが人殺しの大集団なのだから。
そして司令部の末端に名を連ねるようになった彼は、味方の死にも責任を一部担うことになった。

敵を殺し、味方を殺し。
血の海の戦場に立つその同じ足で、神殿の祭壇にも向かい。

自分はいったい何様なのだろうと彼は思う。
なぜこういうことになっているのか、彼自身にもよくわかっていなかった。わかっているのはただひとつ、おそらくどちらか片方だけでは、彼は人間ではいられなかっただろうということだ。

両極に揺れる振り子が彼のバランスをとり、精神を引き裂く。

あの老婆の言うとおり、死ぬべきは自分なのかもしれない。
たくさんの人を殺し、こんなにも罪深い生活を送らなければ、人でさえいられない自分なのかもしれない。


……ああ、だめだ。
考えてはいけないと思う方向へ、思考がひきずられてゆく。

元気なときならばどうにか納得いく答えを見つけられるのだが、今日の彼はあまりにも疲れ、あまりにも傷ついていた。闇の中、歩く足も次第に重くなってゆく。
どうせ帰っても孤独と暗闇が待っているだけだ。

リフィアは眠っているだろうか。せめて彼女は安らかに。
アルディアスは足をとめて、リフィアのテラスハウスのある方角を見つめた。あの優しい瞳に痛切に会いたかった。

ため息をつき、軽く頭を振って、彼は官舎への道をまた辿りはじめた。こんな真夜中に何を思っているのかと、自分をとどめる理性がまだ彼には残っていた。

闇に暗く沈んだ官舎のドアを開ける。
家族用の家は、彼のような単身者には広すぎた。こんな夜は、余った空間が独りであることを強調する気がする。
長い長いため息をつき、暗い玄関ホールで身に染む孤独に耐えるように、彼はしばらくぼんやりと佇んでいた。

すると急に軽い足音がして、ぱっと灯りがともされた。

「どうしたの?」

やわらかな光の中、リフィアが心配そうな様子でやってくる。
眩しげに目をしばたたき、これは都合のいい夢ではないかとアルディアスは思った。

「リ…ン? どうして…ここには誰もいないと思って……」

ひどく傷ついていた瞳が揺れる。誰もいない、自分は誰にも受け入れてもらってはいけない。そんな思いすら兆した夜だった。
リフィアは恋人のそばに駆け寄ると、その長身に腕をまわした。アルディアスの腕が伸び、互いの身体にぬくもりが伝わる。

「作戦が終わったと聞いたから。今日は帰ってくるんじゃないかと思ったのよ……よかった、帰ってきてくれて」

リフィアは広い胸に頬を擦り寄せた。
戦場に出るアルディアスの無事を願う以上、彼が生還すればどこかで誰か、自分と同じ願いの叶わなかった人がいるとリフィアは承知している。

「アルディ、アル、私はあなたに生きて帰ってきてほしいのよ。その願いが叶うときには、他の誰かが泣いている。わかってるわ。それをわかってても私は願うの。……だから、その罪悪感はアルディ、あなたが背負うものじゃない。私のものなのよ」

深い藍の瞳を見上げて彼女は言った。
戦いがそこにあるのは、その能力ゆえに軍部に望まれるのは、アルディアスのせいではない。
彼らの生まれるずっとずっと昔から、この世界は戦争を続けていた。軍部が社会の中央にあるような世界に、二人は生きている。軍人、軍属であることは、誰もが一度は通る道とすら言ってよかった。

「そしてもし……あなたに何かあったら、私は鬼になるでしょう。私を悪鬼にしたくなかったら、あなたは必ず帰ってこなければならない」

「リフィアン……」

アルディアスは華奢な身体を抱きしめる腕に力をこめた。
じんわりとした温かさが胸にひろがり、凍えた彼の心をゆっくりと溶かしてゆく。
恋人の腕の中でリフィアは言った。

「こんなこと、どちらも悲しくなる様な願いを誰も持たないで済む世界だったらいいのにね。
だから、罪深いことをどこまでも悔い続けるより、希望する世界を望むほうに沢山心をそそぐわ。……図々しくてもね」






















【銀の月のものがたり】 道案内

【第二部 陽の雫】 目次



この話には、おすすめのBGMがあります。
市街戦の後の街から官舎に戻るまでがこんな感じで…

http://www.youtube.com/watch?v=oUwAbKgl90g

歌詞: http://www.kiraku.tv/category/47885/movie/1/riUP5zRayhk


官舎でリフィアに迎えられてからはこちらをどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=kk-IsXfSPvU








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最終更新日  2010年02月03日 14時56分42秒
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